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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第59話 見えない敵の数

 松明の明かりを頼りに、シュウとアヤナは脇道を進んでいた。分岐で感じた腐臭やカビの匂いはなく、湿った岩の匂いだけだった。コボルトたちも、どうやらこちらには足を踏み入れていないようだった。狭い岩穴に響くのは、足音と火の燃える音だけ。二人は言葉少なに進み、やがて行き止まりに辿り着く。

 結局、ここまで何も見つからなかった。


 「やっぱり、何もなかったね。アヤナ」


 シュウがそう言って振り返る。


 「ええ。それはとても良いことです」


 頷いたあと、アヤナは一拍置いてから続けた。


 「……では、シュウ。少しの間、向こうを向いていて下さい」


 そう言って彼の脇をすり抜け、分岐の方を指し示す。何事かと目を瞬かせるシュウの前で、彼女は自分のズボンに手を掛ける。


 「アヤナ、何を」慌てるシュウ。


 「これじゃ、脚を出し過ぎですから」


 静かな声だった。


 「破れたところを縫います。応急処置ですが」


 そう言ってから、アヤナは改めてシュウを見つめる。


 「ですから……向こうを向いていて下さい」


 「……わ、分かったよ」


 シュウは慌てて視線を逸らした。だが、通路の向こうは真っ暗な穴だけで、何も見るような物はない。自然と、彼の意識はジリジリという松明の燃える音と、背後から聞こえる衣擦れの音に向いてしまう。それから数分、シュウは後ろを向かないよう、なるべく意識を通路の先に向けるようにして立っていた。


 「できました。戻りましょう」


 アヤナに声を掛けられ、彼が振り返ると、彼女はズボンを穿いていた。片足の裾は短くなり、股の辺りで明らかな継ぎ目はあるが、ちゃんと繋がっていた。


 「コホン。動きにくくはないので、そんなに見なくても大丈夫ですよ」


 どうやら継ぎ目をジッと見てしまったようだ。


 「そ、そう。じゃあ、戻ろうか」


 シュウは先頭に立って歩き出すのだった。




 分岐に戻ると、ロレンツィオが木片を手に持って見ていた。正確には木片ではなく、それに付いた白っぽいビラビラだ。指の第一関節から第二関節ほどの大きさで、うちわ状のそれらは横に連なり、薄い半円が幾層にも重なっている。


 「何ですか、それは?」


 シュウが首を傾げながら聞くと、ロレンツィオが饒舌に喋り出した。


 「これは光キノコだ。さっきコボルト達がたむろしていた場所に、いくつか落ちていた。アイツらは闇でも目が利くわけじゃない。この明かりで見ていたのだろう」


 普段は不愛想な彼だが、今回の探索では、古代文明に関わる話題になると口がよく回った。どうやらこれも、彼の学術的な興味に触れる内容らしい。


 「それって光ったりしてませんよね」


 「ふん。いや、光っているさ。ただ、松明よりもずっと弱いだけだ」


 鼻で笑われたが、シュウは興味をそそられた。


 「ちょっと、僕も取ってきます」「ああっ。仕方ないですね。私も付き合います」


 分岐に転がるコボルトの死体は、すでに目に入っていないかのように、ワクワクした顔で半広間へ戻るシュウ。一つ嘆息して、アヤナもそれに続くのだった。




 彼らのいた半広間に戻ったシュウは、似たようなキノコのついた木切れを見つける。松明を足元に置き、それを両手の中に包み込む。光を遮ってしばらくすると、手の中の闇で、ヒダの裏が淡く緑色に浮かび上がった。蛍光塗料のようにも見えるが、こんな物が天然であるのは面白い。


 そんな事を考えていると、「どうですか?」と声が掛けられた。顔を上げると、アヤナがすぐそばで覗き込んでいた。あまりの近さに、シュウは一瞬言葉を失う。それでも平静を装って答えた。


 「ああ、手で覆って真っ暗にすると、ちょっと緑に見えてくるよ」


 「そうなんですか。私もやってみよう」


 同じように木切れを拾って、試すアヤナ。彼女も同じように見て納得したようだった。それから二人で分岐に戻る。だが、そこには誰もいなかった。洞窟の奥、先の方に小さな明かりが見える。それは、ゆっくりと遠ざかっている。


 「……置いて行かれたみたいだね」


 「ええ。急ぎましょう」


 二人は顔を見合わせ、足早に洞窟の奥へと向かった。




 すぐに追いついたシュウは、ロレンツィオの後ろから文句を言った。


 「置いていかないで下さいよ」


 「はぐれる君らが悪い」


 「それは、すいません」


 にべもない彼の言葉に、シュウは反射的に謝る。気まずい空気の中、話題を変える。


 「そう言えば、槍穴の裏には何かあったんですか?」


 「いや、何も。むしろあったのは、警戒部屋だ」


 「警戒部屋?」


 「あの半広間だ。隅に鐘があって、結び付けられた綱が壁の中の小さな穴に続いていた。何らかの仕掛けで鐘が鳴り、中のコボルト達に侵入者を知らせる。あそこは、そのための警備室のようなものだろう」


 「そんな物があったんですか?」


 「ああ、君らは呑気にキノコを見ていたようだがな。どうやら、私達の進入は既に知られていたらしい。勿論、この先にいる奴らもしっかり迎撃の準備をしているだろう」


 シュウは息を呑む。消えかけていた緊張感が戻って来て、背筋に冷たいものを感じた。





 コボルトと戦闘した分岐を越えてしばらく進むと、フィオが鼻をひくりと動かし始めた。そして五十歩も行かないうちに、次の分岐へと行き当たる。シュウはその脇道から、カビ臭さと、生き物の脂が混じったような匂いを感じ取った。


 「さて、どうするか?」


 顎に手を当て、ロレンツィオが考え込む。


 「すでに私たちの存在は察知されているはずです。この奥にコボルトがいるなら、迎撃の準備は整っていると見るべきでしょうね」


 アヤナは、彼の思考をなぞるようにそう言った。


 「狭いところは好かん。お前らだけで見て来い」


 バルドは洞窟の奥を睨み据えたまま、ぶっきらぼうに言う。


 「なら、ロレンツィオさんは来てくださいよ」


 シュウはそう提案した。バルドの次に強いのがロレンツィオだと、彼は考えている。少なくとも、自分は行くつもりだった。


 「私も行くよ~。何かありそうだもん」


 フィオが軽い調子で名乗りを上げる。


 「それではバルドさん以外全員になりますね。それでよろしいですか?」


 そうまとめたアヤナに、バルドは無言で頷いた。


 「じゃあ、僕が先頭を行こう。アヤナは最後尾で」


 シュウはそう言うと、右手のピックフォークを闇の先に向け、左手に掲げた松明を高く持ち上げて歩き出す。フィオがその背に続き、ロレンツィオが三番手に、アヤナが最後尾についた。




 「何じゃこれ?」


 脇道に入って十歩ほど進んだところで、先頭のシュウが思わず声を上げた。通路の壁には、いくつもの穴が穿たれている。さらに、通路の左右の壁の間には、何枚かの布が吊るされていた。


 「おい。どけ」


 そう言ってシュウの肩を押し、ロレンツィオが前に出る。シュウはすぐに道を譲った。ロレンツィオは壁の穴の中を一つずつ照らして確認しながら進み、通路に掛けられた布は、手にした剣でためらいなく切り裂いていく。

 背後からシュウの肩に手が掛かる。振り返るとアヤナと目が合い、彼女が小さく頷いた。シュウも応じて、再び歩き出す。

 壁に空いた穴の大きさは五十センチから六十センチほど。奥行きは一メートルほどしかなく、中には枯草や枯れ葉が敷き詰められていた。湿り気があり、鼻につく生き物の匂いがこもっている。


 「このカプセルホテルみたいな穴。ひょっとして、コボルトたちの寝床なのか? それに、この布はハンモック?」


 シュウのつぶやきに、アヤナはわずかに眉をひそめる。


 「そうでしょうね。この汗とカビの不快な匂いからしても、そのようです」


 そこへ、奥からロレンツィオが戻ってきた。その顔はアヤナ以上に露骨な嫌悪を浮かべており、シュウは反射的に道を空ける。続いてフィオもひょこひょこと姿を現し、同じようにうんざりした表情をした。


 「何もいないし、何もないのよ。コボルト達の悪臭以外はね」


 その言葉に、シュウとアヤナは顔を見合わせる。そして無言のまま、来た道を引き返した。戻る途中、先頭のロレンツィオが誰にともなく話し出す。


 「穴の数は二十程度だったが、枯草や枯れ葉が敷かれたものと、カスだけで明らかに片付けられたものがあった。吊るされた布も七つで、使われていたのは半分程度」


 そこで、彼はひと呼吸おいて続けた。


 「つまり、ここで寝ているのは十五、六匹程度。さっきの奴らや入口の見張りも含めて、少なくともそれぐらいはいるな」


 これを聞いたアヤナが、すぐに計算する。


 「寝床がここだけだとすれば、残りは七匹ほどですね。ここまでに見つけた寝床と、遭遇した数を突き合わせていけば、全体数もある程度は絞れそうです」


 「あっ、アヤナ、頭いい~。じゃあ、計算は任せたのよ」


 フィオが楽しそうに声を上げる。アヤナはわずかに眉をひそめ、どこか釈然としない表情を浮かべた。その様子を見ながら、シュウもまた、自分なりに頭の中で数を組み立て始めていた。





 分岐に戻り、さらに奥へ進むと、ほどなく五本目の脇道に行き当たった。ここも調べてみると、やはり寝床だった。ただし、四本目のように壁に穴が穿たれているわけではない。脇道の奥は削り広げられ、そこに石や枝で土台を組み、厚く敷いた枯草の上に革や布を重ねた寝床が九つ並んでいた。


 「ここで九匹。前の部屋と合わせて奥にはまだ十六匹前後いる、ということですね」


 アヤナの眉が引きつった。


 「それだけじゃない」 ロレンツィオが言う。


 それらは隙間なく詰め込まれているのではなく、一つ一つに余裕を持たせて配置されている。ここにも姿はなく、使われていた形跡だけが残っていた。


 「前の部屋よりも上の連中が、まだこれだけいる。上とは、おそらく強いということだ。そしてこれで終わりじゃないだろう」


 「そうですね」


 アヤナはロレンツィオの推測に同意する。


 「でも、最下層が十五から十六匹、次の層が九匹なら、その上は数が絞れるのではありませんか。次は四、五匹で、さらに上に長が一匹とか。もちろん、まだ同じような部屋が続くなら別ですが」


 ロレンツィオが振り返って、目を細める。


 「面白い考えだ。それに理屈も悪くない」


 「お褒め頂きどうも」賛辞かどうか分からない、彼の言葉に一応礼を言うアヤナ。


 「ただ、敵がまだニ十匹以上いるのは確実そうだ。奥で集まって待ち構えているなら少し、面倒かもな」


 ロレンツィオの言葉に、洞窟の闇の向こうを想像するシュウだった。

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