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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第2章 異世界生活編(読み飛ばし可)
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第27話 夕食作り

 昼食を終えた二人は、一抱えの薪だけ買って神殿に向かった。いつもより一時間遅れで写本を始めたが、神官のデニスさんは大して気にしている風でも無かった。少なくともこの仕事は、時間キッチリでやるような物ではないのだろう。

 この日、アヤナはデニスと市について話しながら写本を行い、二枚半の羊皮紙を完成させた。シュウは話すと手が止まるので、二人の会話には加わらず、黙々と写本を行ったが、完成させた羊皮紙は一枚半だけだった。シュウは薪を担ぎ、アヤナは街のパン屋で残ったパンを買って帰った。




 陽はすでに西の空へと傾き、街並みに長い影を落とし始めていた。空の端には、ほんのりと夕焼けの気配が滲み始める頃、シュウとアヤナは街の外れに借りたばかりの小さな家へと戻ってきた。

 家具はまだほとんどない。床に置いた荷物と、壁際に据えた簡素なかまど。調理器具は旅の間に使っていた小さな鍋と一本のナイフだけ。それでも、屋根があり、火があり、鍵のかかる扉があることが、何よりの安心だった。


 「それでは夕食は私が作りましょうか? ひょっとして自分で作りたい料理男子だったりしますか?」


 アヤナが軽く首をかしげながら尋ねる。


 「いや、作れるっちゃ作れるけど、簡単な物だけだからね。作ってくれるならお任せするよ。完璧女子に見えて、実は料理下手って事は無いんだろう?」


 「……完璧女子はありがとうございます。でも、料理下手なのでシュウのだけうっかり塩の分量を間違いそうです」


 「ごめん、ごめん。後で美味しいコーヒー淹れるから許して」


 「仕方が無いですね。まあ、私も一応、作れる程度ですが」


 アヤナはそう言って、小さな麻袋を開く。中から取り出したのは、干し肉、タマネギ、カブ、ニンニク、それに粒の粗い岩塩。彼女はタマネギを一つ手に取ると、シュウに差し出した。


 「これ、刻んでください。小さめに」


 「了解」


 シュウがナイフを手にタマネギを刻み始める。タマネギの汁が飛び、目に染みてくる。涙の浮かんだ目でアヤナを見ると、彼女は干し肉とカブを刻んでいた。あれ、目が痛くなるから、タマネギを俺に任せたのか?シュウは口にこそ出さなかったが、いまいち納得のいかない思いをしていた。

 食材を刻み終わると、二人でかまどの準備を始める。かまどの中に入れる薪は、市で買ったものだが、太さも長さもまちまちで、日本のキャンプ場で使うような整った焚き木とは違っていた。現代日本のコンロのように手軽に火の調節はできないので、かまどに入れる薪は少なめから始めることにした。

 火打石を使って火を起こすのはシュウの役目だった。火花が木くずに落ち、やがて藁に燃え移り、小枝に火がついていく。


 「こんなもんかな?」


 「もうちょっと、大きくしてください」


 「了解」


 アヤナの指示に従って、シュウが枝を少しずつ足し、火の大きさを調節していく。やがて、火の上に置かれた小鍋の水がぐつぐつと音を立て始めた。アヤナは干し肉を鍋に入れ、しばらく煮込む。肉から出る旨味で、湯がじわじわと色づいていく。木の匙で味を見たあと、刻んだタマネギを加えた。


 「そこのニンニク、ひとかけら潰してください」


 「え? 自分で潰せば?」


 「だって、手に匂いがつくじゃないですか」


 「え~っ、臭くなるから俺にさせるのか?」


 「早くしてください。タマネギが煮えちゃいます」


 「はぁ~、分かったよ……」


 ぶつぶつ言いながらも、シュウはニンニクを潰して渡す。アヤナはそれをカブと一緒に鍋に入れ、さらに煮込んだ。やがてカブが柔らかくなり、スープが完成に近づく。最後に、粗塩の粒をナイフの腹で押しつぶし、慎重に鍋へ加える。木匙で味を確認すると、小さく頷いた。

 アヤナが出来上がったスープを木の深皿によそい、二つの器をテーブルに並べる。その間にシュウは木の平皿にパンと、今日買ったチーズをひと固まり切り取ってのせた。二人は目を合わせると、椅子を引いてそれぞれテーブルにつく。




 「「いただきます」」


 シュウは木匙を使って、スープを一口すくう。それから息を吹きかけて、適当に冷ましてから少しだけ口に含んだ。うん、普通だ。シュウは思った。決してマズくはない。慣れない食材でこれだけ作れれば上等だろう。とはいえ、白楡の館亭の食事程ではない。だが、シュウは真っ正直に答える事はなかった。


 「おっ、美味いよ。アヤナ。さすが完璧女子」


 ちょっと調子に乗るシュウに、アヤナは自分でも味わってから淡々と言った。


 「ありがとうございます。でも、普通ですね。普通の食材で、普通に作ったのですから、普通の味ができれば十分なのですが」


 「でも、ほら。安心する味で、僕は好きだよ」


 言ってから、変な誤解をされないか心配になるシュウ。そっとアヤナの様子をうかがうと、彼女はニコリと笑う。


 「ありがとうございます。さて、今日は初めてコーヒーを売ってみて、何か気になる事はありましたか、シュウ」


 「そうだな。足を止めて飲んでもらうのが、まず難しかったよな」


 「そうですね。飲んだ事のない物を飲ませようと、警戒心を解いて飲む気にさせるのは大変ですよね。そこは数で補うしかないでしょうね」


 「それから飲んでもらっても、気に入ってくれる人は少なかったかな。俺も今ではコーヒーが好きだけど、子供の頃に飲んだ時は何でこんなものをと思ったから分からなくはないけど」


 「ああ、なるほど。この世界は庶民も手を出せる甘みは少ないですから、子供に飲ませる甘いミルクコーヒーのような味の方がウケが良いかもしれませんね」


 「まあ、ね。でも、あまり目立たないように、甘すぎないようにしなきゃいけないだろう」


 「そうですね。もともと甘みは少ないのですから、私達の口で僅かに甘いと感じる程度が良いでしょうね」


 「アヤナは、やってみてどうだった?」


 すごくふわっとした質問で、自分が恥ずかしくなったシュウだが、アヤナは意図を読み取って答えてくれた。


 「甘味にお金を使えるのは、街の主婦と職人、商人達でしょうね。この時代の食料生産力から言って、人口の九割が農夫でしょうし、街中に限っても七から八割はそうでしょう」


 「購買層の話か。それで言えば、顧客になりえるのは道行く人の二から三割という事なのだろうね。そしてその中で、コーヒーを気に入る人はその内、二割もいれば、つまり全体の四パーセントとかいうオーダーなのかな」


 シュウは自分の顎に手をやって、考えながらしゃべった。


 「私が言いたいのは、主婦のグループでもリーダー格の人が気に入ってくれれば、その集団が飲む可能性が高いということ。見習いや弟子を引き連れた職人や商人のグループなら、職人や商人本人ということになるでしょうね。つまり、キーマンにコーヒーを届かせるのが課題でしょう」


 アヤナはまるで、営業かマーケティングの人間、シュウにはそう思えた、のようにつらつらと解説する。シュウはつい思った事を口に出してしまった。


 「……前から思ってたけど、アヤナって頭よさそうな話し方するよね。女子高生じゃないみたい」


 シュウに悪意はなかったが、それを聞いたアヤナが冷たい笑みを浮かべた。


 「女子高生なのに、頭の悪そうな話をしなくてすいませんね」


 「ご、ごめん。そういう意味じゃなかったんだ。それで明日からはどうすればいいと思う」


 慌てて謝りながら話をそらそうとするシュウ。アヤナは片目をつぶり、もう反対の眉をピクリと上げる。


 「まあ、いいでしょう。明日からはコーヒーを一杯銀貨一枚で売りますが、主婦のグループリーダーや職人や商人本人には、割引や無料で提供してでも飲ませる事ですね。もちろん、他の人達まで値下げすると利益は出来ませんから、そういう雰囲気にならないように話を運ばなければいけませんね」


 「うへ、難しそうだな」


 「そうですね。それは私がやります。ですから、シュウは私の護衛をよろしくお願いしますね」


 「ああ」 シュウは、自分が離れた隙にアヤナが襲われそうになったことを思い出した。


 「明日からは離れないようにするよ」


 「よろしくお願いします」


 シュウの言葉に、アヤナは珍しく深々と頭を下げた。




 それから二人は、市の様子について「あれが面白かった」「次はあれを買いたいね」などと、楽しげに話し合った。食事を終えると、皿や木匙を桶に片付け、再びテーブルについた。そして、シュウが召喚したコーヒーを飲むことにする。夜に眠れなくならないよう、コーヒーは少し薄めにし、甘みをやや多めにしてある。

 シュウは異世界の屋台や市の景色を頭の中で反芻しながら、熱めのコーヒーを口に運び、こう言った。


 「う~ん、この瞬間が世界を名作にする」


 アヤナが柔らかく微笑んだ。


 「ふふ、その名作に私はいますか」


 シュウも微笑んだ。


 「もちろんだよ。むしろ主役じゃないかな」


 二人が初めてコーヒー屋台をした日は、こうして終わった。




 翌朝、シュウが目を覚ますと、アヤナはすでに起きて屋根裏で裁縫に取りかかっていた。シュウは軽く声をかけて、近くの井戸まで水を汲みに出かけた。戻ってくると、ふと両隣の家に目が向く。そういえば、引っ越してからまだ挨拶に行っていなかったな――。


 白楡の館亭の女将によれば、片方の家には靴直し職人の夫婦が、もう片方には行商の夫婦が住んでいるらしい。もっとも、行商の夫は旅に出ていることが多いそうだが。「引っ越しそば」ならぬ、ちょっとした土産でも持って挨拶に行こうか――そうアヤナに相談しようと思いながら、家の中へ戻った。


 しかし、目に入ったのはかまどの上に残された昨日のスープ。シュウは思わず足を止める。異世界に来てからの騒がしい日々を思い返し、ようやく地に足のついた生活を送れていることを実感する。思えば、ここまで来るのも長かった。気がつけば、自然と口元に小さな笑みが浮かんでいた。


 体を拭こうとしたとき、ふと裏庭のことを思い出した。室内で水がこぼれないか気にするより、外の方が気持ちよさそうだ。裏庭は街の外壁に面しており、家が目隠しになっている。誰の目にも触れないだろう――そう思って、桶にタオル、着替えを手に裏口を開けた。


 そのときだった。隣の家の裏庭に目をやると、そこには全裸の男が、平然と体を拭いている姿があった。四十代くらいのやや小太りの、目の下に隈のある幸薄そうな男である。思わず固まったシュウだが、気まずさを感じながらもとりあえず挨拶をしてみる。


 「お、おはようございます……」


 シュウは躊躇したが、男同士だから見られても気にしなくて良いかと割り切って、そのままそこで体を拭くことにした。シュウの方から挨拶をしてみると、男はすこし時間をおいてから挨拶を返した。


 「おう。」


 男との会話はそれで終わってしまい、シュウはおずおずと服を脱ぐことにした。男二人が隣り合う裏庭で裸で体を拭く。その沈黙に耐えられなくなったシュウは、また自分から声を掛けてみた。


 「この街は長いんですか? 僕達、先日この街に来たばかりで、白楡の館亭の女将さんにこの家を紹介されたんです」


 「そうか」


 男は決してシュウを無視しているわけでは無く、自分からも何か聞いた方がいいかとソワソワしている様子を見せている。それでも、結局話しかけて来ないのは、彼が少し内気というか、話下手であるせいかもしれない。


 「じゃあな」


 男はシュウを気にしているようだったが、それからほとんど時間を空けずに逃げるように家に戻ってしまった。シュウは、ふぅと息をつく。その瞬間、背後から「あら」という声が聞こえた。シュウが振り返ると、男と反対側の家の裏庭に女が見えた。二十代後半くらいの、やや背の低い細身の女だった。

 「ひゅぅ」女はシュウの身体を上から下までじっくり見ると、口笛を吹く。「へゃ」変な声を上げたシュウは、慌てて体を隠そうとあたふたする。しかし、女はニヤリと笑うと、ワザと体をくねらせながら脱ぎ始めた。


 「ちょ、ちょっと待って下さい。僕がいるんですよ」


 「ハンっ、どこで体を拭こうが私の勝手だよ」


 シュウが慌てて止めようとすると、女は鼻で笑った。どこか蓮っ葉で、少しかすれたハスキーな声が耳に残る。


 「分かりました。僕がすぐに家に入りますから」


 「こっちも忙しいんでね。帰るなら、さっさと帰りな」


 シュウはその言葉に気を取られつつ、裏庭に置いた服と手ぬぐい、水の入った桶を慌ててかき集め、家の入口へと駆け出した。


 「シュウ、少し急いでください」


 シュウは隣の庭の女性に気を取られていて、アヤナが家から出るのに気づかなかった。声をかけられてやっと気づき、慌ててブレーキをかけて衝突は避けたが、持っていた服と桶を落としてしまった。「ひゅぅ」アヤナはシュウを上から下まで眺めてから、口笛を吹いた。


 「ちょ、見ないでくれよ」


 「私も見られているので、おあいこですよ」


 慌てるシュウにアヤナは涼しい顔だ。そしてふと、イタズラっぽい笑みを浮かべ、小声で囁く。


 「大丈夫、キモいとか言いませんから」


 そう言ってアヤナは、親指で中指を押さえ、勢いよく指を弾いた。


 「おうっ」


 シュウが苦悶の声を上げると、隣の女が「ひゅぅ。熱いねぇ~」と再び口笛を吹いた。

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