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第2話

異世界転移と同時にインストールされた情報によると、僕らがやってきたのはノルド大陸中央部アグラロンド帝国。僕を含めたクラスメイト38名はこの帝国のいずこかにランダムで飛ばされた。


アグラロンド帝国は大陸最大の人類国家だが、北をオークやオーガなど蛮族に、西は海を越えてやってくる死霊の軍勢に、南は竜や魔獣に脅かされ、東は魔族との熾烈な戦争状態。滅亡寸前とまでは言わないが長きにわたって続く外敵の脅威に人口は減少傾向で、緩やかに衰退し滅びの道を辿りつつあった。


僕が飛ばされたのは帝国中央部やや北西よりの穀倉地帯にあるフェザーデイルの街。この辺りは時折内地に侵入してきた蛮族の襲撃や賊に身をやつした逃亡軍人などの脅威はあるものの、帝国内では比較的治安が良く、スタート地点としては当たりの部類と言えた。




「キェェェェェェッ!!!」


向かい合った状態から奇声を上げ、小剣を振りかぶり突進する。


実力差は明らか。小細工は無意味。


一瞬でも早く距離を詰め、先に攻撃を当てて戦闘能力を削ぐ。僕に出来ることはそれしかない。


迎え撃つ巨躯の男がゆったりと上段に斧槍を振りかぶる。命を絶つ、本物の武器。あれが直撃すれば僕の細い身体など簡単に両断されてしまうだろう。


恐怖に竦みそうになる身体に喝を入れ、小盾を掲げながらさらに進む。重量と筋力、遠心力。まともにぶつかればこんな薄っぺらな板で斧槍を防げるはずもない──が、僕は一切勢いを緩めることなく斧槍の回転の内側に潜り込み、柄の部分を小盾でかち上げた。


「──おっ?」


巨躯の戦士の口から驚いたような声が漏れたのが聞こえ、僕は小剣を彼の太い腕に叩きつける──


「甘い」

「──かはっ!?」


次の瞬間、斜め下──死角から跳ね上げるように振るわれた斧槍の石突に脇腹を打ち据えられ、僕はあっさりと地面に転がった。


「けほっ! げっ、げふっ、けほ……っ!」

「思い切りがいいのは買いだが、ちったあ工夫しろ。力も技術もリーチも経験も全部負けてんのに、真正面から突っ込んできてどうすんだよ」


呆れたような声が頭上から投げかけられるが、僕の身体は衝撃で痙攣する肺に酸素を取り込むのに夢中で反応を返す余裕などない。


「攻撃も毎度毎度大袈裟に振りかぶりやがって。あんなの素人のビビりにしか通用しねぇぞ。突進にしろ攻撃にしろフェイントの一つも入れて見ろ」

「けほっ……あの、団長? 前、僕がフェイント使ったら『下手くそな小細工する暇があったら思い切って正面からぶつかってこい』って言ってませんでした?」

「…………」


地面に蹲ったまま僕がそう言うと稽古をつけてくれていた巨躯の戦士──ルドガー団長は口を噤んで暫し視線を彷徨わせた。


「……とにかく! 次はもっと上手くやれ! 以上!」


そういってルドガー団長は踵を返し去って行く。僕はその背に「ありがとうございました……!」と掠れた声でお礼を言い、そのまま地面に突っ伏した。




「遅くなりました!」

「お~、お疲れ。身体大丈夫か?」


川辺で一人黙々と大量の洗濯物を片付けていた金髪の青年に駆け寄り、声をかける。彼は遅れてきた僕に嫌な顔一つすることなく、僕の身体を心配さえしてくれた。


「はい! どれからしましょう、ルノン先輩」

「んじゃ、そっちの桶がまだ洗ってないから頼むわ」


先輩の指示を受けて大量に積み上げられた体臭漂う団員たちの使用済み衣服を川の水に浸し、灰汁を洗剤代わりに溶かして洗濯板にこすりつけていく。


まだ他に夕食の下ごしらえ、その後は武器の整備が残っているので手早く済ませなければ、と僕はすっかり慣れた手つきで衣服の汚れを落とし始めた。




この世界に転移してきて直ぐ、僕は傭兵団に所属する道を選んだ。


傭兵といっても元の世界の”戦争屋”のイメージとは異なり、こちらでは蛮族や賊、魔獣から人々を守る治安維持が主な役割。軍は東部戦線にかかりきりで国内の治安維持にまで手が回らず、ある程度以上の規模の街では自警団ではなく専門の傭兵団に防備を任せるのがこの国では一般的だ。


また傭兵団は血気盛んな若者や、口減らしで家を追い出された農家の子供の受け皿としても機能している。


身元不確かな異世界転移者の働き口、また戦い方を学ぶ先として傭兵団は一番有望な選択肢だった。


転生特典による補正で実力に自信がある者なら冒険者という選択肢もあるが、あちらはよりアウトローで実力主義な部分があるため僕には向いていない……というか無理。


僕が加入したのは傭兵団『紅烏べにがらす』。

団員数120名ほどのフェザーデイルの街では一番大きな傭兵団だ。


最初は全くの素人は入団を受け付けていないと断られそうになったが『ここで働かせてください!』としつこく繰り返し何とか入団させてもらった。


とはいっても、素人に毛──というか“勇気”──が生えた程度の僕がいきなり傭兵として戦える筈もなく、入団してからの一か月間やったことと言えば稽古と団員の身の回りの世話だけ。


一応もう少し体力と実力が付いたら荷物持ち兼弓兵のガード役として遠征に連れていく予定だと言われているが、それもいつになることやら。


強力な転生特典──職業を選んだクラスメイトたちは既に華々しく魔族と戦っているのかもしれないが、所詮僕は勇気しか取り柄のない勇者だ。分を弁えて一歩づつ積み上げていくしかない。


ちなみに勇気の補正がなければ元が引っ込み思案の僕はこうして傭兵団に加入することもできなかっただろうし、現状に特に不満はない。




「……にしてもツクモ。お前よく、団長相手に稽古なんて続けてられるよな」


洗濯をしながら僕の指導役を任された団員二年目のルノン先輩が呆れた声音で呟く。


ちなみに僕はこの世界で元の名字の“ツクモ”と名乗っている。元の世界だと「白」と書いて「百」に「一」足りないから「九十九ツクモ」です、というのが定番の自己紹介だったが、こちらだとちょっと変わった響きの名前だな、で終わりだ。


「何がです?」

「何がって……お前、怖くねぇの? 一応、団長は希望者には誰でも稽古つけてやるって言ってるけど、普通は一度か二度やったら嫌になって止めるもんだぜ。こりもせず一月続けた奴なんてお前ぐらいだろ」

「…………え?」


ルノン先輩の言葉に僕は目を丸くして洗濯の手を止める。


「いや……てっきり新人は団長にいいって言われるまで続けるもんだとばかり思ってました」

「マジかよ……」


同情と呆れの混じった視線が刺さる。


「にしたってだよ。あの人の稽古って木剣とかじゃなく実戦用の武器使ってやるだろ? 一つ間違えば死ぬわけじゃん。普通は勘弁してくれって泣き入れるもんじゃねぇ?」

「まぁ……」


僕はゆるゆるとした動作で洗濯を再開し、言葉を選びながら答える。


「怖いのは怖いですけど、僕と団長じゃ間違いなんて起こりようがないくらいの実力差がありますし。稽古としては丁度いいのかなぁって……」

「マジかよ……」


ルノン先輩は先ほどと同じ言葉を、今度は『正気か?』と言いたげな視線と共に呟く。


これに関しては“勇気補正”の影響もあり、多少鈍感になっている部分もあるのかもしれない。といって、こんなのは実戦未経験の新人の割には胆が据わっている程度のことでしかあるまいが。


何か言いたげなルノン先輩の視線を感じながら僕が黙々手を動かしている、と──


「テメェら! 何時まで洗濯やってんだ! とっとと仕込み手伝いにこい!」

『はいっ!』


夕食担当の先輩団員の怒鳴り声が背後から響き、僕とルノン先輩は反射的に背筋を伸ばして返事をした。


だが洗濯物はまだ残っている。僕はルノン先輩と目配せを交わし合い──


「……先輩」

「おう。先行け。俺はこっち片づけてすぐ行く」

「はい!」


僕はルノン先輩に断りを入れて、洗濯を切り上げて夕食の手伝いに向かう。


そんな僕を見送りながらルノン先輩が何か呟いたが僕の耳にそれが届くことはなかった。


──あれを“稽古”って……頭おかしいだろ、あいつ……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【ケース①魔剣士の少年】


カースト上位グループに属していたサッカー部の少年は、こちらの世界に転移してすぐ仲間たちと共に冒険者となり、大陸北部に向かい蛮族バルバロスと戦うことを選択した。


彼らは決して考え無しではなかった。


彼らが真に愚かで無鉄砲であれば東部戦線──最も危険な魔族との戦場に赴いただろうが、まずはそれより劣る蛮族相手に経験を積んで着実にステップアップしていこうと考えたのだ。


そもそも彼らはこちらに転移してきた時点でカタログスペックでは並のオークやオーガをゆうに凌ぎ、一流の戦士の域に手をかけている。手に入れた力を格下相手に慣らし、実戦経験を積むというのは、ゲームや異世界ファンタジーものではむしろ堅実とさえ言えただろう。


仲間は彼を含めて四人。魔剣士、聖騎士、賢者、暗殺者。


多少職業名のカッコよさに酔った部分はあるが、総合的なスペックは高くメンバーのバランスも良い万能型のパーティーだ。


近くの街で実際にオークと長年戦ってきたという戦士相手に軽く腕試しもしてみたが、魔剣の補助のない木剣同士の模擬戦で簡単に捻ることができた。


いきなり群れに囲まれないよう斥候にも万全の注意を払い、郊外をうろつく同数のオークの集団を発見。


四対四、一人一殺で経験を積むには丁度いいと、初めての実戦に臨んだ。




さて、ここまで書いて彼らには特段大きな失態や油断のようなものはなかったように思う。


強いて言うならば先に敵を見つけたにも関わらず不意打ちを行わなかったことだが、彼らの目的は“格下相手に経験を積むこと”なのだから、不意打ちで何の反撃もなく倒せてしまったのでは意味がない。


彼らはその想像力を最大限に働かせ、慎重にことを進めていたのだ、が──




『グォォォォォッ!!』

「ひっ、ひぃっ!?」


魔剣士の少年はオークの戦士の咆哮に身体を強張らせ、転生特典によって得た力など微塵も感じられないみっともない動きで必死にその攻撃を回避した。


繰り返すがカタログスペックにおいて魔剣士の少年は目の前のオークを圧倒している。


体格でこそオークに分があるが、前衛職の筋力と魔力による強化とを両立させた魔剣士の身体能力は転生特典職業の中でもトップクラス。それこそ正面からぶつかり合い、殴り合ってもオークに圧勝できる程の差が、本来そこにはあったのだ。


更にそこに魔剣による上乗せが加わる。粗末な金棒しか持たないオークに負ける道理などない──筈だった。


──何で……何で動かないんだよ……!?


しかし現実はそうはならなかった。


たった一匹のオーク相手に魔剣士の少年は身体が竦みまともに動けないでいる。


理由は単純──これが命懸けの実戦だからだ。


訓練と実戦は違う。


訓練が劇場の舞台で踊る事だとするなら、実戦は高さ数十メートルの断崖絶壁で踊ることに等しい。


普段通りに振る舞えば危険はほとんどないと理性では分かっていても、そこでは歩くことも立つことさえ難しいのが普通の人間だ。


実戦を繰り返した歴戦の戦士であろうと、実戦で訓練と同じ力を発揮することは難しい。


では、彼らは?


「ぐあっ!? 痛ぇぇぇっ! 痛ぇよぉぉっ!?」


オークの金棒が少年の左肩を浅く打つ。骨が折れたわけでもなく、活動には支障がないはずなのに、その僅かな痛みが彼に死の恐怖をより強く想起させ、その身体は更に鉛のように重くなった。


見えるのに躱せない。動けるのに動けない。神経にコンクリートが流され手足が自分のものではないように感じる。心臓は激しく動いているのに身体に血が通っている気がしない。目の前のオークが大きく──とても大きく見える。


『ギャァァッ!?』


仲間の助けはない。声も聞こえない。悲鳴しか聞こえてこない。


「うわぁぁ──けふっ!?」


オークが雑に振り回した足が少年の腹に入り、全身から酸素が抜ける。


──動け動け動け動けっ! 今動かないと死んじまうんだ! ビビってる場合じゃねぇだろ!?


必至に自分自身に訴え、喝を入れる──が、その叫びは恐怖に竦んだ身体に届かない。


「────あ」


自分目掛けて振り下ろされる金棒をしっかりと目で捕えたまま、魔剣士の少年の頭は気の抜けた声を漏らし赤く弾けた。

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