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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第61話 いっぱい踊る

 「あれ、開けますか?」


 脇道の突き当たり、閂の掛かった扉を指してシュウが尋ねた。一行は、気圧されるように、扉まであと三歩の距離を縮められずにいた。


 「何だか嫌な予感がするわ。開けちゃいけない気がするのよ」


 フィオが気味悪そうに声を落とす。


 「部屋の外から閂を掛けるのは不自然だ。何かを閉じ込めているのか」


 低く言ったロレンツィオの言葉に、空気が一段重くなる。誰もすぐには口を開けなかった。短い沈黙のあと、シュウがわざと軽い調子で言う。


 「コボルト達のおしおき部屋、とか?」


 すると、フィオがそっと扉へと近付いていき、その隙間に耳を寄せた。しばらくしてから、再び距離を開け、一行のもとに戻る。


 「たぶん、コボルトも、生きている物は何もいないわ。呼吸の音も、気配も全くしないのよ」


 フィオは小さく首を振った。ロレンツィオは腕を組み、通路を塞ぐ扉と、それにがっしりと掛けられた重そうな閂を睨んだ。アヤナは唇に指を当て、少し考え込んでから口を開く。


 「私たちは、ここまで全ての分岐を確かめてきました。背後には、もうコボルトはいません」


 そこでアヤナはひと呼吸置いた。


 「私達が広い通路の奥のコボルトを通さなければ、ここを開ける者はいません。仮に中に何かがいるとしても、それが出てくることはないでしょう」


 「そうだな。それに」


 ロレンツィオがそこまで言って、一行を見回す。


 「そんな理屈を抜きに、ここは開けちゃいけないって感じているのだろう」


 彼と目が合うと、それぞれが頷き、あるいは渋い顔を見せた。一行は扉には手を付けず、来た道を引き返すのだった。




 くすくす笑い いっぱい踊る

 地面の下で 見ている誰か


 ずっと深くで 覗く赤い目


 シュウは引き返す道すがら、フィオの歌が頭をよぎった。やっぱり、続きをフィオに聞こうか。そんなことを思っていると、分岐に立つバルドの松明の光が見えてきた。シュウはその歌から意識を離すのだった。

 合流したバルドにも奥の扉の件を話したが、「そうか」の一言だけで、開けなかったことに異論はないようだった。




 通路の奥へと進む一行だが、二十歩かそこら進んだところで、先頭を行くバルドが声を上げた。


 「明かりが……点いているな」


 通路はやや左へとカーブしているが、確かに奥から明かりが漏れている。一行は警戒しながら進んでいく。ほどなく、バルドが足を止めた。


 「やはり、いやがったな」


 全員が彼の傍らまで寄り、奥を覗いた。あと三歩も進まぬうちに、通路は広い空洞になっている。中では三か所でかがり火が焚かれ、内部を薄く照らしていた。しかしその光のせいで、奥の闇はいっそう深くなり、どれほどの広さかは見渡せない。ただし、十メートル以上あることだけは明らかだった。

 そして、その明かりの範囲ギリギリで何かが動いている。目を凝らすが、シュウにはそれが何か見えなかった。


 「コボルト達、二十匹はいるわね」


 フィオがそう言うので、シュウは聞き返した。


 「見えるの?」


 「火を取り囲んでいるわよ。あと、奥の方に、偉そうに高い椅子に座っている奴がいる」


 二人の会話にバルドが割り込む。


 「武器は何を持っている?」


 「えっと、槍に小剣、あとは棍棒ね。椅子の奴以外は、全員が何か持っているのよ」


 「すっかりお待ちかねか。なら堂々と行こうじゃないか」


 バルドは軽口を叩いて、大斧を握りしめる。


 「あの、ここから石でも投げて数を減らせませんか?」


 シュウの提案に、バルドは鼻を鳴らす。


 「この暗さで、そう当たるかよ。それに数は向こうが多い。石の投げ合いで勝てる気がしねえな」


 「ですよね」シュウはあっさりと引き下がった。


 「覚悟を決めろ。行くぞ」


 バルドは号令とともに進み始める。フィオは気軽そうにそれに続き、ロレンツィオも剣を抜いて前に出た。シュウはアヤナと顔を見合わせ、互いに頷くと、ピックフォークを構えて進む。アヤナもその後に続いた。彼らが広間へと入ると、コボルト達がゆっくりと前に出てきて、かがり火に照らし出される。

 シュウから見ても確かに十匹以上のコボルトがいたが、高い椅子とやらは見えない。入口の前からバルドが中央に進み出る。右にロレンツィオ、左にシュウが並ぶ。互いに頷くと、大声が上がる。その声は奥の闇の中から聞こえるようだった。


 「グルァク=ナ・バル! ザグ=ザグ・ドゥルマァ!!」


 それに応えるように、コボルト達が叫ぶ。


 「バルドァグ! バルドァグ! ザグ=ドゥルマァ!! ザグ! ザグ! ザグルァァ!!」


 彼らはそろって膝を高く挙げ、床を踏みしめ、武器を頭上に掲げた。百五十センチ程度の子供程度の体格とはいえ、数が揃えば威圧感が凄まじい。シュウは圧倒されそうになる。だが、ここでバルドが雄たけびを上げた。


 「おお~っ! 吠えるだけか、チビども! 命がいらない奴は、前に出ろ!!」


 彼は続いて大斧を頭上で振り回す。シュウは縮み上がりそうになっていた背筋が、ピンと伸びるのを感じる。コボルト達の叫び声が止まる。すると、赤い服を着た四体のコボルトが前へ出る。それぞれが互いに距離を開けると、一番左手の奴が言葉を発した。


 「グル=ザルド。オル=バル・ガル=ナァ。ズグ・クラァ=ドゥルマァ!」


 言い終わると、両手で持った槍を振り、剣舞のようなものなのか、威嚇を始める。それを合図に、残る三体も順に何事か言葉を発し手にした武器を振るった。

 この間に攻撃しちゃダメなのかな。シュウがそんなことを考えていると、後ろから「またダンスバトル」という声が聞こえた。振り返ると、アヤナが頭を振っている。そしてそれが終わると、ロレンツィオが右へ一歩出る。


 「我が名はロレンツィオ、クロワサン子爵の子である。ジルバータール王朝の秘密を汚す、卑しき化け物どもよ。我は歴史の番人としてその方らを断罪する」


 剣を振りながら名乗りを上げるロレンツィオ。最後は、ビシッ、と効果音すらする気がしたシュウだった。だが、他人事ではいられない。バルドの、ロレンツィオの、そしてコボルト達の視線がシュウへと注がれた。額を伝って、汗が一筋流れ落ちる。アヤナは目を逸らし、耳を覆った。


 「俺はシュウ、ただの風来坊さ。どこへ行くかは剣に聞け。アンタ達に恨みはないが、ここは押し通る!」


 啖呵を切ると同時に、シュウはピックフォークを三度、刺突を真似るように突き出した。滅茶苦茶恥ずかしい気持ちを隠し、周囲を見回す。バルドは頷き、ロレンツィオは、ほうと感心した様子だ。コボルト達も警戒を強めている。

 ただ、アヤナだけが顔を手で覆い、「昭和の時代劇かしら」と、本人以上に恥ずかしがっていた。目のハイライトが消えるシュウに、しかし周囲は待ってくれない。


 「グル=ザルド! ブルガァ=ドゥ! バル=グロァ・ガル=ナァ! ザキル=ナァ、リグ=シャァ!

 ムル=シャァ、クラァ=シャグ! ハァス……ハァス・ザグ!」


 再び、広間の奥から大声が響いた。それを合図に、コボルト達が一斉に動き出す。ゆっくりと、しかし確実に、こちらへと前進してくる。「いくぞ!」短く叫び、バルドが踏み出した。ロレンツィオはその場で右に身構え、剣先を低く構える。

 左を抑えようと位置を取りながら、シュウはまだ把握しきれていない空間に焦りを覚えた。


 「ちょ、ちょっと、フィオ。この部屋、どのくらい広いの?」


 「え、コボルト達のすぐ後ろが壁だよ。見えないの。あっ、奥の椅子の下、箱から金貨や宝物がこぼれてるよ!」


 言い切るや否や、フィオはシュウの横をすり抜け、コボルト達を迂回して奥へと回り込もうと走り出す。


 「ちょっと、フィオ!」


 アヤナが叫んだが、返事はない。フィオの姿は、そのまま闇の中へ溶けるように消えた。


 同じ時、バルドが正面のコボルトへと踏み込み、大斧を横薙ぎに振るった。重い一撃が数体をまとめて薙ぎ払い、床に倒れ伏す者が出る。怯んだ一団を前に、バルドは不敵な笑みを浮かべた。

 一方、右手ではロレンツィオの側面を狙うコボルト達が回り込んでくる。先頭の一体が小剣を逆手に構え、突きを放とうとしたが、間合いに入る前にロレンツィオの長剣が閃いた。刃は胸を貫き、彼はすぐさま剣を引き抜く。続いて振り下ろされる棍棒を弾き返し、体勢を崩した相手へと次の一撃を狙う。

 広間は、一気に殺気と怒号に満たされていった。


 シュウの前にも、三体のコボルトが回り込んできていた。彼はその鼻面にピックフォークを突きつけ、左右に振って三体まとめて牽制する。コボルト達はピックフォークの間合いの外で、立ち止まった。相手が踏み出そうとするたび、シュウは先端を向けて軽く突き出し、前進を許さない。

 敵は背丈こそ子供ほどだが、小剣や棍棒で武装し、明確な殺意を向けてきている。最初の森ではゴブリンやハーピーとも戦ったし、バルドの村で訓練も受けた。それでも、刃を向けられる感覚には慣れない。殺したくないなどと綺麗事を言うつもりはないが、こちらが傷を負わせれば、相手も一気に本気になる。

 そう考えると、どうしても攻めに出る気になれなかった。できれば、この膠着を保ったまま、バルドかロレンツィオに来てもらいたい。とにかく後ろへ通さないよう、ピックフォークを構えて威嚇を続ける。だが、一番右のコボルトが、それまでより深く踏み込んできた。


 シュウは咄嗟に、右のコボルトの腕をピックフォークで浅く刺す。胸の奥に嫌な感触が残るが、そうも言っていられない。だがほとんど同時に、左のコボルトが間合いを詰め、小剣を突き出してきた。しまった。ピックフォークを引き抜いて切り返すが、一手遅い。左手と横腹を強張らせ、受ける覚悟を決める。

 その瞬間、背後から伸びてきた長柄の杖が、コボルトの体を押し返した。視線を走らせると、シュウのさらに左に、杖を構えたアヤナが立っていた。


 「私も手伝いますから、ここは、何とか持ちこたえましょう」


 「ごめん。でも助かるよ」


 前を見据えたまま、シュウは軽く頭を下げる。アヤナも正面から目を外さず、視界の端でそれを受けて小さく頷いた。彼女は一番左の一体に向かい、ひたすら長柄の杖を突き出して距離を保たせる。シュウは残る二体を相手に、ピックフォークを左右に振り、両方を牽制し続けた。

 だがその背後――三体のコボルトのさらに後ろから、新たに三体の影が現れるのを、シュウは見逃さなかった。

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