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第1話

天使は言った。


「これから皆さんには異世界で魔族と殺し合っていただきます」


真っ白な空間。

困惑するクラスメイト。

そして天使のこの発言。


説明するのも恥ずかしくなるような異世界クラス転生である。


ちなみに僕はそれに巻き込まれたボッチモブBとかその辺──名をつくも匡孝まさたかと言う。


ここに至るまでの記憶をざっとまとめると、高校入学後間もない六月に行われた宿泊研修。僕らはその行きのバスで事故を起こし衝撃と共に炎に包まれた。そして気がついたらこの真っ白な空間に。天使──っぽい何か──の言葉を真に受けるなら、僕らは既に死んでいて、これから天使の手によって転生し、異世界ファンタジー世界に送り込まれるらしい。


上位カースト連中がドッキリだ何だと騒いでいるが、天使は無視して一方的に説明を続ける。お前ごときをドッキリにかけるような暇人はいねーよ、と陰キャ組が表情だけで毒づいていた。


肝心の天使の説明は『もう少し捻れよ』とツッコみたくなるほどテンプレ。異世界で魔族が増え過ぎて人類が滅びそうになったので、あちらの神様からの要請を受け、僕らの世界の魂をあちらに送り込んでいるのだとか。勿論選べる転生特典チート能力付き。現地人に直接力を与えないのは、あちらの世界の人間は魂の容量がカツカツで力を与えることができないから、らしい。


説明を聞いた者たちの反応は大きく三つに分かれた。


困惑して家族の元に帰してと泣き叫ぶ者。

状況を理解しているのかいないのかカッコつけて場を仕切ろうとする者。

状況を理解しすぎて興奮する識者。


見たところ識者の割合が三割を超えているのだから中々のものだ。


「先生! 転生特典はどうやって選ぶんですか!?」

「自分はスキルポイント制を希望します!」


恐れを知らぬ識者もさたちが泣き叫ぶクラスメイトを無視して天使に質問する。先生じゃねぇだろ、とツッコむ者はいない。


「特典は選択可能な職業ジョブの中から一つを選ぶ形で行います」


天使がそう言うと僕らの目の前にウィンドウのようなものが表示される。


上から順に戦士、魔術師、僧侶、斥候、武闘家など無数の職業がずらりと並んでいて、下の方にスクロールすると魔剣士や賢者などの強そうな職業から鍛冶師や薬師みたいな生産職まで、ファンタジー定番の職業は一通り網羅されているように思えた。


「職業をタッチしていただくと説明が表示されますので、内容を確認の上で選択願います」


試しに戦士の項目をタッチすると『筋力、耐久に高補正、敏捷性に中補正、武器全般の習熟に中補正』と表示される。続いて剣士の項目をタッチすると『筋力、耐久に中補正、敏捷性に高補正、刀剣類の習熟に高補正』と出た。


そのままいくつかの職業の説明を読んでみると、戦士や魔術師のような汎用的な職業はステータスの補正値が高めで、剣士や聖魔術師のような特化職はステータスよりスキル系の補正値が高い印象。魔剣士や聖騎士、聖女とかの上位職っぽいのはステータスやスキルの補正はそこそこで、成長する魔剣とかの特典装備や自動バフとかの特性にリソースが注がれていた。


単純にどの職業が強い弱いではなく、平等にリソースを割り振って職業のイメージに近い転生特典を構築しているのだろう。


「“補正”とありますが、例えば戦士の職業を選んだ後、現地で修行して魔法を習得することは可能ですか?」

「……できれば俺は職業ジョブ方式ではなくスキルポイント方式で細かく特典を設定したいんだが」

「言語や常識の違いについての対応はどうなります?」

「初期装備は? まさか裸で放り出したりはしませんよね?」


混乱しついて行けないクラスメイトを置き去りに、識者たちは天使に好き勝手に質問や交渉を行う。


「皆さんの世界の魂は例外なく魔術に対する適性があるため、一般的な魔術であれば訓練により習得は可能です。ただ加護や特性に由来する特殊な魔術に関しては専門の職業につかなければ習得できません」

「以前はスキルポイント方式での転生でしたが、ビルドに失敗して自滅する方々が多発したため現在は職業ジョブ方式となっています。貴方のように自信があるからとスキルポイント方式を希望された方はいましたが、そうした方ほど尖ったビルドを好み自滅する傾向があったため、現在はスキルポイント方式の選択は停止されています」

「共通語、一般常識は特典とセットで全員にインストールされます。なお魂にかかる負担を軽減するため、特典選択に先んじて一般常識のみをインストールすることは行っておりません」

「特典選択後、初級冒険者相当の装備一式と銀貨50枚が付与されます。装備は17種類のセットから選択。詳しいセット内容は右上のガイダンスボタンから確認できます。また銀貨1枚は現代日本の千円相当とお考え下さい」


天使はそうした識者たちの話に嫌な顔一つすることなく一つ一つ丁寧に答えていく。


そのやり取りを横目に見ていた他のクラスメイトたちも識者たちの様子に焦りを覚えたのかウィンドウをタッチし、内容の確認を始める。いくら元の場所に帰してと騒いでも天使は全く反応を示さない。それならまだ馬鹿馬鹿しくはあっても転生について考えた方がマシ、といったところだろう。


だが当然、全員が納得しているわけではない。


「……例えばここで我々が特典の選択を行わず、転生を拒否したらどうなる?」


学年でも一番の才女と名高き委員長が天使に挑むように質問した。


「何も起こりません」

「何も?」

「はい。魂が朽ち果てるまで、未来永劫この場に留まり続けるだけです」

「…………」


あっさりとした回答に委員長が顔を顰めた。目の前の天使は人の感覚で計るべき存在ではないと理解したのだろう。


「ユキちゃん……」


委員長と仲の良い小動物系の少女──どちらも名前は知らない、覚えてない──が涙目で委員長の腕に縋りつく。委員長は彼女の頭に手をやり、宥めるように言った。


「……大丈夫だ。仮に転生するしかないとしても、必ずしも戦わなければならないわけじゃない」

「…………」


反応を示さない天使の様子を見て、僕は『それはどうだろうな』と思った。異世界の常識や世界観が分からない状況で確たることは言えないが、僕らのような異物が一般人として生活するのは難しいのではなかろうか。


魔族が人類の脅威としてあって、それに対抗する戦士としてなら多少怪しくても受け入れられるだろう。だがそれ以外となると良くて奴隷同然の労働者か娼婦、そうでなければ排斥されると考えた方がいい気がする。


また受け入れられたとしても、魔族の脅威に晒されている世界で戦いを避けることができるのかという疑問もあった。


僕には戦わないという選択肢はないのでは思えたし、強張った委員長の顔を見るに彼女も同じ結論に至ったのではないだろうか。


『…………』


皆黙々とウィンドウをチェックし、時折気になった点を誰かが質問、天使がそれに答えるという時間がしばらく続いた。


時折漏れ聞こえてくる話声からすると、一般層は無難に強そうな職を選ぼうとしている者が多数派で、非戦闘職を検討しているものはごく少数。


一方、識者たちは目を血走らせて説明を端から端まで読み込み、隠しボタンがないかタッチパネルを連打して当たり職や裏技を探していた。天使の説明やこの場の状況を踏まえればそんなものが設定されているはずがないと思うが……まぁ、気が済むまでやればいいさ。


「ふむん……」


周囲の者たちが程度差はあれ熱心にウィンドウを操作している中、僕は何というか──冷めていた。いや、別にこの状況を疑ってるとか馬鹿にしているとか、そういうのではない。


信じていなかったのは僕という人間そのもの。


自分で言うのも何だが僕にはこれと言った取り柄がない。どちらかと言えば文科系で学校の成績は悪くないが発想力や独創性はなく、ただコツコツほどほどに勉強してきただけ。また運動神経や筋力はせいぜい並。元々身体が弱かったこともあり、それを改善しようとジョギングやストレッチは続けてきたので持久力は平均以上だが、武道やスポーツなどはやったことがない。


仲間と協力するコミュニケーション能力は絶無であり完全なボッチ。


総じて周囲からの評価は『真面目ではあるが内にこもり気味で決断力がなく、一歩踏み出す勇気が致命的に欠けている引っ込み思案な少年』というもの。


そんな人間に特典だなんだのと力が与えられたところで何ができるのか。心底疑問である。


恐らくあちらはある程度人生のルートが舗装された現代日本と違い、自分で自分の生き方を選び、それを貫かなければならない世界だ。誰かを信じ協力し合える人間性さえ持ち合わせていない自分に転生特典があったところでなぁ、と自分の在り方を冷めた目で見ていた。


まあ、かといって何も選ばないという選択肢があるわけでもなし、結局何か適当な職を選ぶしかないのだろうが。転生特典の性能次第では、無理をしなければ細々生きていくぐらいのことはできるかもしれない。


「──あ! これだ!」


と、いつもクラスの中心にいるお調子者の少年が一際大きな声を上げ、周囲の注目を集める。


「職業“勇者”! ファンタジーで主人公っつったらこれ一択っしょ!」

「おお! マジかよ!?」


上位カーストグループはその発見に歓声を上げて興奮するが、周囲のそれを見る目は冷ややかなものだった。


そして黙っていればいいのに識者の一人が眼鏡の位置をクイと直しボソリと呟く。


「……浅はかな」

「──んだぁ!? メガネ! 何か言ったかぁ!?」

「ひぃっ!?」


ヤンキー少年に胸倉を掴まれて眼鏡の識者が慌てて弁解する。


「だ、だって、勇者なんて一見強そうに見えるけど凄いデメリットのある地雷職ってのはこの手の話の定番で……!」

「はぁ!? 漫画の読み過ぎで頭腐ってんじゃね!?」

「い、いや、漫画じゃなくてネット小説──」

「うるせぇよ!!」

「暴力反対暴力反対暴力反──」


メガネの識者がぶん殴られそうになり目を固く瞑ったその時、上位カーストグループの一人がウィンドウを操作しながら声を上げた。


「──あ。勇者駄目だわ」

「え、何で?」

「いや、勇者の説明読んでみ?」


上位カーストグループがウィンドウを覗き込むと、そこにはこんな一文が記されていた。


『勇者:勇気・決断力に極大補正』


「…………え? これだけ? 何かすげー勇者の特性とかは?」

「ございません」


それに答えたのは天使だった。


「本特典における勇者はあくまで『勇気と決断力に優れた者』であり、それ以上でもそれ以下でもありません」

「成長性が馬鹿高いとか隠しステータスみたいなのは──」

「ございません。特典における情報は、その項目に書かれているものが全てです。皆様にあちら側の世界で正しく活躍していただくため、我々は過不足なく全ての情報を開示しております」


つまり隠れ当たり職みたいなものはない、ということだ。


その説明に対して疑問の声を上げたのは識者の一人。


「いやいや。活躍して欲しいって言うなら、この勇者って何なのさ? バランス型の器用貧乏どころか勇気特化って誰得よ。勇気と決断力だけでどう戦えって──ああ、ひょっとして『勇気』とか『決断力』ってステータスがあって、それを参照して何か特殊な能力とかアイテムを使える、みたいな?」

「いえ。勇気や決断力にあちら側の世界独自の特別な意味や効果はありません」


納得していない周囲の空気を察してか天使は説明を続けた。


「勇者という職業はこれまで異世界の過酷な環境に適応できず能力を発揮できなかったり精神的に病む者が多くいたため、そうした状況に対応して設定された職業です」

「それにしたって勇気特化は尖り過ぎでしょ? 少しでもいいから他の能力補正とかつけられなかったの?」

「精神という魂の根幹に干渉するには多くのリソースを必要とするため、他の能力補正をつける余裕がありませんでした」

「……ビルドの関係でやむを得ずできた地雷職って訳か」


天使の説明を噛み砕けば、どの職業も平等にリソースを割いて能力を割り振っているが、必要コストや組み合わせによる職業の強弱は存在するということらしい。


ある程度この転生特典のルールが分かったことでクラスメイトたちの職業選定は更に熱を帯びていった。


ゲームに詳しくない者たちは職業名の雰囲気を重視し、ゲーム好きは真剣に説明文を読んで補正や特性のシナジー効果を検討。識者たちは諦め悪く『地味な基本職が実は』『生産無双による産業革命』などと独自路線を模索し続けた。


勇者という勇気しか取り柄のない特典職業が話題に上がったことで説明文も読まず適当に職業を選ぶ者は一人もいない。


「後一時間で一度特典選択の時間を区切らせていただきます」


今後の人生が決まるかもしれない選択だ。このままでは何時まで経っても決まらないと判断されたのか、それとも最初から決まっていたのか、天使が決断を促すように宣言する。


「その時点で特典の選択が終わっている方は希望するグループごとにランダムな地点に転生を行い、終わっていない方は選択終了と同時に個別に転生が行われます」


早く決めないとソロプレイになっちゃうよと告げられ、大半のクラスメイトたちは慌ててグループを作り、グループごと相談しながら転生特典である職業を選択していった。




一時間後。


「…………」

「…………」


白い世界に残っているのは僕と天使だけになっていた。


時間内に職業選択を行わなかったのは僕だけで、クラスメイト達は全員が異世界へと旅立って行った。無表情な天使の視線が冷たく感じるのは気のせいではあるまい。


「……まだ、悩まれますか?」

「あ、いえ。もう決めてます」


僕が時間内に選択を行わなかったのは単純にボッチで一緒に行動する仲間がいなかったからである。当然、親しくない連中に話しかけてグループに入れてと言えるようなコミュ力もない。


ただ周囲にボッチなんだと思われるのも恥ずかしかったので、何となく『自分はもう少し悩みたいんだ』とポーズをとり敢えて残ったような雰囲気を醸していただけだ。


分かってる。分かってるから『お前のことなんか誰も気にしてねーよ、自意識過剰野郎』とは言わないで欲しい。


「では何の職業を選択されますか?」

「勇者を」


即答した僕に初めて天使は無表情を崩し、意外そうな顔を見せた。


「……何か?」

「いえ。勇者はこれまで一度も選択されたことがない職業だったので」


あ~、むべなるかな。


「これまで転生者の方々におススメしたこともあったのですが、誰にも選んでいただけず……よろしければ何故勇者を選んだのか理由をお聞かせいただいて宜しいでしょうか?」


何となく僕は『勇者』の職業を設定したのはこの天使なんじゃないかと思った。


「……大した理由はありませんけど、僕昔から決断力がないって言われてきたんで。いきなり異世界で魔族と戦えとか知らない場所に飛び込んで生活してけって言われても、何も選べず野垂れ死にそうな気がしたんですよね。他の特典選んで多少強くなったとしても所詮中身は僕ですし、殺し合いとか絶対無理ですから。それなら勇気や決断力を補った方がまだマシかなって」

「なるほど」


天使は深々と頷く。ひょっとしたらこれまでに僕が今言ったような状況に陥って何もできず死んでいった転生者は結構いたのかもしれない。戦場では自分が死にそうな状況でも敵を殺すことができない兵士とかが一定数いるという話も聞いたことがあるし、平和ボケした僕ら日本人だと猶更だろう。


僕はウィンドウで勇者の項目を選択し、決定ボタンを押下。初期装備は戦士基本セットB──ショートソードと小盾、革鎧、それから水袋やロープ、火打石などがつまった背負い袋のセット──を選んだ。


勇者には勇気以外の補正がないので戦士系や魔術師系といった区別はない。


個人的には戦士系より魔術師系の方が向いている気がするが、魔術師系のスキルは初歩の魔術を習得するまでの前提条件が重たい。まずは最低限の自衛手段を確保して生活の基盤を整えることを優先した形だ。


そして選択を完了した瞬間、僕の身体は光の粒子になって白い世界から消えていく。


「お時間です。それでは良い旅を」


無表情な天使の餞の言葉を最後に、僕の身体は異世界へと転移した。




「さて……此度の彼らはどれだけ持つでしょうか」


これまで数百回に渡って繰り返されてきた転生の儀。


転生者の九割以上が一月と持たず死亡してきた現実を思い返し、少しは役に立って欲しいものです、と天使は誰もいない空間で独り言ちた。

自分がド定番の異世界クラス転移モノを書いたらどうなるんだろう、という思考実験的なお話です。


他の連載の息抜きに書いているので連載ペースは不定期です。

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