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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第2章 異世界生活編(読み飛ばし可)
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第9話 僕の名前はシュウ、この村は狙われている?

 森を抜けた柴田とアヤナは、陽の光を浴びながら広がる平原を見渡した。草原はどこまでも続き、風に揺れる草花が金色の波のように輝いている。赤や青、紫といった色とりどりの花々が一面に咲き乱れ、鮮やかな絨毯を敷き詰めたかのようだった。


 「いい景色だな…。」柴田が目を細める。


 「本当に。でも、まだ気は抜けませんよ。」アヤナは周囲を警戒しながら言った。「あの巨人がこないとも限りません。」


 柴田は頷きながらも、どこかほっとした表情を浮かべる。「とはいえ、森の外なら見晴らしがいいから近付かれる前に気づけるさ。」


 「それはそうですね。」アヤナは前方を睨む。「それでも、慎重に行きましょう。」


 二人は森から少しでも距離を取るため、足早に歩を進めた。早く安全な場所へ移動するため、昼食も歩きながら取ることにした。柴田は持っていたパンをちぎって口に運び、干し肉をかじる。


 「歩きながらというのは、少々行儀が悪いです。」アヤナが苦笑しつつも、柴田の真似をしてパンを口にする。


「仕方ないさ。安全優先。」柴田は空を見上げる。「太陽の位置からして、昼過ぎってところか。あの羊の群れを目指そう。」




 草を踏みしめながら進む二人の間に、ひとときの静寂が訪れた。吹き抜ける風が心地よく、丘の向こうにぼんやりと羊の群れが見える。


 「そういえば柴田さん。」アヤナがふと思い出したように口を開く。「自分たちの素性や、どういう経緯で街を目指しているか、正直に話すのではなく、怪しまれない偽装が必要だと思うのですが。」


 柴田は腕を組みながら少し考え込んだ。「そうか。『女神さまに転生させられました』なんて言ったら、頭がおかしいと思われるだけならまだしも、魔女狩りみたいに異端審問にかけられて殺されないとも限らないしな。この地の情勢が分かるまでは目立たない方がいいか。」


 「その方がいいと思います。それで、どんな設定にしましょうか?」


 「うーん、単純に田舎から街を目指して出てきた村人ってことにするか? それで途中で魔物に襲われて森に逃げ込み、彷徨ってからようやく森を抜け出せた、みたいな。」


 「後半の『魔物に襲われて』はいいと思いますが、私たちって野外で畑仕事をしていたにしては手が綺麗すぎるし、肌も日焼けしていないですよね。」アヤナは自分の手を見ながら言う。


 柴田も自分の手を見下ろし、苦笑した。「ま、まあそうか。じゃあ、商人ってことにするか? でも商人にしては周囲の情勢を知らなすぎるのが問題か。」


 「うーん……周囲の情勢を知らないのは『山奥の村から出たことがない』からとしても、『農作業していました』は怪しいですね。地主の親族で畑仕事なんてしたことがなかったけど、親戚に乗っ取られて追い出された、というのはどうでしょう? それもなるべく濁して、余程聞かれない限り詳しく話さない方向で。」


 柴田はしばし考え、納得したように頷いた。「ああ、まあ、それがいいかな。それで僕らは兄妹ってことにするか?」


 「えっ、顔、似てないですよ。」アヤナは柴田の顔をじっと見つめ、首を傾げた。「うーん……でも、現地の人に口説かれるのも面倒なので、当分は夫婦ってことにしておきましょうか? あ、でもお触りは禁止で。」


 柴田は苦笑しながら肩をすくめた。「そ、そうか。まあ、僕も三十以上年下の子に手を出したりしないから、そこは安心してくれ。」


 アヤナはくすりと笑った。「今は、同じくらいの年に見えますけどね。信用してますよ、柴田さん。ただ、それなら妻側の実家に逃げるという選択を取らないのは不自然ですよね。柴田さんは地主の息子で、私は同じ村の従妹で結婚したという設定なら、不自然じゃないと思います。まあ、その辺はwing itで」


 「え、何?」


 「あ、流れでっていう意味です」


 「そう、その柴田呼びだけど、この地方の一般人が苗字を持っているか分からないから、シュウって呼んでくれないか?」


 「ブフッ、シュウスケじゃなくてシュウですか?」アヤナは思わず吹き出した。


 「わ、笑うなよ。」柴田はむっとする。


 アヤナは口元を押さえつつ、それでも肩を震わせて笑いを堪えていた。


 「ごめんなさい。ちょっと若作りっぽくて。でも、夫婦で従妹なら名前呼びが普通でしょうね。では私は佐藤じゃなくてアヤナで。苗字はこの地方の人たちの様子を見てからにしましょう。」


 柴田は気恥ずかしさを振り払うように軽く咳払いし、それから口を開いた。


 「アヤナか。」


 「はい。」


 アヤナは何気なく返事をするが、柴田はどうにも落ち着かない様子で、しばらく間を置いて言い直した。


 「アヤナちゃんの方がいいか?」


 「ちゃんは要らないです。ひょっとして照れてます?」


 アヤナは冷めた表情でじっと柴田を見つめる。


 「いや、余所のお嬢さんを名前呼びはちょっと……。」


 柴田は居心地悪そうに言葉を濁すが、アヤナの表情はさらに険しくなった。


 「ここでは何が足を引っ張るか分からないから、慣れてください、シュウ。」


 「す、すんません……。」柴田改めシュウは小さくため息をついた。




 丘が連なる地形のため、見晴らしは良いが歩くには骨が折れる。登っては下りを繰り返しながら、二人は丘の上に広がる白い点々を目にしながら、足を進めた。途中、草原の中で突然、小さな茶色い影が横切る。シュウとアヤナが足を止めると、それはぴょんぴょんと跳ねながら駆けていく野ウサギだった。


 「あら、野生のウサギですね。」アヤナが目を細める。


 「ああ。」シュウは軽く肩をすくめた。「にしても、自然が豊かだな。」


 アヤナは小さく微笑む。




 太陽が少し傾いたころ、ようやく村の手前にたどり着いた。そこでは、一人の少年が羊の群れを見守っていた。年の頃は十歳ほどだろうか。茶色の髪をした素朴な顔立ちで、汚れや染みの目立つ服を着ている。

 シュウとアヤナは腰に小剣を下げ、手には身長ほどの丈夫な杖を持っていた。見知らぬ武装した人間に近付かれては怖かろうと、シュウは十分な距離を置いて少年に声を掛けた。


 「ちょっと聞いてもいいかい。」穏やかな口調で尋ねたものの、少年は警戒した様子で二人を見つめた。


 「向こうに見える大きな街だけど、何て名前の街かな」シュウは少年を脅かさないよう丁寧に聞いた。


 「アローデール」少年はぶっきらぼうに答えた。


 「そうか。やっぱりアローデールか。方向は合っていたな」シュウはわざとらしく納得したように独り言のように言うが、少年は不審そうに彼を見つめている。


 「大人はいるかな。僕たちはアローデールに向かっているんだけど、少し街の様子を聞いておきたいんだよね」シュウは精一杯の笑顔で言うが、少年の表情は益々曇った。


 「ガストンさんは余所者が嫌いなんだ。村には近づかない方がいい」


 「そ、そうか。村を迂回して通れば大丈夫かな」シュウは少年の言葉に少したじろいで聞いた。


 「迂回するなら向こうがいい。ガストンさんの畑はあっちだから」少年は村の北を回るように指差し、ガストン氏の畑と言って南を指した。


「そうか。ありがとう」


 シュウは礼を言うが、少年は警戒を解く気配を見せない。シュウが諦めて足を踏み出そうとすると、アヤナが少年に話し掛ける。シュウはそれを聞いて足を止めた。


 「ねえ、私達あの森で緑の小人達に襲われたんだけど、知ってる?」


 「ゴブリンなんてどこにでもいるだろ」


「そう、あれがゴブリンなのね。それと大きな鳥みたいな怪物にも襲われたわ。人間の女性の体が付いたような、甘い声で歌う奴よ」


「それは嘘。」


「嘘ってどういうこと?」


「ハーピーに遭ったら二人じゃ助からない」


「でも、体も大きいし、森に隠れちゃえば何とかなるんじゃない」


「森に隠れても、声を聞いたら自分から出ていっちゃう。歌を聞いたら言いなりになっちゃうから」


 シュウは鳥の魔物と、その声を聞いて最初頭がぼうっとしたのを思い出した。しかしアヤナはそれに構わず会話を続ける。


「そう、じゃあ違ったのかも。それと森と平原の境に巨人がいたわ。大きさは三メートルくらいだったかしら。筋肉質で黒っぽい奴よ」


 少年の顔色が一気に青ざめる。次の瞬間、何も言わずに村へ向かって走り出した。シュウは巨人の正体を聞き出したいと思ったが、それどころではなさそうだ。


「厄介事になる前に、さっさと通り抜けたほうが良さそうだな」


「そうね」


 二人は頷き合い、足早に村を迂回して街を目指した。

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