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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第3章 巨人殺しの小領主編
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第40話 灰煙の街リヴェンベルク

 村を出た翌日、昼前にシュウとアヤナはバルドの荷馬車の牧草の中から這い出した。ここはリヴェンベルクの一つ前の集落の、さらに手前の街道の上。昨夜は街道の集落に泊まったが、彼らは村人に見つからないよう、ほとんどずっと牧草の中に隠れていたのだった。


 「俺はあの集落で三日待って、それからリヴェンベルクに入る。それでいいんだな」


 「はい。僕たちはその間に犂を買っておきます」


 バルドは頷くと、荷馬車を進めて集落へと向かった。彼と別れたシュウとアヤナも、歩いて集落へと向かう。この世界に来た時から持っていた小剣を腰に下げ、大きな背嚢を背負い、長杖を突いて歩く二人。体に付いた牧草を払い落してから、シュウは若干、ウンザリしてアヤナに尋ねた。


 「本当にここまでする必要があったのかな?」


 それを聞いたアヤナは、肩を竦める。


 「念のためですよ。バルドの関係者と知られれば、犂を売ってもらえないかもしれませんから」


 二人が集落に入ると、見慣れた荷馬車が止まる家へと村人たちの注目が集まっていた。まだ日も高く、リヴェンベルクまでもう少しなのに、ここにしばらく滞在しようとするバルドの意図が分からずに、困惑しているのだろう。

 そのおかげで村人は二人にほとんど注意を向けていない。二人もバルドの横を何も言わずに通り過ぎた。集落でシュウとアヤナの足を止めさせたのは、飼われているらしい数匹のアヒルが前を横切った時だけだった。




 その日の午後、シュウとアヤナはリヴェンベルクの街の前まで来ていた。木の塀に囲われ、低い木造の家々と、中心のやや高い石造りの建物を備えたところはアローデールと同じように見える。

 しかし背後に鉱山を持つその街は、平原のアローデールよりも家々の間隔がグッと詰まり、何より白煙と黒煙、そして青灰色の煙が無数に立ちのぼっていた。そのせいか街の色は黒と灰色に沈み、人々の顔もどこか不愛想に見えた。

 二人が街の入口まで辿り着いた時、そこに立っていた門番と思われる男が声を掛けて来た。兵士というにはやや線の細い男ではあるが、体は使い込まれた革によって守られ、手にした二メートル近い槍には、その刃の根元に引っかき爪が付いていた。


 「いやいや、ようこそ、ようこそ、若いご夫婦。この火と鉄の息づく街、言い換えるなら灰で煤け、いつでも鉄をキンキン叩く音に悩ませる街へ、一体何の御用かな?」


 楽し気な声と、大きく開いた口は二人を歓迎しているように見えるが、その嘘くさい目付きが二人の素性を疑っていることは明らかだった。


 「あの、僕はシュウ、彼女は妻のアヤナ。僕たちは……」


 剣吞な雰囲気に変わらぬようにとシュウは慌てて口を開いたが、それを門番は押し止めた。


 「うんうん、シュウ君。俺は長く門番をやっているからね。君にワザワザ教えてもらわなくても、来訪の目的というのは分かるものなんだよ。そうだね。君達は商人じゃない。商人がそんな背嚢一つで商売をするなんてあり得ないからね。

 そして君達はこの辺の農夫ではあり得ない。手が綺麗過ぎるし、肌も白過ぎる。そんな農夫がいれば、そいつはほとんど働かずに家に籠る怠け者だ。おやおや、困ったぞ。商人でも、農夫でもないなら君達は誰だい?

 貴族様に見えない事も無い。そのみすぼらしい恰好を除いてだが。まあ、徒歩で街までくる貴族様なんていないんだが。当然、敬虔な神官様でもないだろう。となると、君達の正体はただ一つに絞られる。怪しい者、つまり悪人だよ。うんうん、間違いない」


 勝ち誇ったような顔をして、腰に付けた角笛を取り出す門番。恐らく仲間を呼ぶ警笛のような役割なのだろう。シュウがこれ以上自体を悪化させないようにと、頭を巡らせている時、アヤナがその美しい顔を真っ赤にし、柳眉を逆立てて怒鳴りつけた。


 「卑怯者! あなたはダリアン叔父と一緒に私を嵌めたのね! 何が犂を買って来れば、追い出すのは待ってやるよ。 私を奴隷にして売る気ね! 全く裏切り者のあんた達が考えそうな事だったわ。ああ、もう終わりよ。破滅だわ!破滅よ!ああああああああ!」


 思わぬアヤナの絶叫に戸惑う門番。その声を聞き、街の中の人々が門番とシュウ達に注目する。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ嬢ちゃん。俺はダリアンなんて知らないし、とにかく叫んだり金切り声を上げるのはやめてくれ」


 「金切り声ですって! この人攫い! 人殺し! あんた達なんか、呪われればいいのよ! 三千の地の底の黒犬どもに噛み千切られろ! 九千の火の海の悪魔たちに引き裂かれろ! いやあああ、この強姦魔! 女の敵!」


 そうしてアヤナが騒いでいると、鉄の胸当てを付けた兵士が近寄って来た。


 「何を騒いでいる」


 「あなたもダリアン叔父の仲間なの!?」


 静かな問いかけにも、アヤナは噛みつくように言い返す。しかし、鉄鎧の男は激高する女を前にしても、冷静に答えた。


 「火と鉄の息づく我らが街リヴェンベルクと、鍛冶の神の炉の火に誓おう。私はダリアンとやらの仲間では無い」


 「そうなの? でもあの男はダリアン叔父と組んで私を奴隷商に売るって」


 「そうなのか?」


 鉄鎧の男はアヤナの言い分を聞くと、何の感情も乗せない声で最初の門番に問いかけた。


 「そんなこと、しねえよ。隊長、俺は怪しい奴らを捕らえようとして……」


 隊長と呼ばれた鉄鎧の男は、言い訳をする部下を制してシュウへと問いかける。


 「君達は何のためにこの街に来た?」


 「僕たちは叔父のダリオンに言われて犂を買いに。叔父は僕たちの父から農園を騙し取って……」


 隊長は、今度はシュウの話を遮る。


 「ああ、分かった。君達が買い物に来ただけなら、通っていい。私はそれ以上の君達の事情には興味がない。さあ、早く奥さんを落ち着かせて、行くがいい」


 そう言って、シュウを急かすように手を振る。


 「隊長、そいつら怪しいですよ」


 「黙れ。俺の妻以外怪しくない者などいない。俺の弟だって怪しいんだ。お前も十分怪しいぞ、エルドン。俺達の仕事は街で悪さをする奴らを締め出すことで、怪しい奴と遊んで時間を潰すことじゃない。その間抜けそうな二人に何ができる」


 ま、間抜けそう。内心そう思ったシュウ。


 「隊長さん、ありがとうございます。さあ、アヤナ。もう行くよ」


 だが、彼は隊長に礼を言うと、アヤナの手を引いてそそくさと街の中へと入るのだった。演技に疲れたのか彼女はフラフラとし、髪は乱れて額からは汗が流れていた。シュウの視線に気づいたアヤナは、顔を外套のフードで隠す。




 街門を抜けた二人は、煤で黒ずんだ石畳の通りを進みながら宿を探した。どの家も屋根に煙突を備え、あちこちから細い煙が立ちのぼっている。通りに面した木の看板には、剣や鉄槌を描いたものが多いが、その中で「舞い踊る火花亭」と読める文字にシュウが目を留めた。

 宿はこぢんまりとしており、扉を押して中に入ると、外の煤けた街の雰囲気とは打って変わって、掃き清められた床と落ち着いた空間が迎えた。暖炉にはまだ火はなく、炉端には小さな炭箱と薪が整然と置かれ、湯を沸かす鍋や木の器が実用的に並んでいる。

 壁や梁にはわずかに煤の跡が残るが、宿全体は清潔で、鍛冶の街らしい鉄の匂いがほのかに漂う程度だった。旅人が一息つくには十分な、居心地の良い空間である。カウンター前で部屋を眺めていると、「ようこそ、リヴェンベルクで一番清潔な宿へ」と言いながら、奥から宿主が現れた。


 丸顔で笑みを絶やさぬ宿主に案内されたのは、清掃の行き届いた落ち着いた小部屋だった。白く塗られた漆喰壁に木の梁が走り、床はよく掃かれた板張りである。寝床は乾いた藁を袋に詰め、清潔な麻布で覆われている。小卓と水差しが一つ置かれ、窓には油布が張られて淡い光を通していた。


 「ふう、ひとまず落ち着けたね」


 「そうですね。門の前では疲れました」


 シュウがそう言って寝床の藁の上に座ると、アヤナもその隣に腰を下ろした。


 「ははっ。街に入るたびにあれを見せられるから、叔父さんのダリオンが本当にいそうな気になってきたよ」


 「喜んで頂けて幸いですが、街に入るたびにゴチャゴチャ言われて、誤魔化すのも大変なんですよ」


 「毎回、アヤナにはお世話になってるよ」


 シュウはそう言って、コーヒーを召喚する。それは人の目が無いので、現代日本と同等の、皿付きの白い陶器のコーヒーカップだった。皿とカップにはシンプルながらも上品な金の縁取り線が引かれ、その香りは日本の高級ホテルのラウンジと同じものだった。


 「ありがとうございます。う~ん、いい香りですが、藁の袋の上で飲むには高級すぎますけど」


 「じゃあ、目をつぶって、上品なサロンをイメージしながら飲もう」


 シュウはそう言うと、自分の手に再び召喚したコーヒーの香りを吸い込み、目を閉じた。


 「それ、いいですね」


 アヤナもそれに倣う。しばらく香りを楽しんだ二人は、同時に目を開けて感嘆する。


 「「この瞬間が世界を名作にする」」




 「舞い踊る火花亭」に泊まった翌日、シュウとアヤナは犂を探してリヴェンベルクの街を歩いた。昨日、二人は市門の近くで職人街を見掛けていたので、まず市門近くまで戻って犂を造る鍛冶屋を探した。犂の刃を造る職人は何軒か見つかったが、丁度良い大きさの犂は無かった。

 そこで犂の刃を造る鍛冶師達から、木工職人を紹介してもらった。


 「このくらいの大きさの犂が欲しいのだけど」


 「う~ん、今はないな。作ってやってもいいが、二日は掛かるぜ」


 アヤナの説明に、木工職人が答える。バルドが来るまでギリギリだが、それでも間に合いそうな工房はここだけだったので頼むことにした。




 犂の注文だけで、その日の昼はだいぶ過ぎていた。大通りを歩く二人は、油の焼かれる香ばしい匂いに気づく。それは肉屋の前で焼かれているソーセージの物だった。二人はそれを買うと、道の端に避け、食べ始める。二人が食べていると、横の肉屋から声を掛けられた。


 「旦那たち、見ない顔だね」


 「僕たちは叔父の命令で、買い出しに来たんだけど、リヴェンベルクは初めてで。よかったらどの商会が評判いいかとか教えてくれないかい」


 「う~ん、一番大きいアイゼンシュタイン商会は鉱山の鉱石を取り仕切っているが、あんたらには関係ないしな。鉄製品ならフェルハンマー商会、穀物ならコルマルト商会だが」


 「犂を買いに来たんだけど、空荷で街まで来るのもなんなので、牧草を積んで来たんです」


 「牧草なら穀物商かな」


 「じゃあ、コルマルト?」


 「いや、飛び入りなんか相手にしねぇよ。アンタ達ならクライン商会だろうな」


 こんな風にシュウとアヤナは、バルドが来るまでリヴェンベルクの街の情報を集めた。そしてバルドが来ると、彼には一度荷馬車から離れてもらい、シュウが馬の手綱を引いて街を回る。素早く牧草を売り、出来上がった犂を積むと、さっさとリヴェンベルクの街を出るのだった。

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