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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第62話 Un café, s’il vous plaît.

 「もう、しつこいのよ!」


 その時、フィオは走っていた。3つのかがり火のお陰で、広間の中が結構見渡せる。椅子に座ったコボルトの足元に、箱からこぼれた金貨や財宝を見つけて、走り出した。コボルト達はシュウ達に向かっていたし、自分みたいなちびっ子のことは、みんな気にしないだろうと思った。

 しかし、コボルトの集団の横を通り過ぎる時、三体のコボルトが彼女を追いかけてきた。お陰で、金貨や財宝をゆっくり拾えない。彼女は先ほどひと掬いで拾った三枚の金貨を手に思った。壁に追い込まれそうになるが、コボルトの手をかいくぐり、あるいは身長ほども壁を駆け上がって横に抜ける。

 足の遅いコボルトに捕まるとは思えないが、なかなか宝物を拾えないのは困ったことだった。




 シュウとアヤナは二人で、六体のコボルトの相手をしていた。シュウは五体のコボルトの相手をしたかったが、とても相手にしきれずにアヤナに二体回してしまっている。せめて、壁とシュウの間をあまり空けずに、アヤナにそれ以上行かないように奮闘する。

 あまり相手を深く刺すと隙を作るので、ピックフォークを爪のように小刻みに横に振るって牽制する。何度か浅く斬りつけているが、これでは倒せない。むしろ、傷つけられたことに怒って、攻め手の圧力が増している。

 チラリと右を見るが、まだバルドもロレンツィオも複数のコボルトを相手をしていて、すぐに救援に来れそうもない。幸い、バルドと壁の間の幅の関係で、シュウとアヤナを四体以上で同時に攻撃できないが、入れ替わり立ち代わり、仲間を乗り越える勢いで襲ってくる。


 何か打開策はないかと考えるが、前のコボルト達に対応するだけで精一杯で余力がない。「きゃっ」そんなことを考えていると、隣から悲鳴が上がる。しまった。いつの間にか、シュウがほんの二歩程度後ろに下げられていて、シュウとアヤナの間にコボルトが入り込んでいた。

 しかも、数がいつの間にか七体に増えており、シュウの正面の四体以外に、三体がアヤナを取り囲んでいた。アヤナは壁に背を付け、身体の前を長柄の杖で守ろうとしているが、左右から小剣で斬り付けられ、棍棒で叩かれている。


 「アヤナ!」「シュウ!」


 彼の叫びに、彼女も呼び返すが、その隙にシュウは右腿を浅く斬り付けられた。くっ。だが、アヤナのところに辿り着かなくてはならない。彼は右真ん中のコボルトにタックルをかますと、必死にピックフォークを左のコボルト達に突き刺す。

 一匹目のコボルトの横腹を貫いたピックフォークの先が、運よく一番左のコボルトの腹にも刺さる。シュウはピックフォークから手を離すと、一番右のコボルトに背を向けアヤナを目指して突進した。アヤナの身体は壁際で左右に揺れているが、かわしているのか、攻撃の衝撃で振られているのか分からない。

 シュウはアヤナを取り囲む一体に体当たりをして、壁に押し付けた。続いて次の一体と思ったところで、後ろから殴りつけられ、目から星が飛ぶ。倒れそうになるところを、壁に手を付いて踏みとどまったが、振り返ると自分の前にいた二体が武器を振り上げていた。


 壁に押し付けられた一体は、拘束を解かれてシュウとアヤナ、どちらに向かうか考えている様子だ。だが、アヤナの前にいた一体が、前から彼女に抱きつき拘束していた。そして、もう一体が小剣を片手に、彼女の背に突き立てようとしている。

 ダメだ。あの小剣だけは。シュウは考えた。手は届かない。何か投げなければ。しかし、腕も体も動かない。何かぶつけられるものは無いか。何か。その時、シュウは自分の能力を思い出し、一縷の望みに掛けた。


 「……コーヒー召喚」


 「ブワッチャァアア~」


 小剣を持つコボルトの頭上に、白い陶器のコーヒーカップが現れ、落下。コボルトの頭に当たったカップは盛大に転がり、ぐつぐつ煮えている黒い液体を浴びせかけた。悲鳴を上げ、頭を押さえて転がり回るコボルト。それに驚き、固まるコボルト達。

 何故か三十年近く前、大学の二か国語で習ったフランス語が頭に蘇るシュウ。


 「アン カフェ、シル ヴ プレ」


 シュウの後ろに迫っていた二体のコボルトの頭に、コーヒーカップが落ちる。


 「ブワッチャァアア~」「ジュワッッチィイ~」


 地面を転がるコボルトが三体になった。因みにシュウは「コーヒーをどうぞ」のつもりで「アンカフェ、シルヴプレ」と言ったが、これは「コーヒーをお願いします」という注文時のフレーズだった。そして、アヤナに抱きついていた一体は、彼女にアイアンクローを喰らって壁に叩き付けられていた。


 「アヤナ、大丈夫?」


 「ええ」


 そう答えながら、アヤナは自分の身体に視線を走らせた。シュウも彼女の足元から素早く見ていく。コボルトにやられたのだろう、ズボンのあちこちが裂け、破れている。小剣で斬られた所もあるのだろうが、スパッと切られたというより、枝を引っ掛けたような切り口になっている。

 そして幸いというべきか、不自然にというべきか、かがり火で影もでき、色もハッキリしないが、穴から覗く彼女の脚に、出血や傷、変色などは見られない。そうして上の方に視線を向けていくと、もうお約束のようにぷるん、ぷるんと穴から飛び出していた。さらに上に目を向けると、彼女と視線が合う。


 「ご、ごめん」


 「大丈夫ですから、向こうを向いていて下さい」


 慌てて反対を向くシュウ。彼はそこでバルドやロレンツィオの戦況に気付く。まだ彼らの前に敵はいるが、もう一息で倒し切りそうな雰囲気である。シュウはコーヒーで火傷し、転がり回るコボルト達を見る。さらにピックフォークが刺さったままの二体も、まだ死なずに藻掻いていた。

 彼は背中から自分の杖を引き抜くと、止めを刺して回った。




 コボルトの王は、椅子に腰掛けたまま侵入者と、自分の配下達を見ていた。斧を持った大男は見た目通り強いし、剣を持った細い男もなかなかの難敵だ。それに対して、男女の二人組は、さほどの手練れではないと判断した。まずはこの男女を倒し、続いて剣の男。最後に大男を全軍で押し包むしかない。

 そう思った彼は、大男と剣の男に抑えられる数だけを残し、残りを男女に振り分けるよう指示する。ちょろちょろと動き回る小人は戦力外だろうから、追うのは一匹でいいだろう。しばらく見ていると、戦況は彼の予想通りに進む。大男と剣の男に何匹か倒されたが、男女の方は分断され、もう一息で倒せそうだ。

 だがその時、男女の周りの配下達が急に頭を押さえて苦しみだした。そこで戦況は一転する。男は女と何事か話した後、悶え苦しむ配下達を順に始末していく。マズい。どうやったのかは知らないが、男が大男や剣の男に合流すれば、たちまち配下が駆逐されてしまうだろう。


 逆転の策はないか。彼は思考を巡らし、一つの案を思いついた。これは、上手くいけば、侵入者を倒し、自分の財宝を守り切れるかもしれない。だが、失敗すれば、配下はもちろん、自分すら死ぬ可能性もある。それでも、侵入者に全てを奪われるよりマシか。


 「グラァ! バラグ=クァン、ズロク!」


 彼は苦渋の決断をし、配下に命じる。命じられたコボルトは、思わず王を二度見する。しかし王が牙を剥き、低く唸るような声で再度命じると、背を打たれたように身を翻し、慌てて駆け出した。




 シュウは長杖で、三体目に止めを刺そうとしていた。コボルト達は顔に掛けられた熱湯で悶えており、抵抗できないので、後はやるだけだった。その時、動くものが視界に入る。それは猛ダッシュするコボルトで、彼らの横をすり抜け、広間の入口を出ていった。

 不穏なものを感じるが、今の絶好の機会を逃して、足元のコボルト達に反撃を許す方が危険だろう。自分の後ろには、着替えを探してしゃがみ込むアヤナもいる。あのコボルトを追うことはできない。彼は自分の仕事に専念することにした。

 それから数瞬の後、戦況は決したかに見えた。バルドとロレンツィオの前にコボルト達がいなくなり、生き残りは王の前に集まっていた。その数は既に五体。バルドとロレンツィオは、チラリとシュウ達を見るが、視線を王へと戻し、ゆっくりと近付いていく。その時だった。


 「ギィイイヤァ~」


 広間の外からコボルトのものと思われる、明らかな悲鳴が聞こえた。その場の全員の視線が入口に集まる。すると、入口の壁に闇の中からコボルトの手が掛けられ、ゆっくりとその半身が現れる。その姿は血塗れで、明らかな切り傷がある。

 だが次の瞬間、そのコボルトはまるで後ろから引かれたように、闇へと再び姿を消す。そして、静まり返るその場に、ガリ、ゴリ、ガリと小さく低い咀嚼音が聞こえてきた。固唾を飲んで入口を見つめる一同。しばらくして咀嚼音が止み、暗闇から人型の何かが姿を現した。


 それは決してコボルトではなかった。身長は人ほどで、バルドほど大きくはない。体は骨と皮だけというほどではないが、かなり痩せて手足が長い。身にまとう布はコボルトの下っ端よりもなおボロボロで、もはや服の用を成さず、人とは違う灰褐色の肌を露出させていた。

 その顔は、人と獣を混ぜたようで、ギョロリと周囲に走らせる赤い目、潰れたように前を向く鼻、大きな口からは牙が飛び出している。


 それを見た瞬間、バルドは反転して襲いかかった。その細い体を叩き折ろうと、大斧で薙ぎ払う。しかし、それは痩せた体躯からは想像できない膂力で、大斧を上へと弾き飛ばす。さらに、ガラ空きとなったバルドの腹に片足で蹴りを叩き込んだ。バルドは転がりながら、広間の中央へと押し戻される。


 「コイツ」


 続いて、ロレンツィオが一気に距離を詰めて、長剣を突き込む。怪物は素手でその剣を横に弾く。ロレンツィオは、一回転してさらに横薙ぎに振り抜く。しかし、敵はそれを上体だけを逸らしてかわした。さらに上体を起こしながら、ロレンツィオの肩へと長い爪の生えた手刀を突き刺す。

 ロレンツィオは肩を押させて後退し、そのまま膝をついた。


 「くそ、麻痺毒か。ソイツは人食いのグールだ。膂力にも爪の毒にも気を付けろ」


 ロレンツィオが警告するが、シュウはどう気を付ければいいんだと叫びたい気持ちになる。そして、怪物の赤い目がシュウを向いた。

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