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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第1章 異世界転生編
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第3話 名を呼ぶ者

 柴田は深い息をつきながら、まずは自分の状態を確認することにした。彼が次に気付いたのは、身に着けているものの異常さだった。もともと着ていたはずの現代のスーツはどこにもなく、代わりに体を包んでいるのは中世の旅装束のような粗い布地の服だった。灰色のチュニックに厚手のズボン、しっかりした革のブーツが足元を覆っている。さらに、肩には薄手の外套がかかっており、全体的に動きやすいが質素な装いだ。

 右手には身長ほどの木の杖を握っていた。滑らかな手触りと適度な重みがあり、ただの枝ではなく、しっかりと削られたものであることが分かる。腰には革のベルトが巻かれ、そこにはショートソードが吊り下げられていた。柄はシンプルで、剣身には厚みがある。しかし、刃は十分に研がれておらず、欠けや歪みが目立つナマクラだった。背中には口を縛ったズタ袋が掛けられており、肩に少し重みを感じた。


 彼は袋を地面に下ろして中を確かめた。粗い布地の袋の中には、着替え一式と下着が三組、小さな火付け道具、薄い毛布、硬く焼かれたパン、固い干し肉、そして細かな作業にも使えそうな小さなナイフが収まっていた。それらと一緒に入っていた厚手の袋を手に取り、思わず重みを感じて首を傾げる。中には金貨一枚と銀貨百枚——この状況では、それがどれほどの価値を持つのかは見当もつかなかった。

 さらに腰に触れると、そこには袋がぶら下がっている。適度な重みがあり、中には水が入っているようだった。道具の充実ぶりから、自分がまるで旅の途中にいる旅人のように装備されていることが分かる。


 だが最も驚いたのは、肌の感触だった。袖を少し引き上げて腕を見ると、そこには50代のくすんだ肌ではなく、みずみずしい若々しい肌があった。手を顔に触れてみても、以前のたるみや硬さは感じられない。生憎、持ち物に鏡は無かったので、水たまりでも見つけたら顔を確認してみようと思った。




 柴田は身の回りを一通り確認し終えると、ようやくこれからどうすべきか考えようと腰を下ろしかけた。しかし、その瞬間、静寂を切り裂くような女性の悲鳴が耳に飛び込んできた。思わず体を強張らせ、周囲を見回す。


「なんだ!?今の……!」


 この見知らぬ森で、何が起きているのか全く分からない。そもそも自分がどこにいるのかも分からず、危険な動物や何か得体の知れない存在が潜んでいるかもしれない。助けに行くべきか、それとも身を隠してやり過ごすべきか。理性は後者を選ぶべきだと囁く。だが、その迷いを断ち切るように、悲鳴の中で自分の名前が呼ばれた。


「柴田さーん!助けてー!」


 耳を疑った。自分の名前を呼ばれるはずがないこの状況で、どうして?しかも声は聞き覚えのない女性のものだ。


「誰だ……?なんで俺の名前を……っ!」


 心臓が早鐘を打ち始める。迷っている時間はもう無い。柴田は手にした杖を握りしめ、腰の剣にそっと手を触れながら、声のする方向へと一歩を踏み出した。何が待っているか分からないが、このまま何もせず聞き流すのも後味が悪い。慎重に足音を立てないように進みながら、とりあえず様子を確かめることにした。




 柴田が慎重に音のする方へ進むと、視界の先に小さな開けた空間が見えてきた。そこで目に飛び込んできたのは、見たこともない小柄な生物たちが、一人の若い女性を取り囲んでいる光景だった。生物たちは緑色の肌に尖った耳を持ち、身長は子どもほどしかないが、手にした棍棒や凶悪そうな牙が異様な威圧感を放っている。


 柴田は混乱しつつも、日本で本やゲームで見たことのある「ゴブリン」という存在を思い出した。それと特徴が似ていることから、彼はこの得体の知れない生物たちをとりあえず「ゴブリン」と呼ぶことにした。「本当にそんなのがいるのかよ……」と、柴田は現実感のない状況に唖然としながらも、その場に立ちすくみ、様子を見守った。


 彼女は長い黒髪の美少女で歳は高校生くらいに見えるが、手足はスラリと長くて胸も程よい大きさを持ち、尻もいい形をしている。その服は柴田と似ているようだが所々が裂かれ、肌がちらちらと露出していた。年頃の少女が半裸になっているわけだが、森の中を転げまわり這い回っているせいで土まみれになっており、あまり色気は感じない。さらにそのゴブリンの一匹に押し倒され、上に馬乗りになられている。


「危ない!」と反射的に思った瞬間、少女は素早く腰をひねり、上に乗っていたゴブリンを蹴り飛ばした。続けて、残りのゴブリンたちの間を四つん這いでくぐり抜けて逃れようとする。


 しかし、ゴブリンたちは執拗だった。一匹が後ろから手を伸ばし、少女の腕を掴む。彼女はそれを振り払って再び距離を取るものの、ゴブリンたちはすぐに追いつき、彼女を囲む。その度に服が引き裂かれ、次第に露出が増えていく。それでも少女は何とか逃げ続けていた。


 柴田は茂みの影から息を飲んでその光景を見つめていた。彼女を助けるべきか、それとも自分の身を守るべきか。頭の中で逡巡するものの、未知の生物たちに対する恐怖と警戒が勝って動けない。


 その時だった。突然少女と柴田と目が合った。彼女は息を切らしながらも、眉を吊り上げ怒りに満ちた表情で叫ぶ。


「早く助けてください、柴田さん!」


 その一言に、柴田の全身が震えた。「行かなきゃ」と心の中で反射的に思うよりも早く、彼は手にした杖を握りしめ、飛び出していた。



 柴田の近付く音を聞きつけたゴブリンの1匹が向き直る。ゴブリンは腰の鞘から短剣を抜き放ち、彼を威嚇するように叫び声を上げる。刃先を向けられて足を止める柴田。こちらもショートソードを抜くか、それとも杖で叩くか、突くか。どうしたらいいか迷うが、向こうからこちらへと近付いて来る。柴田は距離を取るように、杖を正面に突き出した。


「カボバコ!」


 そう叫ぶと、目の前のゴブリンは左半身を引きつつ錆びた短剣を振り回し、柴田に吠え掛かる。


「うぉ~~~」


 柴田も負けじと威嚇し返し、叫びながら杖の中央を掴んで仁王立ちに構え、身体の前で杖を回転させる。ゴブリンは驚き、思わず動きが止まるが、次の瞬間、片足を横に踏み出し、逆足をクロスさせながら剣を上下に振り続けた。


「カボバコ!カボバコ! 」


 何だかヒップホップダンスの動画で見たクロスステップのような動きだ。


「いぃ~あぁ~」


 柴田は足元から順に滑らかに体を左右に揺すると、その波を手元に伝えるようにして杖先を蛇の様に揺らす。身体が軽い。まるで若返った様に体が動く。


「カボバコ!」

「うっしゃぁ~」


 柴田とゴブリンがより難易度の高い動きで相手を威嚇しようとしていると、それを見た少女がキレた。


「あんた達、何ダンスバトルやってんのよ!」


 彼女は、上に乗っかっていたゴブリンを蹴り飛ばす。そのゴブリンは倒れないように手を空中で掻きながら後退し、柴田の目の前にいたゴブリンの尻にぶつかり転倒、それに巻き込まれたゴブリンもうつ伏せに倒れる。

 柴田は目の前に差し出された無防備なゴブリンの頭に一瞬躊躇するが、思い切って杖を振り下ろした。ドン!鈍い音が響き、ゴブリンはそのまま動かなくなる。


「クルッカ!」


 それを見たもう一匹のゴブリンは、痛そうな声をあげながら自分の頭を両手で抱え込む。その時、柴田たちの背後では、襲われていた少女が残ったゴブリンを押し倒して馬乗りになっていた。


「乙女にこんな事をして、覚悟はできてるんでしょうね!」


 少女はゴブリンの腰から短剣を奪い取ると逆手に持って、恨みを込めて何度も突き刺す。少女の恰好はもはや裂けた布が僅かに体に引っ掛かっているだけという全裸に近いものだが、その身体は土埃とゴブリンの返り血で汚れてエロよりもホラーだった。


「クルッカ!」


 柴田の前で転がっていた最後のゴブリンは、少女に刺殺された仲間を見て、恐怖に慄いたように頭を抱えたまま逃げ出した。そこでやっと緊張が解けたのか柴田の体から力が抜けて座り込んだ。

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