第65話 コボルトの財宝
ロレンツィオ達に追い付いたシュウが見たものは、二つの木箱の前に座り込む彼らの姿だった。フィオは木箱の金貨を掬っては袋に移し、ロレンツィオは箱の中に手を突っ込み、金や銀の杯や装飾品を取り出して眺めていた。
シュウの感覚でミカン箱くらいの木箱二つに、金貨と銀貨が半々くらい詰まっていて、金銀の宝飾品や宝石なども入っているように見える。興奮しかけるシュウだったが、視界にコボルトに死骸が目に入る。椅子の近くで頭を割られ、倒れているのはコボルトの王か、リーダーだろうか。
これをやったバルドも向こう、かがり火の陰で倒れている。殺されそうになったので、シュウが返り討ちにしたのだ。他にもこの広間には二十体前後のコボルトと、グールの死骸も転がっている。この椅子の位置からは、広間がよく見渡せるが、それでも陰になってよく見えないところもある。
シュウは、かがり火の陰を目指して歩き出した。それに気付いたアヤナが、後ろから歩み寄ってくる。
「シュウ、どうしたのですか」
「いや、何もないとは思うけど、一応広間を一回りしてみようと思ってね」
「そうですか。では、私も行きます」
シュウの言葉に、一度フィオ達を見たが、彼女は彼についてくるようだった。
「ここって……」
シュウが声を上げたのは広間の隅に、小部屋を見つけたからだ。彼らが入ってきた入口から見て左手である。二人はコボルトと戦う前に松明を投げ捨てていたので、新しい松明に火を点けて、広間の外縁でかがり火の陰になりそうなところを見て回っていたのだ。
別に隠していたのではないだろうが、広間の壁にひと一人がギリギリ通れるくらいの穴が空いていた。そこは、ほんの三、四歩入っただけで小さな空洞に繋がっていて、中にはベッドなどが置いてあった。ベッドは、前の部屋に置かれていた四つのベッドより、さらにしっかり作られ、質の良さそうな生地が何枚も重ねられていた。
「コボルトの王様の部屋かな」
「そうですね」
シュウの確認にアヤナも同意する。ベッドの他にも、ハンガーポール代わりか幾つかの枝が付いた木の棒が立っていて、服が掛かっている。椅子の近くで倒れていたときにも見たが、こいつの服は古くて、綻びもあるが、かなり上等の布を使っている。それから水瓶もあるが、その水を飲む気にはなれなかった。
「ぱっと見、大したものが無さそうだけど、あのベッドの中とか探してみる?」
「加齢臭みたいに臭いので私は結構です。気になるならどうぞ」
「僕もいいや」
結局、二人で一周してみたものの、王の部屋以外に目新しい発見はなかった。それから再びロレンツィオ達の元へと戻る。
「それでロレンツィオさん、どれくらいありそうなんですか?」
シュウの問いに、ロレンツィオが銀杯に刻まれた模様を指でなぞりながら答えた。
「そうだな。だいたい金貨と銀貨が五百枚。それと金器、銀器の調度品に宝石と装身具で、ざっと金貨千枚相当といったところか」
「おおっ」
思わず声を上げたシュウに、アヤナも口を押さえて目を見開く。あくまでシュウの感覚だが、金貨一枚で現代日本の十万円くらいの価値がある。つまり、ここに積み上げられた財宝は、日本でいえばおよそ一億円分という計算になる。
もっとも、これを全員で分けるのだから、一生遊んで暮らせるほどではない。それでも、商売を始めたり、小さな農場を構えたりする原資としては十分すぎる額だった。ふと冷静さを取り戻したシュウが見ると、ロレンツィオは新しい銀器に手を掛けようとしていた。
「ちょっとロレンツィオさん、もう日も暮れますから早く持って帰りましょう。後でいくらでも見れますから」
「今はそれどころじゃない。邪魔をするな」
「はぁ」
まるで動こうとしない彼の態度に、シュウは溜息を吐いた。
「仕方ありません。私達で運び出す準備を始めましょう」
アヤナは、既に金貨を詰め込み始めているフィオを見て言った。
「そうだね」
シュウは彼女に同意して、持って来た厚手の麻袋を取り出した。彼女と一緒に、金貨と銀貨を掴み取って袋の口へと放り込んでいく。袋の底に硬貨が当たるたび、鈍い金属音が響き、次第に袋はずしりと重みを増していった。金器や銀器は申し訳程度に布で包み、宝石や装身具は一応革の袋に仕分けた。
「ロレンツィオさん、もう時間切れですよ」
シュウは最後に残った金の腕輪を、ロレンツィオの手から取り上げて袋に入れた。
「こら、何をしている。返せ」
「はいはい。ここに入れましたから、自分で持って帰って下さいよ」
シュウは腕輪を入れた袋を彼へと渡す。
「それから、先ほどの銀杯なんかはこちらに入っています。こっちもお願いしますよ」
「お、おい」
そう言って二つ目の袋を彼に押し付けた。これだけの財宝だ。誰一人、手ぶらで帰るわけにはいかない。シュウもまた、肩に食い込む麻袋の紐を掛け直す。ずしりとした重みが一気に伝わり、思わず息を詰めた。だが、悪い気はしない。
フィオはホクホク顔で、ロレンツィオは袋の中を気にしながら広間を出ようとする。シュウも出ようとして、横たわるバルドに目が留まった。命を狙われた相手とはいえ、置いて行くことに若干の罪悪感を覚えた。そんな彼にアヤナが声を掛ける。
「シュウ、気にしても仕方ありません。彼は金貨よりも重すぎます」
「そうだね。行こうか」
彼はバルドから目を離して、歩き始めた。アヤナも袋の重みに、顔を顰めながらついていく。
「そういえば、本当に怪我はないのかい。バルドに斬られたように見えたけど」
「ふえっ?」
話を変えるシュウに、アヤナは言葉を詰まらせる。彼女はバリアについて、どう扱うか考えがまとまっていなかった。バルドの攻撃は凌げたが、いつでも使えるのか、条件は無いのか、もし使えても人に知られれば、魔女などと言われて厄介事に巻き込まれないか。彼女はこの場では話さないことに決めた。
「大丈夫ですよ。あのピックフォークが、私の代わりに斬られちゃいましたけど。それにほら、シュウが言ってたじゃないですか。攻撃の瞬間に後ろへ飛べば、ダメージを減らせるって」
「えっ。あれって、漫画の話だけど」
「そうなんですか!? じゃ、上手くいったのは、すごい偶然? ヤダ。今更、鳥肌が立ちましたよ」
そう言って、自分の肩を抱きしめ、撫でるアヤナ。袋を背負っているので、その仕草は小さくまとまっているが。
「まあ、何にしろ、怪我がないなら良かったよ」
そう言って、無邪気に笑うシュウ。それを見たアヤナは気まずい思いを悟らせないよう、澄ました顔でひとこと言った。
「そうですね」
重い麻袋を背負い、二人は松明の明かりを頼りに歩き続ける。広間を抜け、再び通路へ入ると、両側の岩壁がすぐ間近に迫った。松明の光が凹凸をなぞり、湿った岩肌を鈍く照らし出す。袋の中では硬貨が擦れ合い、歩みに合わせて低い音を立てていた。
しばらく進んでから、シュウがぽつりと言う。
「帰ったら、まずは宿で寝て……それから、焼き立てのパンを食べたいな。あの焼いた鹿のモモ肉を分厚く切ってもらって、熱いスープも」
「私は、ハチミツの焼き菓子ですね。ちょっと奮発して、洋梨を載せた砂糖のケーキも。それから、しっかりした生地の服と外套、歩きやすい靴を買いたいです」
二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。これまでの旅や戦いが、脳裏に浮かんでは、また消えていった。
「……やったね」
「……やりましたね」
それ以上、言葉は続かなかった。ただ黙って歩を進めるうち、湿った空気の中に、わずかな流れが混じり始める。前方から差し込む夕暮れの光が、通路の奥を淡く染めていた。肩に食い込む袋の重みは変わらない。それでも、不思議と足取りは軽い。
二人はそのまま、洞窟を後にした。背後に残るのは、戦いの気配も、金属の音も届かぬ闇だけである。外の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、シュウは言った。
「あの丘まで行ったら、コーヒーを飲もうよ」
アヤナは、微笑んで静かに頷いた。
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