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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第1章 異世界転生編
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第8話 森を抜けて

 朝靄が漂う森の中、焚き火のパチパチと弾ける音が静けさを破る。柴田シュウは小鍋に水を張り、ナイフで塩のキツイ干し肉を削いで放り込んだ。肉が湯の中でじわじわと色を変え、香りが立ち上る。アヤナが眉をひそめながら小鍋を覗き込む。


「明日は、塩スープ以外の物が食べれてるといいですね」


「そうだね。昨日森で何か採れば良かったけど、そこまで考えなかったから。少なくとも街までいけば森のレストランよりマシな物が食べれるさ」


 アヤナのぼやきに柴田はゴリゴリとパンをナイフで切りながら答える。そうしてからパンとナイフを脇に置き、小鍋の中身をそれぞれの椀に分けた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 アヤナが椀を受け取って礼を言うと、柴田はそれに軽く答える。やっと切り取ったパンの切れ端を、柴田はスープでふやかして口に放り込んだ。そうして顔を上げて見たアヤナは上着の袖とズボンの裾を巻くって長さを調整していた。

 昨夜の魔物襲撃で着られる服の無くなったアヤナは、柴田の替えの服を徴収したのだ。女性にしては背の高いアヤナだが、柴田の服を着るには調整が必要だった。


「それにしても昨日はよく生き残れたよな。突然緑の小人に襲われて」


 そう言いながら柴田は、アヤナが真っ裸で小人に跨り、何度も小剣で刺し貫いている光景を思い出した。


「何か思い出しましたか?」


 アヤナが冷ややかな声を上げる。「うっ」柴田はビクリとして話を変える。


「いや、昨晩のあの鳥の魔物が」


 女の顔をした鳥の魔物は、昨夜のうちに野生生物が近付かないよう少し離れた森の中に捨ててきた。その戦いでアヤナの服は。


「何か思い出しましたか?」


 うっかりアヤナの目を見てしまった柴田は、その瞳がガラス玉のように何も映していない事に気づいた。無我の境地だろうか。


「コホン。まあ、今日も森を抜けるまで何が出るか分からないから、油断せずに行こう」


「そうですね」


 柴田は、まだ話したい事もあったが、話が変な方向に進んで雰囲気が悪くなったので、そそくさと荷物をまとめて出発する事にした。




 木漏れ日が斜めに差し込む森の中を、柴田とアヤナは歩き続けていた。 進むにつれて、森の空気がひんやりと湿り気を帯びてくる。ふとアヤナが立ち止まる。


「……この音、何でしょうか?」


 足元からかすかな葉擦れの音が聞こえてくる。次の瞬間、柴田の足元で茶色い影が素早く動いた。


「蛇だ!」


 柴田が慌てて数歩下がる。細長い体が落ち葉の下から姿を現し、青黒い模様が不気味に光る。蛇は鎌首をもたげて警戒するようにこちらをにらんだ。


「離れましょう」


 アヤナが冷静に声をかけ、二人はゆっくりと後ずさる。しかし、その瞬間、アヤナの足がツルに引っかかり、バランスを崩した。


「きゃっ!」


 彼女の体が後ろの藪に倒れ込む。鋭い枝がバリバリと音を立てて、沈み込んだアヤナは身動きが取れなくなった。


「佐藤さん!」


 柴田が蛇の動きを警戒しつつ近づき、藪に手を差し入れる。藪に嵌り込んだアヤナの腕をしっかりと握り、力を込めて引き上げた。 ピシッと布の裂ける音がする。


「すいません……」


 ようやく立ち上がったアヤナの服はあちこちが裂け、袖や裾に無数の穴が開いていた。とりわけ左の脇の下から胸に掛けて大きな裂け目が出来ている。長い黒髪にも折れた枝が沢山絡んでいた。


「服が……結構やられちゃったな。これ着てくれ」


 柴田は自分の外套脱いで渡した。受け取ったアヤナがそれで身体を包む。


「ありがとうございます……こんなの私のキャラじゃない」


 後半の小さな呟きを柴田は聞こえないふりをした。二人は改めて蛇が去ったことを確認し、再び歩き出した。森の静寂が、一層重く感じられた。




 さらに数時間歩いたところでアヤナが柴田に聞く。


「……ねえ、柴田さん。こっちで本当に合ってます?」


 アヤナが不安そうに足を止め、後ろを振り返る。森の奥からは、聞き慣れた鳥の鳴き声がこだましていたが、道らしい道は見当たらない。


「たぶん、合ってると思うんだけどな……」


 柴田は額の汗をぬぐいながら周囲を見渡した。昨日、木の上から見えた街の方向を目指しているつもりだったが、もう数時間も同じような景色が続いている。


 森を抜けるどころか、むしろ奥に進んでいるのではないか――そんな不安が胸をよぎる。


「もう一回、登って確認するか」


「そうですね、そうしてもらえると助かります」


 柴田は近くの大木を見上げ、深呼吸した。幹に手をかけ、枝を頼りに慎重に登る。湿った樹皮が滑りやすいが、昨日よりはコツが掴めていた。


「柴田さん、気をつけて下さいね!」


「おう!」


 枝が軋む音とともに、視界が徐々に開けていく。ようやくてっぺん近くにたどり着くと、強い日差しが顔を照らした。柴田は目を細め、遠くを見渡す。


「……あった! 森の端がすぐそこに!」


 森の境界線は意外なほど近く、あと数百メートルも進めば抜け出せそうだった。さらに視線を遠くへと移す。森を出た先、草原の向こうに石造りらしき街の輪郭がぼんやりと見えた。距離ははっきりしないが、かなり先にあることがわかる。しかし、その街にたどり着く前に、さらに気になるものがあった。

 森の外、それほど遠くない場所に小さな村が見える。いくつかの家が並び、その手前の平原には白い点々が広がっていた。恐らく羊の群れだろう。牧童と思しき人影もちらほら見える。柴田は慎重に下り、地面に着地すると、アヤナに笑顔を向けた。


「間違ってなかった。森の端まで、あと少しだ!」


「本当ですか? 良かった!」


「それと街よりも手前に村が見えた。放牧されてる羊も。どうする?先に村に寄るか?」


「う~ん、そうですね。いきなり行っても警戒されるかもですが、可能なら先に村で街の様子を聞きたいですね」


「そうだな。とにかく、もう少しだ。早く森を出てしまおう。」


 二人は軽くなった足取りで、歩みを再開した。




 しばらく進むと、森の雰囲気が変わり始める。


「ほら、木が少なくなってきた!」


「本当ですね……陽の光も前よりずっと明るい!」


 道なき道をかき分けて進むにつれて、木々がまばらになり、頭上の空が広がっていく。やがて、草むらを抜けると、急に視界が開けた。


「出た……森を抜けたぞ!」


 目の前には緩やかな丘が広がり、その向こうに小さな街が霞んで見えた。村は見えなかったが、街よりも手前の丘の上には白い点が散らばっていた。二人は思わず顔を見合わせ、同時に深いため息をついた。


「やっと……やっと出られましたね」


「ああ、長かったな……」


「でも村っぽい物は見えませんよ」


「あの丘の白いの、たぶん、羊じゃないかな。きっと村は丘の向こうだ」


「そうだ。柴田さん、アレ出して下さいよ」


「あ、そうだな。ここで一休みもいいな」


 柴田は香ばしい湯気を立てるコーヒーを2つ召喚して、カップを1つアヤナに渡す。二人はまず鼻先で立ち上る香りをゆっくり味わい、次いで静かに口をつける。


「ふ~ぅ、染みるなぁ」


 柴田が心からの声でつぶやく。


「違いますよ、柴田さん」


「うん?」


 アヤナがいたずらっぽい笑みを浮かべて首を横に振る。


「この瞬間が世界を名作にする、ですよ」


「ちょ、もう許して」


「ふふふっ」


 柴田が苦笑いし、アヤナが楽しげに笑う。しかしその時、柴田の視界の隅で何かが動いた。嫌な予感と共にゆっくりとそちらを向くと、50メートルかそこら離れた森と平原の境界に黒い何かがいた。人のような形をしているが、距離と見える大きさがおかしい。

 その大きさは2メートルか3メートルか、ひょっとすると4メートルくらいあるかもしれない。手前の木などで見えない部分もあるが、人であれば筋肉質な格闘家なような姿だろうか。たぶん、向こうもこちらを見ている。柴田は緊張に心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、小声でアヤナに囁いた。


「佐藤さん。大きな声を出したり、慌てて動かないで欲しい。離れているが、森の境界に黒い巨人のような何かがいる。向こうもこちらに気づいてるから、相手を刺激しないようゆっくり振り返って俺の見ている方を見て欲しい」


 アヤナはビクリと一瞬、体を震わせて、それからゆっくりと振り返った。それを見付けたのか、アヤナの瞳が見開かれる。それでも慌てて逃げ出したり、指差したりしなかったのは流石、肝の据わったアヤナと言えるだろう。


「あれ、何だと思います」


「分からないよ。巨人?ゲームならオークとかオーガとかいう亜人や鬼の一種かも」


「え~、柴田さん50過ぎでゲームとかするんですか」


「最近はしてないけど、僕の学生時代がそういうゲームの黎明期だったからね。理系男子には必須科目だったよ」


 二人とも軽口を叩いているが、背中には冷たい汗が流れ、手のひらもじっとりとしてきている。それでもまだ距離があるお陰でパニックにはならなかったが、二人は根が生えたようにそこから動けない。

 しかし、その二人の緊張をよそに黒い巨人はアッサリと背を向けて森の中に帰っていった。その背には鹿のような動物が背負われていた。それが視界から完全に消えると柴田は止めていた息を吐き、アヤナはのその場に座り込んだ。


「もうご飯を見付けてたから、襲って来なかったんですかね」


「鹿より前に森でアレに出会わなくて良かったよな」


 どっと疲れた二人をよそに、昼下がりの太陽は爽やかに輝いていた。

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