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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第53話 世界一に乾杯

 話してくれたということは、その場所を教える気になったのか、それとも止めたいのか。考えていても仕方がない。シュウは沈黙を破って口を開いた。


 「その場所って、教えてもらえますか?」


 猟師は呆れた声を出した。


 「俺の話を聞いてたのか? 地元の猟師ですら帰ってこねぇ場所だぞ。命が惜しいならやめとけ」


 「でも、僕たちには巨人殺しのバルドがいます。そこらの怪物なら」


 「そう簡単にいくといいがな。俺が話したせいで、また人が死んだなんてのはごめんなんだよ」


 乗り気でない猟師に、アヤナが静かに言った。


 「でも気になっているのでしょう。私たちが退治すればもう人死には出ませんし、大勢で行けば上手くいかなくても、誰かは戻って何があったか分かるでしょう。私も引き際を間違える気はありませんし、フィオの逃げ足は速いです」


 「おいおい、男達だけじゃなくアンタも行く気か? ここで待てよ。三日経って男達が帰って来なきゃ、俺が面倒見てやるぜ。天空の神々に誓って三日は手を出さねぇからよ」


 「口説いても無駄ですよ。それに男達が無茶しないよう、見張らないといけませんからね」


 アヤナが堂々と胸を張って言うと、猟師はパチンと額を叩いた。そしてニヤリと笑うと、やおらシュウの尻を叩く。


 「痛っ」


 「こんな女をものにできるなんて、俺はアンタを尊敬するぜ」


 シュウの情けない悲鳴もなんのその。猟師は雨音を吹き飛ばす勢いで豪快に笑った。


 「いいぜ、火が見えるところまで案内してやるよ。その代わり、旦那が死んだらアンタは俺の物にするからな」


 「ご心配には及びません。そうなったら、首に縄を付けて死者の国から連れ帰りますから。すでに経験済みですし」


 すまし顔で言うアヤナに、猟師はもう一度、目に涙を浮かべて笑った。フィオもケラケラ笑い、アヤナの口元にも笑みが浮かんでいた。だが、シュウだけは考え込んでしまった。ひょっとして、転生するときにアヤナが何かしたんだろうか。何となくそんな気がした。




 小屋で一晩を過ごしたシュウ達。あれから小屋の仕切りを付け直し、部屋の真ん中の炉より奥側を女子部屋、手前を猟師とシュウの男子部屋として寝た。昨晩、アヤナにちょっかいを掛けようとしていた猟師だが、夜中に何かすることもなくシュウの警戒は無駄に終わった。雨は夜のうちに止んだようだった。


 「猟師さん、そこの野菜と猪の燻製肉を一欠けら頂けないかしら。パンとチーズはこちらから提供するから、良ければ朝食を作ろうと思うのですけど」


 「女に飯を作ってもらうなんて、ガキのころ以来だぜ。ほら、これをやるよ」


 すっかり彼女を気に入ったらしい猟師は、吊られた猪から朝食には大きいくらいの塊を切り取ってアヤナに渡す。


 「あら、随分奮発してくれたのではありませんか? これは腕によりをかけないといけませんね」


 そう言うと、手早く野菜を刻んでスープを作り、シュウに配らせる。その間に空いた炉で薄く切った燻製肉をカリカリに焼き、パンに載せてチーズを重ねる。即席のベーコンチーズトーストが完成した。

 トーストの載った木皿がそれぞれの目の前に置かれると、フィオと猟師は目を輝かせて齧り付き、シュウもふうふうとチーズを冷ましながら頬張った。食べ終わる頃にはシュウとフィオは満足感に浸り、猟師はほとんどアヤナを信仰するかのようだった。

 それからシュウとアヤナはコソコソとコーヒーを用意すると、猟師にも勧め、自分達もカップに口を付けた。


 「何だこりゃ、苦ぇけど焦げ目のついた鹿の腿みたいに癖になる味だぜ。アンタは料理だけじゃなく、茶にまで魔法を掛けられるのかい?」


 「いいえ、このお茶に魔法を掛けたのは夫のシュウよ。彼はこの魔法に掛けては世界一だから、離れられないのよ」


 猟師の軽口に、アヤナが澄ましてそう応じると、彼はニヤリと笑う。


 「なら、アンタの旦那にも乾杯を言わせてくれ。世界一の魔法に!」


 「ありがとう。私からも乾杯を言うわ。世界一の猪の燻製肉に!」


 「あ~、なら私も乾杯。コボルト達の宝物に!」


 コーヒーのカップを掲げる猟師とアヤナに、フィオがエールのジョッキが続いた。それを聞いてビクリとしたシュウは、少し考えてから言った。


 「僕からも乾杯。世界一のこの瞬間に!」


 これを聞いたアヤナとフィオは、顔を見合わせて失笑したが、猟師は悟りを得たように深く頷いていた。




 朝食を終えると、地面がぬかるむ中、シュウ達は村長宅を訪れた。戸の前で呼び掛けると、しばらくして出てきたロレンツィオが開口一番、問いただしてくる。


 「何故、今日は朝食を作らなかったのかね?」


 どうやら村長宅の朝食は彼のお気に召さなかったようだ。そんな彼に、アヤナは涼しい顔で答えた。


 「私達は外に泊まっていましたもので。それより、村の外で森を案内してもいいと言う猟師を見つけました。ただ、食料が心もとありません。戻った時に分けて頂けるよう、村長さんに頼んで頂けませんか? 朝食も作らねばなりませんし」


 「むぅ」と唸るロレンツィオ。結局彼は、戻った時に五日分程度の食料を分けてもらえるよう村長と交渉し、了承された。シュウ達ならこうはいかないだろうが、ここは彼の立場が役に立った。5人は馬を村長に預け、必要な食料をそれぞれが背負う。シュウ達は猟師を目指し、ロレンツィオ達が続いた。




 「それで、猟師はただ案内するというのではないのだろう? 何を知っているというのだね」


 途中まで歩いたところで、後ろからロレンツィオが聞いてくる。珍しくワクワクしているようだ。


 「ご明察です」そう言って、シュウは森の中の火の伝承と、それを猟師が見たことを話した。ただ、昨晩の盛り上がった会話や、美味しい朝食については余計にややこしくなりそうなので口をつぐんだ。

 やがて合流した猟師。彼は、バルドの巨体と大斧に驚いているようだったが、最初に報酬を確認した。


 「案内はしてやるよ。その代わり、俺の取り分として宝の一割を貰うぞ」


 これにアヤナが補足した。


 「それで結構よ。でも怪物の近くまでは行かないのだから、上限は金貨一枚。その代わり最低でも案内料として銀貨十枚はお支払いします」


 猟師は少し面白くない顔をしたが、頷いた後に付け加えた。


 「ああ、それでいいぜ。だが俺は火が見えるところまでで、それ以上は絶対近付かないからな」


 「ふむ、ジルバータール王朝の遺跡が見つかれば、金貨一枚程度誤差だろう。それくらい構わん」


 ロレンツィオがそう言うと、アヤナがポンと手を叩いた。


 「どうやら契約は成立ですね」




 それからシュウ達は猟師に先導され、森を目指して歩いていった。まだ森まで距離があるが、疎らに生える木々から枝や根が行く手を遮り、背の高い草や藪がところどころ立ちはだかる。足元は下草や落ち葉に覆われ、地面の起伏が隠れているので、一歩一歩気を抜けない。

 さらに昨夜の雨のせいで道はぬかるみ、枝や葉に触れるたびに服が湿り、時折水滴が落ちてくる。


 苦労しながら進むシュウは、すぐ後ろのアヤナを気にかけ、視線を向けた。進行方向の先頭から濡れていくのは物理的にも道理だろう。アヤナの身体も先頭の二か所が丸く濡れ、服が貼りついていた。まるで何かの場所を、ここです、と教えるマークようで少しマヌケだ。


 「馬鹿」


 視線に気づいたアヤナが彼を睨むが、隠すことはしない。そのとき一匹の虫が飛んできた。咄嗟に手で払うが、カナブンのような虫が彼女の胸に留まってしまった。パンパンと払い落とそうとしたが、ポヨンポヨンとそこが揺れても、爪でガッチリと掴んでいるのかなかなか落ちない。

 凄い嫌そうな顔をするアヤナは、助けを求めてシュウを見るが、流石に場所的に頼めない。


 「シュウ、見てなくていいですよ」


 そう言われた彼は、震える手を虫に伸ばす彼女を、視界の端に捉えながら前を向く。


 「何かあったのか?」


 「いや、虫がいただけだよ」


 先頭の猟師から声が掛かるが、シュウは簡潔に答えた。気付くと、前にいたはずのフィオの姿が消え、後ろから声が聞こえてきた。


 「アヤナ、どうしてカナブンを捨てたの? おやつに丁度いいのに」


 アヤナの顔がこれまで以上に引き攣るのを、シュウが見ることはなかった。

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