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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第60話 トラップ、トラップ

 通路を進むと、これまでとは様子が違う脇道が現れた。通路の奥が広がっているのは前の脇道と同じだが、寝床はなかった。代わりに、武器を研ぐための砥石や、革や木を加工するための道具が並び、作業途中と思しき革素材や木片がそのまま置かれていた。

 また一角には、光キノコではなく、松脂を多く含む松に似た木材が束ねて積まれている。細かな作業を行うには、キノコの淡い光では足りないのだろう。この木材を置くためと思われる、煤に汚れた金属製の台も備え付けられていた。


 「これ、宝箱ですかね」


 シュウたちの視線の先には、頑丈そうな木箱があった。広間の奥、金属の槌やこて、小さな炉などの脇に置かれており、幅は一メートル以上、奥行きと高さも一メートル近くある。蓋の表面には、何本もの棒が組み合わさったような出っ張りが設けられていた。


 「ふむ、場所的には貴重品という、道具箱のようだがな」


 「開けてみればいいのよ」


 ロレンツィオはあまり期待していない様子だが、フィオは楽しげに木箱の前にしゃがみ込み、さっそく手を伸ばす。しかし、思いのほか早く彼女は音を上げた。


 「これ、鍵穴が無いのよ」


 眉毛をハの字にして、箱を見下ろす。


 「この棒が関係あるんじゃないかな」


 今度はシュウが前に立った。しばらく触ってみたところ、すべての棒を正しい位置に押し込めば開く仕組みらしいと見当をつける。だが、ある棒を押すと別の棒が動かなくなったり、一本を回すことで他の動きが制限されたりと、開けるには一定の手順が必要そうだった。

 こういうパズル的な物を解くのが得意そうなアヤナは、口を挟まず、黙って後ろから様子を見ている。総当たりで試すには時間がかかりそうだ、と考えたところで、背後の気配が変わった。振り返ると、ロレンツィオの姿が消え、代わりにバルドが立っている。思わず見上げると、下から声がした。


 「頑丈で開けられそうもないから、バルドを呼んで来たのよ」


 フィオに顔を向けると、今度は上から低い声が落ちてくる。


 「どいていろ」


 有無を言わせぬ声音に、シュウは思わず身を引いた。バルドは大斧を短く持ち替えると、刃ではなく斧頭の背を、箱の出っ張りに叩き付けた。


 「うわっ」


 思わず声を上げたシュウをよそに、バルドは同じ動作を繰り返す。五度目の一撃で、出っ張りが鈍い音を立てて割れた。ち、力業だな~。シュウは内心で思う。だが、パズルを総当たりで解くにも時間はかかる。横取りされた形ではあるが、今回はそれも仕方ないと納得することにした。それより中身だ。

 上蓋の隙間に手を掛けたバルドは、そのまま一気に蓋をこじ開けた。その瞬間、指先に鋭い痛みが走る。


 「……ちっ」


 指を見ると、小さな傷口から血が滲んでいた。続いて蓋の裏に目を向けると、黒っぽい棘のようなものが突き出しているのが見える。だが、傷は浅そうだ。バルドはそれ以上気に留めることなく、再び箱へと意識を戻し、中を覗き込んだ。

 一行も続いて中を覗くと、そこには不揃いの金属製の角棒が無造作に積まれていた。長さは二十センチ前後で、ほとんどは黒灰色をしている。だが、褐色のものや、銀灰色のもの、白っぽいものなども混じっていた。皆がそれぞれ一本ずつ手に取り、重さや感触を確かめる。


 「これは鉄と銅か。道具の補修用か?」


 バルドが黒灰色と褐色の棒を掲げると、アヤナも銀灰色と白っぽいものを手にして言った。


 「鉛っぽいのと、錫っぽいのもありますね。こっちは鍋用でしょうか?」


 それを聞いたシュウが、手にした棒を見下ろしながら納得したように言う。


 「何だ。ただの材料か。まあ、誰かに持って行かれると困るだろうけど」


 フィオは肩を落とし、わざとらしく両手を上げた。


 「お宝じゃないんだ。つまんな~い」


 結局、洞窟のさらに奥にめぼしいものがなければ、鉄や銅くらいは持ち帰ろうか、という話になり、この場はそのままにして、一行は再び奥へと進むことにした。




 前の脇道の探索を終え、さらに奥へと進むと、すぐに次の分岐に差し掛かった。前の分岐からまだ三十歩ほどしか進んでおらず、シュウは分岐間の狭さを改めて感じた。この脇道は、調理場と、その奥にある食料庫へと通じていた。奥行きも二十歩ほどしかない。

 食料庫には木の実や根菜、山芋のようなものが蓄えられていたが、生の獣肉や干し肉の類は見当たらなかった。手前の調理場では、平らな石の上で食べ物を切っていたらしい。細かな欠片は残っているものの、刃物そのものは置かれていない。

 さらに、囲炉裏のような炉の上には、岩盤に走る自然な割れ目があり、天井の一帯は黒く煤けていた。おそらくそこが煙突の役割を果たしているだろうと、シュウは想像する。ひと通り見て回ったが、調理場も食料庫も、特に目を引くものはなかった。




 調査を終え、さらに奥へ歩みを進めると、新たな脇道の奥に寝床が姿を現した。分岐が進むにつれて間隔が狭まり、終わりが近づいていることを予感させた。

 バルドに分岐の見張りを頼み、一行が進むと、三度目の寝床を目にした。しかし、今度のものは前の二つよりもさらに、立派になっていた。何と、ベッドになっていたのだ。木の枝で造られた歪な物とはいえ、明らかにベッドとなっており、厚く革や布が敷かれていた。

 広さは二つ目の寝床と同じくらいだが、ベッドの数は四つしかない。シュウは幹部用なのだろうと推測する一方で、敵の数が限られそうだというアヤナの予想が当たっている気がした。そんなことを考えていると、フィオの楽し気な声が聞こえた。


 「ここに何かあるよ! これって棚かな?」


 フィオはひとつのベッドのそばに立って、岩壁を見ていた。それを聞いて、皆が近づいて覗き込む。そこには岩壁に埋め込まれた、金属の戸のような物があった。フィオは松明を足元に置き、嬉しそうに手を擦り合わせると、ゴソゴソと自分の鞄を漁り出す。

 彼女は鏡を手にすると、壁を背にして鏡を戸に向ける。どうやら、戸に付いた穴を見ているようだ。鏡と松明を動かして、色々な方向から覗く。シュウは日本でやったゲームを思い出し、リアルに鍵開けを見れたと感動した。

 彼女は、シュウとアヤナに左右から松明で照らさせると、細い金属棒を穴に突っ込んで、ガチャガチャと動かし始める。それからしばらくして、動きを止めた。シュウが何事か見ていると、彼女が呟く。


 「開いた」


 おおっ。シュウはワクワクしてフィオが開こうとしている戸を見つめる。だが、戸を半ばまで開けた、その瞬間だった。フィオが咄嗟に身を引き、仰向けに倒れた。ほぼ同時に、戸の内側から透明な液体が弾けるように噴き出した。それはフィオの上を越え、背後にいたアヤナの胸元へ飛んだ。

 ジュウ、と鈍い音が響き、鼻を突く刺激臭が広がる。「きゃっ」と短い悲鳴を上げるアヤナ。彼女の左胸の布が溶け始め、白い煙を上げていた。


 「ゴメン」


 フィオは跳ね起きると、腰のくの字の短剣を抜いて、アヤナの服を切り裂いた。切り口の端をつまみ、刃を返して、溶け始めた穴の周りを大きく切り取っていく。ぷるんと何かが外気に触れる。切り離された布は床に投げ捨てられた。溶けた穴は煙を上げて広がっていき、やがて床の上でぼろぼろに崩れ落ちた。


 「ええええっ~」


 思わず左胸を手で隠すアヤナ。すると、フィオは彼女を安心させるように、しかしどこか軽く言った。


 「大丈夫。アヤナの大きなおっぱいは、私とシュウしか見てないから」


 そう言われて、グリンと首を回して横のシュウを見るアヤナ。シュウは思わず見てしまったぷるんから、気まずげに目を逸らした。それから彼は自分の荷物を漁って替えのシャツを出し、彼女の肩に掛けた。アヤナは広間の端へ移動し、シュウを見張りに立たせて着替え始める。


 「ええと、アヤナ。怪我はなかったかい?」


 心配して声を掛けると、アヤナは着替えながら答える。


 「大丈夫です。フィオの対応が早かったせいか、幸い皮膚までは溶けなかったようです。まあ、そもそも私の方に飛ばさないで欲しいのですが」


 そう言ってから、フィオに対する文句をぽつぽつと並べ始める。シュウは一通り聞き終え、「そうだね」とだけ応じてから話題を変えた。


 「それにしても、酸を浴びせるなんて、ずいぶん悪質な仕掛けだね。不幸中の幸いは、致死の罠じゃなかったことだけど」


 するとアヤナは、少し考えるようにして反論する。


 「そうでしょうか。フィオは避けましたが、タイミング的には、戸を覗き込んだ相手の顔に浴びせるものだったはずです。目に入れば失明するでしょうし、何より戸を開けたという証拠が残ります」


 「証拠?」


 「あれは、侵入者用というよりも同族用だったのかもしれません。上位者の物に手を出したら、例えその場で死ななくても」


 「ああ、バレたら袋叩きにあうわけか」


 シュウは背後のアヤナとそんなことを話しながら、フィオとロレンツィオの様子を窺っていた。二人とも、アヤナのことなど眼中になく、開けられた戸の中身に集中している。アヤナの準備が整ったところで、彼らは二人の元へ戻った。


 「それで、何があったのですか?」


 アヤナの問いに、フィオはつまみ上げた物を示して答える。


 「これよ」


 それは木と動物の骨で造られた、首飾りのような品だった。精巧とは言い難いが、幾何学的とも呪術的とも取れる装飾が、明らかに意図をもって彫り込まれている。


 「それからアレ」


 今度はロレンツィオを指さす。彼は羊皮紙の束を手にしていた。


 「何が書いてあるんですか?」


 シュウが尋ねると、ロレンツィオは首を振る。


 「いや、読めん。コボルト達の言葉かもしれないな。……思ったより文明レベルが高いのか?」


 羊皮紙は念のためロレンツィオが持っていくことになったが、首飾りの方は誰も欲しがらず、そのまま放置された。




 そして探索を続ける一行は、新たな分岐に差し掛かった。奥へと続く通路の先からは、多くの気配が感じ取れた。一方で、脇道の先は不自然なほど静まり返っており、何の気配もない。奥へ続く通路を進めば、コボルト達が待ち受けているだろう。しかし、脇道の先に何かが潜んでいれば、挟み撃ちに遭う可能性もある。

 一行はバルドを残し、残りで脇道を確認することにした。そこはこれまでの支道とは異なり、ほとんど使用された形跡がなかった。その最奥には、洞窟を塞ぐように頑丈そうな木の扉が据え付けられ、こちら側から太い閂が掛けられている。


 その場にいた全員が、扉の向こうに言いようのない不吉さを感じるのだった。

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