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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第58話 ループホール

 シュウは長杖の先に松明を結びつけ、慎重に前方へ突き出した。槍が飛び出してきた辺りに近づけると、明かりに照らされた壁から、案の定、槍が突き出される。だがそれはすぐに引っ込み、杖先を左右に揺らすと、今度は別の場所から同じように槍が現れては消えた。


 罠の位置を把握すると、シュウは最も手前の槍穴――ループホールの周囲を松明で丹念に照らし、すぐ横にしゃがみ込む。そして手にしていた革袋の口を穴の脇へ寄せ、膨らんだ底を強く押し込んだ。

 びゅっと音を立てて液体が噴き出す。跳ね返って床にこぼれた分もあったが、大半はそのまま穴の中へと流れ込んだ。


 「グラッ・ナクァ?」


 壁の内側から、くぐもった声が聞こえた。だがシュウは意に介さず、後ろで見守っていたアヤナから松明を受け取ると、すぐに穴へ近づける。

 ぼっと炎が立ち上がり、穴の周囲に垂れた油へ火が走り、そのまま内部へと燃え広がった。


 バルドの背負い袋には、ロレンツィオの遺跡調査道具が収められている。その中に、ランプ用の油瓶が何本か入っていたのだ。


 「ブラクッ!」「ブラクッ! ブラクッ!」「ナクァ・ブラ!?」


 意味は分からない。だが、明らかに狼狽していることだけは伝わってくる。やがて、壁に穿たれた幾つもの穴から、ちらちらと光が漏れ始めた。


 フィオは軽やかに跳ねて穴の位置を避け、ときには潜るようにして進んでいく。バルドやロレンツィオもそれに続き、低い穴は跨ぎ、高い位置のものには斧や剣の柄を突っ込んで反応を確かめながら通り過ぎていった。


 「よく、こんな方法を思いつきましたね」


 感心した様子でアヤナが言う。彼女も膝より下の穴は跨ぎ、それより上は杖で塞いで通り抜ける。シュウは壁穴から視線を切らさぬまま、息を詰めて答えた。


 「僕の学生時代は、テーブルトークゲームが流行っていてね。罠の攻略法は、色々考えたものさ」


 だがその直後、最後の穴を越えたアヤナにあっさりと、「ああ、ゲーム好きでしたね」と言われてしまう。シュウは足元の壁穴を越えながら、肩を落とした。




 壁穴の通路から十歩も離れないうちに、バルドは脇道との分岐に差し掛かる。そして正面、奥へと続く通路には三体のコボルトが並び、右手の脇道には二体のコボルトが塞いでいた。通路の幅は、人間なら三人並んで立つことはできないが、子供ほどの体格のコボルトであれば、それが可能だった。

 五本の槍がバルドへ向けて並ぶ。狭い通路で左右に武器を振ることはできなくても、槍の前後の動きなら問題ない。だが、バルドは奥のコボルトへと松明を投げつけた。炎が転がり、避けようとしたコボルトの足並みが一瞬乱れる。そこへ踏み込み、大斧を振るおうとしたが、壁が邪魔で横薙ぎにできない。

 切り下ろしに切り替えようと一歩前へ出た瞬間、右手の脇道から槍が突き出される。一歩下がって向き直り、今度は横のコボルトを狙って踏み出したが、正面のコボルトがそれをさせまいと、突きかかってくる。舌打ちして、再び一歩下がるバルド。


 そこに追い付いたフィオとロレンツィオ。状況を見た学者気質は無遠慮に巨人殺しに指示を出す。


 「君は、前の三匹をやれ。右は私が引き受けよう」


 しかしロレンツィオより早く、フィオが顔をしかめるバルドの横を通り抜け、脇道のコボルトに斬り付ける。


 「気持ち悪いジイさん妖精、嫌いよ」


 槍を持つ手を斬りつけられて怯むコボルト。それを見たバルドは、眉間に皴をよせながら大斧を横に構え、柄の中ほどを両手で握った。それで正面の三本の槍を、下から掬い上げる。体勢を崩した真ん中の一体を蹴り飛ばし、続いて左右を斧の柄で順に殴りつけた。

 一方、フィオは隣のコボルトに槍で突かれそうになる。だが、素早く踏み出したロレンツィオが、長剣を槍のように突き出して、その胸を正確に貫いた。フィオも、手を切られて狼狽する相手に追撃を加えようとする。そのとき、脇道の奥からさらに二体のコボルトが現れた。


 「いっぱい出た。嫌になるわ」


 フィオはバックステップで距離を取る。新たに現れた二体は、どちらも武器を持っていなかった。


 「グザル・ナク=トゥ!」


 そのうちの一体が叫ぶと、前にいた仲間から槍をひったくり、ロレンツィオへ突きかかる。ロレンツィオは長剣を回してそれを弾き返した。胸を刺されていたコボルトは血を吐いて倒れ、最後に残った一体がその槍を拾い上げる。


 「グズルァ! トゥ=ハ!」


 最初にフィオに斬りつけられ、さらに仲間に武器を奪われたコボルトは、叫びながら這いつくばり、仲間の背後へと逃げ込んだ。


 明るい場所であれば、バルドに蹴られたり、棒で殴られただけでコボルトたちは絶命していただろう。だが、足元に転がる松明の光だけでは狙いが甘くなる。肩が陥没し、腕の骨が折れても即死はしない。正面左右の二体は、転んだ姿勢のまま、滅多やたらに槍を振り回していた。

 奥へと蹴り飛ばされたコボルトは、苦しげに身を起こす。バルドは大斧を短く持ち直すと、今度は狙いを定め、右のコボルトへ刃を振り下ろした。鈍い音とともに、頭が割れる。そこへアヤナとシュウが追いつく。分岐では、奥へとバルドが一歩踏み込み、右の脇道の前にロレンツィオ、そのすぐ後ろにフィオが位置していた。

 バルドの松明は分岐正面に落ち、フィオのものは脇道の手前に転がっている。ロレンツィオは左手に松明を持ったまま剣を振るっていた。正面奥の光が足りないと判断したアヤナは、ロレンツィオとバルドの背後――正面左にしゃがみ込むコボルトの頭越しに松明を投げる。奥で立ち上がったコボルトの姿が、炎に照らし出された。


 「任せたぞ」


 そう言い残し、バルドは奥へと踏み込んでいく。一瞬、何を任されたか分からなかったアヤナ。


 「ええっ?」


 それが左で槍を振るコボルトのことだと気づき、驚きの声を上げる。それでも慌てて長柄の杖を突き出した。


 「ギャズッ!」


 腹を突かれたコボルトが叫ぶ。杖で押さえ込まれ、もがくが起き上がれない。アヤナはちらりとロレンツィオを見てタイミングを合わせ、彼の背後をすり抜ける。バルドに頭を割られたコボルトの脇へ回り込んだ、その瞬間だった。


 ビリッ 「きゃっ」


 暴れるコボルトの槍が彼女の左脚に当たる。穂先がズボンに絡み、布が裂けた。そのまま片脚だけ股下部分が引き下げられ、かなり短めの短パンのようになる。アヤナは体勢を崩しかけるが、どうにか踏みとどまった。前が空いたことで動けるようになったシュウが、ズボンの裾を引くコボルトへピックフォークを突き刺した。


 「グルァァ……!」


 腹を刺されたコボルトは血を吐き、暴れる。その隙にアヤナは、足首に絡まるズボン生地を外して距離を取る。シュウはコボルトの凄惨な様子に一瞬たじろぎ、思わずピックフォークを引き抜いた。武器を失ったコボルトは、槍を手放し、這って逃げようとする。


 「よくもやってくれたわね。これじゃダメージ過ぎパンツよ」


 目が笑っていないアヤナが、その背を長柄の杖の先で抑えつけた。ズボンが裂かれ、露わになった白い片脚が松明の火に照らし出される。しばらくゴキブリのようにバタバタしていたが、やがて力が抜け、動きは止まった。その頃には、バルドの追った奥のコボルトも、ロレンツィオとフィオが相手取った新手も、すでに倒されていた。




 「ふん、妙だと思っていたが、コイツら明かりを持っていないな」


 「はっ、そういえば」


 コボルト達の死体を見下ろしながら、ロレンツィオが低く呟いた。その言葉が耳に入ったシュウも、思わず驚きの声を上げる。

 脇道との分岐に転がるコボルトは、全部で七体あった。彼らの服装は、ひどく質素だ。まるで貧しい農夫のようにも見える。シュウは鉱夫を実際に見たことはないが、この世界の鉱夫も、きっとこんなウールや麻の服を身に着けているのだろうと思えた。

 落ちている槍は五本。何体かは、小さく簡素ながらも手入れの行き届いたナイフを腰に差していた。干した根菜や木の実、干し肉の切れ端が入った小袋を持っている者もいる。だが、金や硬貨など、財宝と呼べる物を携えている者はいなかった。


 「コイツ等、カネを持っていない。金持ちじゃねぇな。本当に金なんて持っているのか?」


 訝しげに言うバルドを、アヤナが制した。


 「お金を使おうにも、ここにはお店がありません。無くさないように、奥にまとめて隠してあるのかも。それより、この脇道の奥です。まだコボルト達が隠れていないか、確認した方がいいのでは?」


 その時、脇道の方からフィオが戻って来た。


 「うわ~、アヤナ。そんなにムッチリした脚を出してどうしたの?熱くないと思うけど?」


 「熱くはないし、ムッチリもしてないわよ! コボルトの槍が当たって、破けただけ!」


 剝き出しになったアヤナの脚を見て首を傾げるフィオに、アヤナは声を荒げる。


 「それより、脇道に入ってすぐの所に穴が空いていたわ。たぶん、コイツ等、そこに隠れていたのよ」


 取り合う様子もなく、フィオは淡々とそう報告した。その言葉を受け、ロレンツィオが脇道へと足を向ける。


 「ほう、本当だ。中で油が燃えている。おい、クルルボー。この狭い穴はお前向きだ。奴らはもういないようだが、何か落ちてないか調べて来てくれ」


 フィオの指す穴を松明で照らしながら、ロレンツィオはそう指示した。


 「はいは~い」


 気軽な返事を残し、フィオは槍穴の裏に続く狭い穴へと身を滑り込ませていった。


 「ふう。では、私とシュウで脇道の奥を調べて来ます。きっとこちらも何もいないでしょうけど、念のためです」


 「お、おう」


 不意にアヤナに指名されて驚きながらも、同意の声を上げるシュウ。アヤナは、彼が自分の脚に向けていた視線に気づくと、無言でその腰を軽く叩いた。シュウは促されるまま、彼女の前に立って脇道へと踏み込んでいった。

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