第41話 柴田流剣術と新しい風
リヴェンベルクから戻ると、さっそく中型の犂二機を村人に使わせてみた。すると、すぐにそれを試した村人から歓声が上がる。
「こんなに楽に進むなんて!」「全然、引っ掛からないぞ……」
今度の犂は二頭の牛で引かせたが、狭めのこの村の畑では使い易く、アヤナの推測通りに土起こしが効率よく進んだ。犂で村人に恩を売ったアヤナは、使用料代わりに畑の形をなるべく長方形に近い形に整備させ、さらに全体として以前よりも畑の範囲を広げた。
なるべく持ち主の変わる畑の面積が少なくなるよう、シュウが図面を引いたが、入れ替わった場所では不平を言う者もいた。しかし結局、全ての家の畑が以前よりも大きくなり、作業もしやすくなったので、二人は村に受け入れられていった。その間、隣領からの攻撃は無かった。
こんな風に村の改革を進めつつ、シュウは夕方に行われる村の男達と一緒に棍棒の訓練をさせられていた。村人にほとんど干渉しないように見えるバルドだが、この時間だけは村の広場にやってきて積極的に素振り、模擬戦と指示をしている。
初日、シュウは真面目に素振りを行ったが、模擬戦で村人にボコられた。その日の夜、アヤナはシュウの青痣に、揉み潰したカモミールを貼って手当てをしていく。シュウは痣を触られるたびに顔を歪ませ、時々小さな呻き声を出していた。
「大丈夫ですか、シュウ。農作業と同じように、適当な理由を付けて避けることも出来るのですよ」
「イチチチ、アイツらマジで手加減無しでやりやがって。でも、野蛮な世の中だからね。少なくとも街道や、街中は堂々と歩きたいし」
「それで明日も叩かれるのですか?」
「流石に僕は文明人だからね。ちょっと工夫をしてみるよ」
そう言ったシュウは、痛みを堪える顔だったが、ちょっとだけ口角が上がるのだった。
翌日の訓練でシュウは三メートルの木の棒を持って現れた。これは犂を貸し出した農夫で、木工の得意なものに使用料代わりに作ってもらった物だった。直径三センチくらいのほぼ真っ直ぐな棒で、森で容易に手に入るトネリコの木だが、ある程度の強度としなりがある。
「おいおい、昨日ボロ負けしたからって」
嘲笑する村人に、シュウは涼しい顔を向ける。彼は左手を棒の柄頭ギリギリに、右手をそこから離して持ち、振り上げ、振り下ろした。棒の先は途中で止まることなく、地面に叩き付けられ、しなって跳ね上がる。くっ、やはり重い。剣の三倍の長さがあるので、当然と言えば当然なのだが。
そして素振りが終わり、模擬戦が始まる。
「いぇあーっ、がっ!?」
対峙した位置から、ほとんど動く前にシュウの棒が肩口に振り下ろされ、相手は地面に崩れ落ちた。バルドの指導がそうなのか、村人は少しでも早く敵を殴ろうと、必ず真っ直ぐ突っ込んでくる。シュウはそれを待ち構え、振り下ろしただけだった。
シュウはそれから五人に勝利し、昨日と真逆の結果となった。六人目、シュウの棒の振り下ろしを横に避けて躱す。棒は地面を叩き、跳ね上がった。シュウはそのまま棒を振り上げながら、後退。
「イヤーッ、ナンデ!?」
村人達は避けると必ず一度、足が止まった。しなって跳ね上がる棒を、そのままの勢いで頭上に引き、シュウは後退して距離を保つ。そして、また振り下ろす。この戦法は見事にハマり、この日の模擬戦で彼は全勝した。
「柴田流剣術は、隙を生じぬ二段構え。なんちって」
うわっ、さむっ。アヤナはドヤ顔のシュウを見て思った。
シュウの優位は数日しかもたなかった。長い方が有利と分かった農民たちは、みんな彼と同じくらいの長さの棒に持ち替えたからだ。全員が長棒を持つようになると、模擬戦はほとんど運で勝負がつくようになる。それを見たバルドが、ある時言った。
「お前ら、もう長棒は持つな」
「え~っ、何でですか?」
村人はバルドの命令に不平を言うが、彼は一人の村人に長棒を持たせ、残りの村人に通常の木剣を持たせた。
「始め」 バシッ
バルドの合図で始まった模擬戦だが、すぐに長棒を持った村人が勝利する。そうだろうと、村人の誰もが思ったが、勝負がつくと間髪入れずにまた始めの声が掛かった。
「始め」 「ちょっと、待っ」 「始め」 「待って下さ、うわっ」
二人目もギリギリで先に当てた長棒の村人だが、三人目になると長棒の内側に入られ、何もできずに負ける。訳が分からず戸惑う村人に、バルドはひと言だけ残して帰っていった。
「シュウ、説明しておけ」
「えーっ!?」 「新入り、早く説明しろーっ」
シュウは急な丸投げに驚き、村人にヤジをぶつけられながらも説明する。
「ふうっ。長棒はリーチが長い分、有利ですよね。でも、一撃目か二撃目で倒せない場合、敵に近寄られてしまいます。もし戦争となると、1対1ではなく先ほどのように次々に敵が迫って来るでしょう。長柄の武器は近距離では攻撃し辛く、訓練不足だと守りも難しい。だから、木剣に戻したのです」
「おーっ、なるほどなーっ」
こうして模擬戦は木剣を使ったものに戻った。つまり、最初にシュウがボコられた状態である。
さらに数日後の夜。
「また、負け始めましたね。まだ続けるのですか?」
薬草を貼りながら聞くアヤナに、シュウは痛みを堪えながら言う。シュウ達がバルドの村に来てもう一ヶ月経つが、既にこれが日常となっていた。
「うん、次は中段の構えを試そうと思うんだ」
「中段ですか。昨日は下段が防御最高の構えだと言ってませんでした?」
「アレはダメだったね。刃が無いから相手の足も止められないし、村の奴らは大上段からの振り下ろしが多いけど、受けが間に合わないんだ」
「そうですか。頑張って下さいね」
話を聞きながらアヤナは、淡い草色の布を出してきた。
「アヤナ、それは何を作っているの?」
「ズボンですよ。この足首丈のスカートは動きづらいので」
「ああ、ここの女の人のスカートは長いからね。でも、大丈夫かな? ジャンヌダルクは男の服を着たからって火炙りにされたらしいけど」
「その辺は調べましたが、タブーという事はないようですよ。変わり者とは思われるかもしれませんが、ズボンの上にスリット入りの膝丈のスカートを履いて、少し誤魔化します」
さらに数日経ったが、シュウは未だにアヤナの手当てを受けていた。
「怪我はだいぶ減っていますね。もっとも前の傷が治りきる前に、新しいのを作らないで欲しいですけど」
「でも、上段からの振り下ろしはほとんど受けれるようになったし、横薙ぎも確度は上がって来た。この体は文化部系だった実際の若い頃よりも鍛えられているのか、村人に力負けもしないし。あとは長引くと、やっぱり注意力が下がってくるのが問題かな」
「なら、ジョギングでも始めましょうか。日本にいた頃は私も体力維持にやっていたのですが、こっちに来てからは余裕がなくて。スカートでは走れなかったけど、ズボンも完成したので一緒にどうですか?」
次の日、二人は朝食前に家を出た。シュウの来ているズボンとシャツは、この世界に聞いた時に女神から与えられた物だったが、アヤナは自分で裁縫した膝丈ワンピースとズボンを着ていた。アヤナの衣装は、日本のファンタジー小説やアニメに出て来るような不自然に露出の多いものではなく、むしろ露出のほとんどない忍者に近い。
露出しないよう、それでいて動きやすいよう、関節その他に布を重ねたスリットが多数あり彼女の力作だ。上半身がブカッとしているのは、大きな胸を目立たせないようにしているのだろう。そうしてジョギングを始めた二人だが。
「1、2」 ぷるん、ぷるん
「1、2」 ぷるん、ぷるん
あれはダメだろう! 並走するアヤナを横目で窺うシュウは、心の中で叫んだ。歩いている間はいい。ブカッとした服のお陰で大きな胸もそう目立たない。だが走るとダメだ。服の中で暴れる二つの山が、存在を強く主張する。
もちろん、50代のサラリーマンだったシュウは、如何に胸が大きかろうと女子高生に欲情したりはしない。だが、あれを見た村人達が全て紳士的とは限らない。ここは止めねば。だが、それを言い出せば、自分が見ていたことがバレる。どうする。早く止めねば、後戻り出来なくなるが。
「今日は一度、戻りましょう」
シュウが悩んでいると、アヤナが足を止め、そう言った。真剣に彼女の胸を見て考察していたシュウは、足を止めるのが遅れてしまう。彼は数歩進んでから振り返った。
「え、何でだい?」
目が泳ぐシュウに、アヤナはため息をついた。
「シュウですらそれですから、人前に出るのはダメですね。動かないよう固定する方法を考えます」
そう言って両手のひらで自分の胸を抑えるアヤナ。それから、もう一度ため息をついて家へと戻っていく。シュウはただそれを見送るのだった。
それからも季節は進む。春の種まきを終え、夏に向けた村は、畑の雑草の刈りや、家畜の干し草作りが主な仕事となる。除草は爪状に先の分かれた爪鍬を使えば効率よくできるが、平刃の鍬でも代用できるので持ってはいなかった。
シュウとアヤナは再び街に行き、爪鍬を買った。それを犂と同じように村人に貸し出したので、効率が上がり、区画整理で広がった畑にも十分対応できるようになった。この間も、シュウの訓練と二人のジョギングは続いた。
夏になると除草の他に間引きと野菜の収穫が始まる。この頃になると、二人が村に持って来たタマネギや乾燥豆もなくなったが、ここでもタマネギ、カブ、エンドウ豆が収穫できるようになった。さらにチーズ作りも始まり、アヤナはこそっとレアチーズケーキもどきを作る。
それから二人は、村人達が働く昼日中、彼らに見つからないように村を見渡せる丘の上に、小さなテーブルと椅子を持ち出した。テーブルクロスを掛けるとケーキの皿を二つ置き、さらに二人分のコーヒーを召喚した。テーブルについた二人は、やや酸っぱいケーキを堪能し、香り豊かなコーヒーを流し込む。
「チーズケーキとコーヒー。日本のカフェを思い出すね」
「そうですね。この世界では考えられない組み合わせです。この一瞬が」
「「世界を名作にする」」
二人は、コーヒーとケーキを前に笑い合った。
秋も近付くと、シュウの木剣の腕は他の村人達と遜色ないものとなっていた。ブランシュモンの村からちょっかいを出される事もなく、平和な日々が続いていた。二人は秋の収穫後の穀物を、どうやって売りさばこうかと相談していた。
村人達も収穫を今か今かと待ちわび、その一点に気持ちと力を貯め込み始める。そんなある日の昼前、村人の一人がバルドの家に駆けこんで来た。
「バルド様、大変です。ブランシュモンの奴らが攻めて来ました」




