そして人間になる
イジメについての話です。ご了承ください。
化け物がいた。
醜い容姿に肥大した腹部、鼻から体液を垂らす体の大きな化け物が、いた。
その化け物は人間の言葉を解しており、コミュニケーションを取る事が出来たが、やはり人間とは考え方がどこか違うようで、根本の部分で分かり合えないでいた。
化け物は自分が化け物である事に気付いておらず、周りと同じ人間であると思い込み過ごしていた。
化け物がそう思い込むのも無理はなく、生まれてすぐに化け物は人間と同じ環境で、同じように生活をしてきたのだった。
その時は誰も化け物の事を化け物と認識できていなかった為、周囲と同じ人間だと化け物は錯覚してしまった。
しかし、化けの皮は大きくなるにつれて、脱皮のように剝がれていき、大きくなった自我は化け物である事を周囲に隠せなくなってしまった。
しかし、周りの人間が化け物である事に気付いている反面、化け物はまだ自分が化け物である事を理解出来ておらず、人間と生活を共にしようとした。
当然、化け物である事にもう気付いている人間は化け物の事を拒絶した。集団で暴力をふるい、化け物である事を叫び、まだ人間である事を信じていた化け物に拒絶をする事で現実を突き付けた。
その明らかな拒絶を受けて化け物もついに自分が化け物である事を理解した。酷くちっぽけで弱い化け物である事を理解した。
化け物はもう自ら馴染もうとはしなかった。しかし、好奇心に釣られてか、勇猛さを見せつける為か、化け物をやっつけようとする人間が後を絶たなかった。
化け物はその勇者達から攻撃されると、気持ちが抑えきれずに暴走する事があった。化け物は人間よりも一回り体が大きく、力が強かった。その為、勇者を返り討ちにする事もしばしばあった。しかし、返り討ちにした後決まって人間達は勇者を悼み、化け物に憎しみの目を向けた。
その目に化け物はいつも怯んでいた。
化け物は出来るだけ勇者の攻撃に耐えるように努めた。どれだけ暴力を振るわれようが、化け物である事を突き付けられようが、耐えようとした。
しかし、どれだけ努力しても、化け物は糸が切れる様に気持ちが抑えきれずに暴走してしまうのだった。
これは化け物が化け物である所以だった。化け物が人間の中に混じって行動する時、化け物は人間と馴染めているつもりでも、人間は化け物を明らかに異物であるように認識していた。
化け物は徐々にそれを理解していったが、どうして馴染むことが出来ていないのか分からなかった。
分からないから化け物であった。
化け物は人間の本を読んだ。文字が多く内容はよく分からなかった。しかし、よく分からないなりに、化け物は本を読んでいる間だけ自分が人間であるように感じていた。
実際に人間にもそう見えるのか本を読んでいる間は何かされる事も少なくなった気がした。
それで化け物は肌身離さず本を持つようになった。どこへ行くにしても常に手元に本を置いておくようになった。授業中、休み時間、放課後、登下校、遠足にまで本を持ち出すようになった。
お守りである本を持ち歩いていたにも関わらず、再び化け物は勇者達の標的になる。しかし、今までとは違い、お守りであるはずの本を持ち出して化け物が化け物である事を突き付けた。
化け物は人間の事が本当に分からなかった。
しかし、本を読むのを辞める事は出来なかった。どれだけ人間に言われようと、化け物は本を読んでいる間は自分が人間であると思えたからであった。
そして多くの本を読んでいる内に、初めはよく分からなかった本の内容が化け物にも少し分かるようになった。その理解は自分が人間ではなく化け物であると理解する事に比例していた。
本を読んでその内容が理解できるようになればなるほど、人間と違う化け物の部分が浮き彫りになって化け物の目の前に現れるのだった。
化け物が本一冊の内容を理解できるようになる頃には、化け物は自分と人間との違いをほとんど理解出来るようになった。人間を理解できるようになった。
人間への理解と共に化け物は鼻から体液が出なくなり、肥大した腹がしぼんでいき、醜い顔はそれに付随するように人間へと限りなく近づいた。
そして何より化け物は人間と会話をする事が可能になった。人間を理解した事で人間に理解して貰えるように話す事が出来るようになったのだった。
化け物が人間に少しずつ溶け込みはじめた時、体育の授業で50m走のタイム測定があった。化け物はしぼんで細くなり成長でより大きくなった体を使って一生懸命に走った。元々、大きく力のあった化け物は学年でも上位に位置する記録を出す。
そして化け物は、人間になった。
人間となった元化け物はようやく人間と同じように生活が出来るようになったのである。
それから数年経っても、元化け物は人間であった。時折見せる、自分の中の化け物を誤魔化しながら、化け物は人間であり続けた。
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