出会い、決意。
―青年は、春の風に乗って消えた―
青年はアレクとして、また違う世界を生き続ける。前世で大人達の闇に呑み込まれて命を絶った彼は果たして生きていけるのだろうか。きっとこの世界も優しさだけで生きていくことはできない。けれど青年はアレクとして、1つの夢があった。
―「この世界を、優しさで満ちている世の中にしたい。」―
青年の第2の人生が今、始まる。
何だって人生は、こんなにも難しいのだろう。生きるって、どうしてこんなにも辛いものなのだろう。今まで自分は、全て人の言う通りにしてきた。高校だって親が決めたところに入学したし、就職先だってそうだ。もがきながらでも進んでいけば、何か答えが見つかるかもしれない。そう思っていたけれど。大人達は自分の理想とは程遠かった。都合の悪いことは全て隠そうとするし、影では他人の悪口を散々言っておきながら、いざその人に会ったらヘコヘコする。自分より能力の高い人を妬み、挙句の果てには表の舞台から引きずり下ろす…。高校を卒業して社会に出た自分からすると、刺激が強すぎたのかもしれない。本当はすごく優しい人が、環境のせいでまるで廃人のようになってしまう。そんな人たちを何人も見てきた。図々しく、しぶとくて、汚れている人は何事もなかったかのように生きている。その一方で、純粋で、優しくて、あたたかい心を持っている人が消えてしまう。そんな世の中だから、自分はもう、見切りをつけようと思った。よく、"生きてさえいればなんとかなる“という人がいるが、自分の心に響くことはなかった。今となっては生きることが、死ぬことよりも辛い。ここから下に飛び降りれば、恐らく楽になれる。車も人も、コンクリートの上を歩くアリのようだった。
「結局、こうするしかなかったのかな…」
脳裏には家族や、親しくしてくれた人が浮かんでくる。あたたかくて、申し訳なくて、寂しい。皮肉なことに、これが自分の意志ではっきり決めた最初の行動だなんて。
「親不孝…いや、裏切り者かな?きっと、この世界で自分は永遠に憎まれ続けられるんだろうな…」
けれど、それでいい。それがいい。誰に何と言われても、これは自分でした選択なのだから。「…ありがとう。そして大好きだよ。みんな。ずっと幸せでいてね。」出会いと、別れが交差する冷たい春。1つの灯火が、風に乗って、消えた。
「今日はアレク様の6歳の誕生日。アレク様、おめでとうございます。」
「ありがとう!レイラスさん!」
隣には物心ついたときから、自分の教育係をしてくれているレイラスさんがいる。年はだいぶ離れているけど、困ったときにはいつでも相談に乗ってくれる。頼れる人だ。
「あれだけ小さかったアレク様が、こんなにも立派に成長して。私はとても嬉しく思います。改めておめでとうございます。アレク様。」
今話してくれた人、シーラさんも、自分が頼りにしている人の一人だ。目の前に広がっているこの料理達は、全てシーラさんの手づくりだ。
「皆さん、今日は僕のために、こんなにも準備をしてくれてありがとうございます。僕はみんながいてくれて幸せです。」
それを聞いたみんなは、こちらに笑顔を向けてくれる。中には泣き出す人もいて。けれどこうやってみんながいる空間がとても好きだ。こうやって、みんながずっと、笑顔だったらいいな。
自分はグレイル家の四男として生まれた。グレイル家は特別裕福という訳でもないけれど、自分はこの家に生まれてきて良かったなと思っている。周りの人達はみんな優しくて、自分にも良くしてくれる。尊敬できる人がたくさんいた。
貴族の家の子は6歳になると王立学校へと入学することになっている。グレイル家も一応は貴族の家柄なので、その血を受け継ぐ自分もそのようになっている。
正直に言うと、寂しい。できることならこれからも一緒にいたいし、もっと色々な思い出もつくりたい。けれど明日にはもうここを出発してしまう。みんなと話せるのも残りわずか。そう思うと、なんだか急に胸が苦しくなる。
「嫌だ…もっとみんなと一緒にいたいよ…。」
誰もいない部屋。いるのは自分だけ。ただ、すすり
泣く音だけが、部屋に響いていた。
翌日。いつもは自分を明るい気持ちにさせてくれる太陽の光も、この日だけは暗い気持ちになった。部屋を出ると、シーラさんに会った。今日が別れの日だと言うのに、いつも通りの顔をしている。それが自分にとって、少しだけ寂しかった。
「アレク様。実は私昨日眠れなくて。アレク様はどうでしたか?」
「…全然眠れなかったよ。なんだか寂しくなって。」
「…私もです。」
長い廊下を、2人で歩く。いつも通りなのに、何だか上手く歩くことが出来ない。このまま進んでしまったらみんなと別れてしまう。本当は今でも自分の部屋に戻りたい。ずっと寝ていたい。けれど、みんなに迷惑をかけるのは嫌だ。そう考えていると、シーラさんに手を包まれた。
「アレク様、もっとご自分の心に素直になってみてください。あなたはとても優しい心の持ち主なので、遠慮してしまうとは思いますが。私たちはアレク様の本心を聞けることが、何よりも嬉しいのです。」
しゃがんで、自分と目線を合わせてくれるシーラさんの目は、とても優しかった。すごく心地が良い。こんな人が近くにいてくれて、本当に幸せだなと思った。
朝食の場は、なんだかしんみりとしていた。普段は明るい雰囲気なのだが、さすがに今日はみんなあまり話さない。すると、レイラスさんがいきなり、
「いや〜、アレク様はとても魅力的な御方なので、王立学校に入校したら、さぞかしモテるでしょうな!」
ガッハッハと低い声を響かせて。
「将来アレク様がどんな美しい人を連れてくるのか…。このレイラス、今から楽しみで仕方ありませんよ!」
その声に共鳴するように、笑い声が広がっていく。レイラスさんには本当にいつも助けられてばかりだ。感謝しかない。
「もしかしたら、大貴族のご令嬢が、ここにやってくるかもしれませんな!ねえ、アレク様!」
グラスに入った水を揺らしながら、こちらに笑顔を向けてくる。
「そうだと…いいね。」
王立学校にはどんな子がいるんだろう。きっと、自分よりもすごい子がたくさんいるのだろう。普段の生活では会えないような人とも会う。やっていけるのかな。
「アレク様は強い御方です。自信を持ってください。」
シーラさんに励まされる。自分では、強い部分がわからない。けれど、この人たちがそう言ってくれるなら。一歩、踏み出してみよう。そして証明しよう。自分が尊敬する人達の目が、間違いではないことを。
何かと辛いことがたくさんのこの世の中。
このお話を読んで、少しでも貴方の心に届いたのなら。作者として、これ以上嬉しいことはありません。生きることはすごく大変です。でも、自分のペースでいいんです。私も自分のペースでこのお話を投稿します(笑)今の世の中も優しさで満ちていますように。