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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第4章 岩竜の森のコボルト編
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第45話 背負う男の試練

 シュウとアヤナがアローデールに戻ったその日の夜。流されるように二人はフィオ、バルド、ロレンツィオとコボルトの宝探しに行くことにが決まってしまった。そして、まだシュウはアヤナとコソコソ相談しながら、『尻の大きな鹿亭』で食事を続けていた。


 「ロレンツィオさんはともかく、バルドさんやフィオは準備などちゃんとしそうに見えませんから。あら、これ。さっきのよりだいぶ甘いわね。下澄(したず)みかしら?」


 蜂蜜酒(ミード)を舐めるように少しずつ飲むアヤナの、そんなセリフをシュウは聞き流してしまった。これが後で大変な事態を引き起こすことになることを、この時点のシュウは思いもしなかった。その横ではフィオがご機嫌で喋りまくっていた。


 「うわーい、やっとシュウが見つかって、コボルトの宝探しに行けるのよぉーっ。それもシュウのお友達の大きい人間さんが、二人もついてくる。やっぱり、私って運がいいよね」


 「別に友達ってわけじゃない」


 浮かれるフィオの言葉に、バルドは鼻を鳴らして呟くが、彼女は全く聞いていない。そしてロレンツィオも興味が無いのか、何かメモを見ながら自分の食事を続けている。




 「夕陽を浴びて黄金(こがね)色に輝く大河、ルヴォン川を白い小舟で渡りぃ~。

  波打つ翡翠(ひすい)色の草花の海原、大草原を舞台に風は笛吹き舞い踊るぅ~。

  枝葉が空を閉ざす朽葉色の迷宮、苔生(こけむ)し深く眠る沈黙の竜ぅ~。

  光届かぬ藍錆の闇、影たちが無数に集い囁き合う石と鉄の獣の喉奥にぃ~

  コボルド達の燃える黄金、鏡の宝剣、(きらめ)く首飾りがザック、ザックぅ~」


 フィオの歌は、冒険の様子が興奮と共に(えが)かれており、その声色はどこまでも楽し気だった。思わず耳を傾け、しばし時を忘れる。ふと隣を見ると、アヤナは座る姿勢を保ったまま、頭だけが前に傾いていた。背筋は美しくすっと伸びており、左手は膝の上、もう一方はテーブル上のカップの前で止まったままだった。


 「あ、アヤナ?」


 シュウが聞いても返事はない。少し揺すると、体がグラつき、シュウの反対側へ倒れそうになる。咄嗟に引き寄せると、今度はシュウに倒れ込み、意図せず抱き抱える形になる。お、大きい。その柔らかさと張りにドキリとする。彼女の口から小さな声が漏れた。


 「んっ」


 「ね、寝ちゃったのかな?」


 言いわけがましく呟くシュウ。だが、フィオは歌い続け、バルドもチラリと一度見ただけで二人を無視している。ロレンツィオは自分のメモに夢中で見もしない。助けを求めるように周りを見回すが、他のテーブルも仲間内で楽しく酔っ払っているようで、こちらに見向きもしない。小太りの給仕は親指を立てている。なぜ?

 これはもう、背負って連れ帰るしかないのか。仕方ないよな。そんなことを考えながら、シュウは彼女が倒れないよう腕を掴み、背を向けて前へ回り込む。彼女の両腕を自分の肩の上に通し、背中で彼女の身体を受ける。二つの強い圧迫感。


 「あっ」


 アヤナの声が聞こえた気がして、このタイミングで起きたのかとビクリとするシュウ。だが彼女は起きなかった。シュウが背負おうと後ろに手を伸ばすと、意図せず尻を掴んでしまう。ひぅ。また、寝言か。彼女の身じろぎで、丁度シュウの手が太ももの裏へと回る。

 そのまま引き上げようとするが、足が開かない。今日の彼女は足首丈の長いスカートを履いており、両脇に彼女の足を抱えられるほど、足が開かなかった。困った。まさか肩に担いで運ぶわけにもいくまい。それではまるで人攫いだ。

 ここはお姫様抱っこなのか?あれ、腕の負担が大きそうだけど、白楡の館亭まで俺の腕はもつのか? だが、やるしかない。シュウは覚悟を決めてアヤナをお姫様抱っこする。本当は、旅の準備について彼らともう少し話すこともあったが、仕方ないだろう。


 「あ~、すいません。彼女、酔いが回っちゃったみたいで。今日はこれで帰ります」


 シュウはフィオ達に声を掛けてから、帰ろうとする。


 「シュウ、また明後日ね! 子供いっぱい作ってねぇ~」


 「いや、そんなことしないよ!」


 不躾なフィオの言葉に、ついムキになって否定してしまったシュウ。バルドは軽く頷くだけだ。ついにメモに何か計算を始めたロレンツィオに、シュウは軽く会釈だけ送って店を出た。




 アヤナをお姫様抱っこして、アローデールの夜道を歩くシュウ。歩を進めるたび、ふよふよと柔らかい流体のような山がシュウの胸に押し寄せては引き、彼女の身体を支える上半身のどこもが、その柔らかな感触に包まれていた。蜂蜜酒の甘い香りに、酒の匂いがほのかに混じり、さらに彼女の汗のにおいがかすかに漂ってきた。

 彼女はまだ子供、彼女はまだ子供。体は若返っても、五十を過ぎた男の意志をもつシュウは、強い決意で欲望を抑える。そうして、白楡の館亭への道をやっと半分まで来た時、シュウの両腕はプルプルと限界を迎えていた。そこで突然、アヤナは彼の腕から降りてすくっと立った。


 「うえっ、酔って寝てたんじゃなかったの?」


 「はい。あの蜂蜜酒、アルコールが強そうだったのに、全く酔えませんでした。というか、こちらでは衛生的な問題で飲むのはほとんどお酒ですが、酔ったことがありません。安いお酒は薄いって分かってはいますが」


 「じゃあ、どうして酔ったふりを?」


 「酔いたい気分だったので。それと、シュウのことは百パーセント信じていますが、百一パーセント信じたかったので試させてもらいました」


 「試していた?」


 シュウは冷や水を浴びたように顔をこわばらせた。


 「はい。変なことは……あまり変なことはされなかったので、ほっとしました。ここまで運んで頂いてありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」


 そう言って、ペコリと頭を下げるアヤナ。あまりと言い直したことに、やや不満を感じるシュウ。


 「あ、いや、こちらもご馳走さまというか、いや、どういたしまして?」


 アヤナにジロリと見られ、言い直すシュウ。


 「さて、明日の行動ですが……」


 その後は何事も無かったように、宿への道すがら明日の予定を話すアヤナ。シュウも気まずい話題をさけるためにそれに乗っかった。




 翌朝、白楡の館亭で朝食を食べた後、二人は神殿を訪れた。そこには、二人がアローデールを出た時と、何も変わらないように見える。中では信者たち数人に囲まれて、何事か話している神官デニスを見かけた。シュウとアヤナは邪魔にならないよう、話が終わるまで近くで立って待つことにした。

 デニスはすぐに二人に気付いたようだが、信者たちが解散するまで話しを続ける。それから彼は二人のところへと歩み寄ってきた。シュウとアヤナは彼に挨拶する。


 「お久しぶりです、デニスさん」「お久しぶりです」


 「お久しぶりです。お二人ともお元気そうで何よりです。バルドの領地を手伝うと言っていましたが、どうしてここに?」


 「実は…」


 デニスに会ったシュウは、これまでの経緯を話した。デニスは頷きながらじっと耳を傾けてくれた。


 「なるほど、今度はコボルトの宝探しですか。それもロレンツィオと一緒に」


 「はい。それで彼が、今どこにいるのかお聞きしたいのですが」


 「彼は、ほとんどいつでも自室で研究をしていますよ。一番大きい部屋なのですよ。神殿長である私よりも。もっとも、何やら山のように積んであって、足の踏み場もないくらいですが」


 そう言って、デニスは肩を竦めたが、その仕草はあまり似合っていなかった。それから部屋の場所を聞いた二人はそこへと向かった。シュウはその部屋の扉を叩いたが、反応はなかった。だが、デニスからそうなるだろうと聞いていたので、声を掛けて入ることにした。


 「ロレンツィオさん、シュウです。旅の準備について相談したくて聞きました」


 部屋は中央の大きな机以外は、ぎっしりと物の詰まった棚や、床に平積みにされた書籍で埋め尽くされていた。その中央の机で、ロレンツィオはこちら向きに座って何か書き物をしていた。当然の様にそのテーブルの上は、書き物のスペース以外が書籍が積み重ねられていた。


 「ロレンツィオさん、旅の準備について相談したいのですが」


 二人が入っても書き物を続けるロレンツィオに、シュウは彼の前に立って話しかけた。だが、彼は何の反応もしないので、シュウは聞こえなかったのかと言い直そうとした。だが、彼が口を開く前に、アヤナが彼の肘を掴んだので口を閉ざした。


 「それで、何が問題なのかね」


 しばらく彼の書き物を待っていた二人に、急にロレンツィオの言葉が聞こえた。だが、彼は二人を見ることなく、書き物を続けていた。シュウがこのまま話していいものか戸惑っていると、アヤナが先に口を開いた。


 「今回、5人でコボルトの宝探しをすることになりますが、バルドさんとフィオは着の身着のまま旅に出るようなタイプだと思います。ですが、アローデールを出れば大きな街へは立ち寄れませんし、岩竜の森に入れば集落もなく、食料すら手に入れるのは困難でしょう」


 「それは私には関係がない。私は私に必要な物は自分で持って行く」


 やはり他人のことなど気にしない性格なのだろう。シュウは、以前の書庫でも同じ印象を持っていた。だが彼は、黙ってロレンツィオとアヤナのやり取りを見守る。アヤナはそのまま彼に問いを続けた。


 「荷馬車を使うのでしたら、他の人達の荷物も載せてもらいたいのです。というのも、森に入って食料が無いと、きっとバルドさんやフィオはロレンツィオさんの荷物を狙って、強請(ねだ)り続けますよ。もちろん、そんなこと気にしないでしょうけど、煩わしいのでは? ほんの少しくらい……」


 そう言って、目をパチパチとするアヤナ。彼はそちらに目を向けていないが、僅かばかり顔を歪ませる。


 「私の荷馬車の三分の一だけ載せること許そう」


 そう言って彼は手元から目を離すことなく、二人に片手を振って出て行けと合図する。


 「ご親切にロレンツィオさん。それでどの馬車でしょうか」


 「……デニスに聞いてくれ。これ以上、私の研究の邪魔をせずに速やかに出ていくんだ」


 「ありがとうございます。では、明日までにみんなの荷物も積んでおきます」


 ロレンツィオはついに声に出して二人を追い払おうとするが、アヤナはニッコリとほほ笑んで礼を言った。




 「彼は、ここの荷馬車を使うつもりなのですか」


 デニスに事の次第を説明すると、しぶしぶと神殿の荷馬車の場所を教えてくれ、また今日一日買い物に使う許可をくれた。礼拝所を出た二人は、白く塗られた木壁に沿って神殿の裏へと回った。近くで見る壁は、節や雨の跡が浮かび、白さの下に年月の色を隠しきれていない。

 建物の角を曲がると、裏手の一角に板塀で囲われた小屋が見えた。中から馬の鼻を鳴らす音が聞こえ、干草の匂いが漂ってくる。板を重ねただけの屋根は、隙間から光が漏れ、黒く変色した太い梁に支えられている。その下では、二人に気付いた栗毛の馬と芦毛の馬が首を向け、蹄をわずかに踏み鳴らした。

 その隣の納屋は天井の下の板壁が一面だけで開け放たれ、古い荷車が一台収まっていた。狭い御者台と低い柵を備えた長さ三メートルほどのそれは、泥の跡や擦れた傷が多く古びてくすんだ色をしている。しかし、造りもしっかりとしていて、車輪も大きく頑丈そうに見えた。


 シュウは少し苦労しながら栗毛の馬を荷車に繋ぐと、手綱を引いてアヤナと共に買い出しに向かうのだった。

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