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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第47話 宝探しに出発

 早朝、白楡の館亭を出た二人は、秋の澄んだ空気の中、中央広場の神殿へと向かった。そのまま主殿には入らずに裏へ回り、納屋の荷車を確認する。昨日、ロレンツィオに手伝わされて積み込んだ彼の荷物も、二人で買った旅の物資も、きちんと載っていた。

 シュウは荷を確かめ終えると、布をかぶせ、綱で荷台にしっかりと結わえる。その時、主殿からロレンツィオが姿を現した。お決まりの白いシャツに濃い灰色の外套を羽織り、腰の左には長剣を、右には革の小袋を吊るしている。鞄ひとつ持っていないが、荷台を見れば、彼の荷物が最も多いのは明らかだった。


 「おはようございます。ロレンツィオさん」「おはようございます」


 「ああ。私の荷物はちゃんとあるな」


 シュウとアヤナの挨拶に気のない返事を返すと、ロレンツィオは荷台に上がり、さっき結んだばかりの縄をほどき始めた。


 「ちょっと、それ、今しがた結んだばかりなんですよ」


 「旅に出てから必要な物がないでは困るのだ。出る前に確認するのは当然だろう」


 「ああ、もう」


 シュウの愚痴を聞く気もなく、ロレンツィオは荷を一つずつ確かめ始める。結局、三十分ほどしてようやく納得したのか、シュウ達が積み込んだ食料の上に腰を下ろし、束ねた羊皮紙を取り出した。


 「さあ、早く準備をするんだ。もう、日が出てから随分経ってしまったぞ」


 「ちょ、自分で縄を解いたんだから、自分で結んで下さいよ」


 「早くしたまえ。そんな調子じゃ、街の門を出るまでに夕方になってしまうぞ」


 シュウの抗議を無視し、書きつけに没頭するロレンツィオ。憤りながらも、貴族出身ならこんなものかと諦めたシュウは、アヤナに労わるように背を叩かれる。彼はため息をつき、再び縄を締め直した。

 すべてを結び終えると、栗毛の馬をつなぎ、手綱を引いて南門へと歩き出す。アヤナは小さく肩をすくめ、静かにその後ろを追った。




 南門では、巨漢のバルドが大斧を肩に掛けて立ち、小柄な少女フィオがソワソワと落ち着かない様子で待っていた。


 「シューウッ、早く早く! もう、遅いよー」


 馬車を引いてきたシュウに気付くと、フィオは手を振りながらピョンピョンと跳ねて駆け寄ってくる。


 「ごめん、ごめん。ちょっと出際にゴタついちゃって」


 目の前まで来たフィオにそう言いながら、チラリと恨みがましく原因の張本人を見るシュウ。もちろん、本人は羊皮紙を見ながらこちらには目も向けない。そこでアヤナが腰に手を当て、一歩前に出た。


 「フィオ。まだ朝というには遅い、というほどの時間じゃないでしょう」


 「うん、うん。いいよ。さ、早く行こう。わーい、冒険だ。楽しみー」


 跳ねのけるようなアヤナの口調など気にする様子もなく、フィオはクルクルと回りながら南門へ戻っていった。門の影で、手をぶんぶん振りながら「早く早く」と呼んでいる。シュウは門へと進み、バルドの前まで来た。


 「バルドさん、お待たせしました。もう、出発できますか」


 「ああ」


 シュウに言葉少なに返事をするバルドは、荷台のロレンツィオをチラリと見てから門の外へと歩き出した。ロレンツィオも、顔を上げ門を見回したが、すぐに書きつけに目を戻した。シュウは振り返ると、アヤナに声を掛ける。


 「じゃあ、行こうか」


 「ええ、行きましょう」


 力強い声が返ってくる。再び前を見たシュウは、御者台に上がると門の外へと馬車を歩かせはじめた。




 門を抜けると、冷たい秋の空気が頬を打った。街の外には、ゆるやかな丘が幾重にも連なり、収穫を終えた麦畑が朝靄に霞んで柔らかく光っていた。シュウが息を吐くと、白い吐息がふわりと空に溶ける。アヤナは肩をすくめ、外套をぎゅっと巻き直した。

 目の前から伸びる街道は、朝靄に包まれて輪郭をぼんやりと失い、丘の向こうまで続いていた。踏み固められた土はわずかに湿り、露に濡れた轍が淡い銀色に反射している。道の両脇では、刈り終えた麦畑の端に藁束が積まれている。

 左手には、シュウ達がこの世界に最初に降り立った森が見えた。森を抜けてここまで来たことを思い返すと、あの冒険の始まりの景色が重なって心に浮かぶ。樹影は靄の向こうで輪郭をにじませ、秋の柔らかい光に染まっている。遠くの丘の稜線には、小さな村の陰が靄の中でかすかに見え隠れしていた。


 シュウは手綱を引き、馬車をゆっくりと進めた。




 その日の夜、一行は集落の外れで焚き火を囲み、夕食を取っていた。背後には、今夜だけ借りた空き家の黒い影がある。日中の移動で馬も人も疲れていたが、空気は澄み、焚き火の煙が細く立ち上って夜空に溶けていく。

 アヤナがかき混ぜる鍋の中では、麦の粒が崩れかけ、根菜とともにとろりと煮えていた。それを深皿に入れて配っていく。


 「わ~い、私、ポリッジだぁ~い好き。アヤナは本当に料理が上手いのよ」


 フィオが深皿を受け取って、嬉しそうに木匙で掬う。シュウもアヤナに目配せして微笑み、バルドは黙々と口へ運んでいた。


 「……ふむ。神殿の食事と同じようなものだな。まあ、腹さえ膨れればそれでいい」


 ロレンツィオが匙を口に運んで、事も無げに言った。アヤナの眉がピクリと吊り上がる。


 「そうだ、名前は.......まあいい。君、私のシャツを洗っておいてくれ。綺麗にするのは勿論だが、痛めないよう丁寧にやれよ」


 アヤナは眼つきを鋭くして、鍋をかき混ぜる手を止めた。


 「お断りします」


 「何だと? では誰が私のシャツを洗うと言うのだ。そこの男か?」


 その言葉に、シュウがぎこちなく苦笑いした。焚き火のはぜる音だけが間を埋める。アヤナはしばらく何も言わず、鍋の蓋を静かに閉じた。それから、きっぱりとした声で言った。


 「私達は、あなたの従者ではありません」


 その場の空気がわずかに張り詰めた。フィオが木匙を握ったまま目を丸くし、バルドが何も言わず、焚き火の向こうから様子をうかがっている。


 アヤナは続けた。


 「私とシュウは、あなた達の旅に協力しているだけです。あなた方の誰も、まともに食料の準備などしていませんよね。これから岩竜の森まで大きな街はありませんから、必要な食料が行く先々でいつも手に入るとは限りません。森に入れば、なおさらでしょう。

 それとも集落の固いパンと、自分で狩った動物を捌いて、一週間も二週間もやっていくつもりですか? あなた達の計画性の無さから、旅の物資は私達で管理しなければいけないと思い、そうしています。食事の準備は私達で毎回やるつもりですが、余計なお世話だったでしょうか?

 私達は対等な協力者だと考えていますから、宝が見つかった際には人数で等分する事を主張します。それが嫌で私達を召使いにしようと言うなら、私達が用意した物資はこの集落で全て売って、このままアローデールへ帰ります。それで、よろしいでしょうか?」


 言い切ったアヤナの声は、夜気の中でよく通った。焚き火がぱちりと音を立て、火の粉が一瞬だけ宙に舞う。驚き手を止める男達を尻目に、フィオが元気よく答えた。


 「アヤナとシュウは、もちろん私の大事なお友達で、最初の仲間だよ。だって、アヤナのポリッジは美味しいし」


 続いてバルドは、異論はないのか、何も言わずに一度止めた手を再び動かし、食事の続きを始める。シュウはよくぞ言ったとばかりに、両腕を組んでうんうんと頷く。これに対して、ロレンツィオは立ち上がると、先ほど着替えたらしいシャツを掴む。


 「まあいい、物資の管理は誰かがやらなければいけない事だし、それが私の仕事でないのは明らかだ。洗濯は集落の女に小銭を渡してやらせよう」


 そう言って彼は集落の中へと歩いて行った。自分の主張が通ったと口角を上げるアヤナ。その横で、シュウが少し安堵したように笑う。


 「流石だね、アヤナ。いいタイミングだったと思うよ」


 そう言うと、そっと召喚しておいたコーヒーをアヤナに渡す。


 「ふふ。それでも、ロレンツィオさんは気難しい人みたいだったので、緊張しました。あっさり引いてくれて良かったです」


 アヤナが口を付けるのを見て、シュウも自分でもコーヒーを喉に流し込む。バルドは何度と見た光景に何も言わなかったが、彼らの飲み物に注意を向ける者もいた。


 「あ~っ、それ何さ。何飲んでるのよ?」


 「ああ、僕らの故郷のハーブティーなんだ。ちょっと苦いけどフィオも飲んでみるかい?」


 「うん、頂戴!」


 フィオはシュウが飲んでいたコーヒーを受け取ると、迷わずゴクリと飲んだ。


 「ぎゃっ、マズ~イ」


 飲んだコーヒーをすべて吐き出すフィオ。


 「こんなの飲めたもんじゃないわ。酷いのよ、シュウ」


 「はは、フィオもダメだったか。僕たちは好きなんだけど、バルドさんもダメだったしね」


 「もう、ほんと。エールで口を洗い流さなきゃ、ダメなのよ」


 怒るフィオに、笑うシュウとアヤナ。バルドは彼らを無視して一人、エールを飲む。そうやって騒いでいると、ロレンツィオが戻って来る。そして、二人が飲んでいるものを聞くのだった。


 「ほう、田舎のハーブティーか。あまり期待はできないが、この焦げたような香りは興味深いな」


 「ロレンツィオさんも、飲んでみますか。ちょっと入れ直してきますね」


 シュウは馬車の荷台に上がると、準備するフリをしてコーヒーを召喚する。下手に甘くしたり、ミルクを入れて出所を疑われても困るので、カップの自販の味のブラックコーヒーを木のマグに入れ替えてから渡す。

 それを受け取ったロレンツィオは、まず理科実験のように手で仰いで匂いを嗅ぎ、それから僅かに舐めるように口に含む。それから少し考えてから、ゆっくりと飲んでいった。


 「うむ、奇天烈な味だが、田舎にしては悪くない。まるで炭のようだが、この香ばしさが返って苦味を馴染ませる」


 火が小さくはぜ、新たなコーヒー愛好家を囲むように、夜の闇が静かに深まっていった。

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