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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第64話 この瞬間が世界を名作にする

 アヤナは着替えようとした服を前に抱き、シュウとバルドを見ていた。バルドには、どこか信用しきれないものを感じていたが、ここで裏切られるとは思ってもいなかった。

 シュウがコーヒーの召喚で、コボルト達の隙を作っていたことは見ていた。しかし、バルドとシュウの戦闘経験は、プロの有名スポーツ選手と、スクールや部活に入って一年目か二年目くらいの差があるだろう。普通に考えれば、コーヒーの召喚くらいでひっくり返せる差ではない。

 それでも彼や自分が生き残るには、バルドに大きな隙を作って、そこを突くしかないだろう。シュウが破れかぶれに突っ込まないのは、隙さえあれば勝ち筋があるのではないか。そうでないかもしれないが、もうそれに賭けるしかない。


 彼女には、まだ確証のない推測があった。先ほどコボルト達に斬られ、叩かれ、服は無残に破られたが、身体そのものには一切傷がない。小剣で斬られた時も、丸い棒で撫でられたような感触しかなかったし、棍棒も随分軽い感触だった。

 この世界に来る前、女神からバリアを授かったはずだ。しかし最初に遭遇したゴブリンに服を裂かれたことで、その加護は無いものだと思い込んでいた。だが振り返れば、ゴブリンの時も、ハーピーの時も、そして今回も、傷ついたのは服だけで、身体は守られている。

 もしそれが偶然ではなく、身体だけを守るバリアなのだとしたら――自分は決して致命傷を負わない。ならば、捨て身でバルドに隙を作ることもできるかもしれない。確信はない。それでも、この世界に来てから何度もシュウに助けられてきた。次は、自分が応える番だ。


 アヤナは覚悟を決めた。しかし、折角隙を作ってもシュウに見逃されては話にならない。彼にだけ、通じる暗号はないか。少し考えてから、一つ相応しい言葉を思いついた。もう恥ずかしい、とか言っている場合じゃない。

 彼女は前を隠していた服を放り捨て、両手を空けた。そして、コボルトに刺さったままになっているピックフォークへ向けて走りだした。




 シュウは、決まれば必殺と成りえる攻撃を考えついていた。だが、相手はバルドである。絶対に防がれないようなタイミングで仕掛けなければならない。今は、グールを刺した長剣を持っているが、バルドの村で訓練をしていた時、自分の剣ではバルドに通じないのはよくよく分かっていた。

 隙を作りたいが、自分の技量では隙が作れない。それでも何か、隙を作る方法を考えなければいけない。彼は必死に思考を巡らしていた。そんな時、視界の隅で動くものがあった。アヤナだ。シュウは目を丸くした。彼女は、かなり酷い恰好で走っていたからだ。

 目の前のバルドも、ほんの少し彼女に注意を向けたようだったが、脅威ではないと判断したようだ。注意が再びシュウへと戻る。あいにく大した隙にはならなかった。彼女はピックフォークのところへと行くと、引き抜く。そしてそれを構えてバルドに突進した。


 無防備に突っ込んでいく彼女を見て、馬鹿な、殺されるぞ、と肝を冷やすシュウ。その時、アヤナが叫んだ。


 「この瞬間が!」


 その言葉で、シュウは彼女に考えがあること、隙を作るタイミングを自分に教えていることを理解する。ただの捨て身でないことを祈って、彼はそれに合わせた。

 バルドは鼻を鳴らして大斧を横薙ぎにし、アヤナごとピックフォークを弾く。彼女の手からピックフォークが飛んでいき、彼女自身もすごい勢いで吹き飛ばされた。その衝撃に耐えきれず、彼女の身体に辛うじて巻き付いていた布が、バラバラに裂けて宙を舞う。

 シュウは彼女の反対から、剣を切り上げようとする。バルドは素早く反応し、それさえ斧を横斜めに斬り下ろして、叩き伏せる。シュウの手からあっさりと離れる長剣。バルドの斧が勢いそのままに、洞窟の床を叩く。バルドの両手が地面近くまで下がった。その瞬間、シュウは叫ぶ。


 「世界を名作にする!」


 バルドの頭上にコーヒーカップが現れる。しかし、その大きさはとても片手で持てるような物ではなかった。それは風呂桶ほどの大きさの分厚い陶器のカップで、中には零れそうなほどにコーヒーが入っている。背後に気配を感じたバルドは避けようとしたが、僅かに遅かった。そう、毒で鈍った分だけ。

 数百キロはありそうな重量物が、バルドの頭に落とされる。重い衝撃音の後、バルドは崩れ落ちた。地面を転がってバルドやコーヒーカップを避けたシュウは、起き上がると長剣を拾う。普通はあれで首が折れただろうが、巨人殺しを侮ってはならない。意識が戻れば瞬殺されるだろう。

 彼はバルドの生死を確かめることなく、長剣の切っ先を首筋当て、押し込んだ。




 「アヤナーっ!」


 シュウは吹き飛ばされたアヤナに駆け寄ろうとする。しかし、彼女はしゃがみ込み、身体を隠しながらシュウに言った。


 「まず、その服を取って下さい」


 極めて平然とした彼女の言葉に、シュウは足を止め、それでも彼女の方を見ながら訪ねる。


 「あの、本当に大丈夫?」


 その言葉を拾って、彼女は淡々と言った。


 「怪我などは大丈夫ですが、見られて大丈夫な状態ではないので」


 「ああ、ゴメン」


 シュウはとりあえずは大丈夫そうだと判断し、彼女の服を拾って持っていった。頭から服を被るアヤナ。それにしても、何とか生き残った。その事実に、張り詰めていたものが、ようやく緩む。そのとき、またシュウの背後から声が掛かる。


 「君がバルドを倒すとは思わなかったよ。ハーブティーも普通じゃないとは思っていたが、魔法で出しているとは。しかも、あんな大きさまで」


 振り返ると、そこに長剣を持ったロレンツィオが立っていた。シュウは、さっきのバルドを思い出し、慌てて身構える。彼は値踏みするように、シュウのつま先から頭の上までをゆっくり眺める。彼自身は、グールにやられたのか、シャツが血に染まった肩を押さえていた。

 だが、その手を降ろした時、シャツに空いた穴の中、彼の体には何の傷も無かった。


 「ロレンツィオさん。その肩、グールにやられたのでは?」


 「ああ、君に切り札があったように、私にも回復魔法があるのだよ。麻痺がある程度引けば、自分で回復できる」


 「ひょっとして、加勢できるのに見ていたんですか?」


 「別に君が死ぬのを待っていたわけじゃない。あくまでも、私が生き残るためにバルドの隙を窺っていたんだよ」


 「それで、財宝は仲良く山分けでいいんですよね」


 シュウがそう言った時、ロレンツィオの目は一瞬細められ、それから口の端を吊り上げる。


 「クックックックッ」


 ロレンツィオの口から低い笑い声が漏れる。


 「ロレンツィオさん?」「フハハハハハ」


 不安そうに聞き返すシュウに、ロレンツィオの笑い声が次第に大きくなる。


 「ロレンツィオさん!」


 焦ったシュウが大声を出すが、そこで彼の笑い声が止まる。


 「いいとも。私の目的は財宝そのものよりも、ここにジルバータール王朝があったという事実そのものだからな」


 「は~、脅かさないで下さいよ。あなたまでバルドみたいに襲って来るかと思いましたよ」


 「言ったろう。君がジルバータール王朝の痕跡を消そうとしているなら、敵にもなるがね」


 再び張りつめていた空気が、再度ほどける。その直後だった。


 「シュウ」


 今度はアヤナから声が掛かった。彼女は、この文化圏ではかなり短い膝丈のワンピースを着ていた。まだ、ズボンは履いていないが、背中を斬られたフィオの横にしゃがみ込んでいる。


 「アヤナ、フィオはどうなの?」「それが……」


 シュウの問いに、アヤナは口ごもる。不穏なものを感じ、シュウも駆けつける。すると、フィオの手が動き、シュウの足を掴んだ。


 「ひゃあっ」


 シュウは驚き、変な悲鳴を上げる。


 「あはははは、シュウのビビり!って、痛った~っ」


 笑い声を上げた後、フィオは背中の傷を痛がる。


 「バッサリいってますが、骨には達していません。クルルボーは面の皮が厚いんでしょうか。いえ、背中の皮ですか」


 フィオの背中を見たアヤナが説明する。彼女は手ぬぐいを裂いて、フィオの背中を縛っていった。


 「ビックリさせるなよ。でも、無事なら良かった。ん?ひょっとして、黙って動かなくなったのは、死んだふり?」


 「違うわよ。ただ、黙ってやり過ごそうとしただけなのよ」


 そこにロレンツィオが割り込む。


 「クルルボーのことなど、どうでもいい。それよりグールが最後に何か言っていなかったか?」


 そう聞かれたシュウはしどろもどろに答える。


 「ええと、ラ=ジルベルなんとか。エルナイ? バル=ハルだったかな」


 「ラ=ジルヴェルタール・エルナイアス・ヴァル=ハルディム、マル=カナス・バルバロイですよ」


 それにアヤナが、フィオの手当てをしながら補足した。これを聞いてロレンツィオが驚愕する。


 「なんだと、それは古代語ではないか!」


 「どういう意味なんです?」


 興味を引かれたシュウが聞く。


 「ジルバータールに仇なす蛮族どもめ、という意味だ。それにしても、グールは古代王朝に作られたのか? それとも、古代人が変異した? ……まさか、古代人はグールだった?」


 ロレンツィオはシュウに答えたが、自分の考えに没入していくようだった。そして、しばらくして急に怒鳴り始める。


 「おい、シュウ!なぜグールを殺した。生け捕りにすれば、貴重な証言が取れたかもしれないんだぞ」


 「いや、死ぬところだったんだから、無茶言わないで下さいよ」


 困ったように弁明する。そこで手当の終わったフィオが、元気に立ち上がって言う。


 「よし、もう大丈夫。クルルボーは頑丈なのよ。じゃ、私は宝物を見て来るから。シュウ達はここでのんびりお話ししてるといいよ」


 クルルボーはひょこひょこスキップしながら奥へと向かっていった。


 「考えるのは後にして、私達も行きませんか?」


 アヤナがその背を目で追いながら言う。


 「まあ、それもやぶさかでない」


 ロレンツィオは澄まして答えたが、片目がちらりと奥をうかがうのを、シュウは見逃さなかった。そこで、シュウもニンマリとする。


 「じゃ、みんなで行きますか」


 戦いは終わった。あとは、得るものを確かめて、無事に外へ出るだけだ。薄暗い洞窟の中でも、シュウの心には、明るい日差しが差し込んでいるようだった。

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