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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第2章 異世界生活編(読み飛ばし可)
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第20話 お部屋探しなら(3)

 翌朝に借家を紹介されると聞いたシュウとアヤナは、その日はそのまま部屋に戻った。アヤナは翌朝にテントを補修しておくと言ってベッドに身体を横たえた。シュウは夜にアヤナを見るのは、理性を試されて危険だと思ったので、部屋に戻ってからはあまり彼女に目を向けずに寝る事にした。




 翌朝、木枠の窓越しに陽の光がやわらかく部屋へ差し込んでいた。アヤナはその光に導かれるように目を覚まし、薄手の毛布を肩から滑らせると、静かに身を起こした。まだ静まり返る宿の一室。板床の上で丸まっているシュウの寝息が、ゆるやかに時間を刻んでいる。

 アヤナはシュウが寝ているのを確認すると、背負い袋から中心を縫いわせたワンピースとスモックを取り出しベッドへ並べる。替えのスモックは元々四着あったので、二着ダメになってもまだ三着残っている。それからアヤナは再びまだシュウが寝ているのを確認すると、早着替えを始めた。


 まず、昨日から着ている、ずん胴スタイルの灰色のリネンのワンピースに手を掛けた。シュウと同じ部屋で下着だけで寝るのに抵抗があった為、ワンピースを着たまま寝ていたのだった。そのままワンピースを脱ぎ、続けてスモックも脱ぐ。スモックの裾はふくらはぎまでしかなく、これが下着代わりとなっていた。

 異世界に来てから、この辺りの文化に合わせてなのか、ブラもショーツもないので、アヤナが着ていたのはこれで全部だ。アヤナも股間がスースーするのは気になってはいたが、ワンピースの裾は足首まであるし、現代の生地より厚く重いので、捲れて中を見られる心配はほとんどなかった。


 アヤナはチラリとシュウに振り向いて、まだ起きていない事を確認しながら、急いで新しく出したスモックを被り、それからワンピースを着た。これは継ぎはぎしたせいで、胸や尻が少しキツくなって身体の線が出やすくなったワンピースである。

 現代日本であればむしろ控えめな服であるが、この街のスタンダードと比べると刺激的なようである。これで外に出ると性的な視線を集めてしまうので、ずん胴ワンピを手に入れてからは完全に部屋着にしていた。シュウであれば、あまり見ないようにしているのが分かったので、彼の視線は気にしないようにしている。

 とにかく服のサイズも緩く、点数も少なかったので、アヤナの着替えは1分足らずで終わった。アヤナは元々効率よく行動して、時間を有意義に使う意識が強かったので、着替えは早い方だった。もちろん、シュウはまだ目を覚ましていない。アヤナはそれを見てホッとした。




 それからアヤナはまず、テントの裂け目を買い足した生地で補修した。これは中が見られなければいいので粗く縫った。その後、灰色のワンピースを型紙代わりに昨日買った生地で自分の新しいワンピースの裁断を行っていたが、それはシュウが起きるまでに間に合わなかったし、朝食の時間になったので途中で止めた。


 床で目を覚まし、伸びをしたシュウは、部屋に隅に置かれた補修済みのテントを見てからアヤナに声を掛けた。


 「おはようアヤナ。テントを直しておいてくれたのか」


 アヤナはハサミと裁断中の生地を片付けながら、シュウに挨拶を返す。


 「おはようシュウ。ええ、自分の服にも手を付けていましたが、もう朝食の時間ですね。下に行きましょうか」


 「そうしよう」


 シュウは先に部屋を出て、アヤナが灰色のずん胴スタイルのワンピースに着替えるのを待ち、彼女が部屋から出て来てから二人で食堂へと降りるのだった。




 朝の光が白楡の館亭の木枠窓から差し込み、食堂の使い込まれたテーブルに並んだ木皿の上で柔らかく揺れていた。シュウとアヤナは昨夜の残りのスープに雑穀パンを添えた質素な朝食を終え、湯気が立ちのぼるコーヒーを手にしていた。宿の女将は、二人が食後の一息をついたのを見計らったように、腰に手を当てて話しかけてきた。


 「ねえあんたたち、借家の話だけどね」


 年季の入ったエプロンを揺らしながら、彼女は続ける。


 「一軒空き家があるのよ。うちの裏の街壁沿いにね。あそこ、前は雑貨屋の親父が住んでたんだけど、去年の秋の終わりに街の南の親戚んとこへ引っ越しちまって、それからずっと空いてるの。ちょっと外壁がくすんでるし、窓枠は少し歪んでるけど……雨漏りはないって話。少なくとも“ひどくは”ないわ」


 雨漏りはひどくはない、というところでアヤナがそっと眉をひそめた。雨漏りのある物件である事が容易に想像できたからだ。シュウは無言で女将を見つめたまま頷く。


 「でね、家主が言うには、保証金はなしで月銀貨八十枚でどうかって。ここらは治安も悪くないし、いい値段だと思うわよ。アンタ達はちゃんと家賃を払いそうだから、私も安心して紹介できそうだしね」


 「銀貨八十枚ですか」とアヤナが小声で繰り返した。


 「外からはちょっと古びて見えるけど、中は意外としっかりしてるのよ。まあ、掃除はちょっと必要だけど」


 「見に行ってもいいですか?」とシュウが口を開く。


 女将はにっこりと笑い、すぐに腰のポケットから鍵を取り出してテーブルに置いた。真鍮の鍵は使い古されて、ところどころ光沢を失っていた。


 「もちろん。どうせ裏手だし、すぐ見てこれるわ。気に入ったら、そのまま話進めておくけど、どうする?」


  シュウとアヤナは互いに視線を交わし、小さく頷き合った。少し古びた借家――だが街の中、そして宿のすぐ裏という立地の良さ。安定した生活の足掛かりに、悪くない選択肢だと二人は直感していた。




 白楡の館亭の裏手を抜け、街壁沿いの石畳の小路を進むと、目指す借家が現れた。シュウの腰辺りの高さの柵に囲われ、真ん中に錆びた蝶番のついた同じ高さの木戸が付いている。その木戸からほとんど一歩程で母屋の戸に辿り着く。

 その狭い前庭の暗褐色の土には雑草がところどころ生え、隅に壊れた桶や木箱が転がっていた。母屋の板壁は風雨に晒され草臥れ、くすんでおり、藁葺きの屋根はすっかり変色して今にも崩れそうだった。




 中に足を踏み入れると、空気がひやりと冷たく、埃と古い薪の匂いが鼻をつく。中はやや横長の長方形の仕切りのない1つの部屋で、床は土が剥き出しとなっている。左側には石組みの簡素な炉があり、その周囲の木壁は煤で黒ずんでいた。割れた甕や食器の欠片が散らばり、奥には壊れかけた木の棚もある。

 中央にはかなり古びていたが、幸いにもまだ壊れていない木のテーブルと二脚の椅子があった。右側にはかつて寝床として使われていたであろう藁がそのまま敷かれている。湿気を吸って腐りかけた藁は、黒ずみ、ところどころにカビが生えており、その腐敗した臭いがわずかに漂っていた。


 「……狭いけど、お安い借家ならこんな物かな」とシュウが呟く。


 部屋の奥には梁を渡して作られた屋根裏への梯子があり、近付いたアヤナが見上げる。


 「ちょっと、上を見てきます」アヤナがそう言って梯子に手を掛けた。


 「危ないんじゃないか。僕が先に見てくるよ」そう言うシュウに、アヤナが首を振る。


 「いいえ、私の方が体重が軽いですし、屋根裏を使うのは主に私になるでしょうから」


 それだけ言うと、アヤナはやや強めに梯子を揺らして壊れないか確かめ、それから恐る恐る登り始めた。下から見上げるシュウだが、アヤナのスカートは足首まで裾があって中は見えない。ただ、長いスカートのせいで足の動きが制限され、梯子は登りにくそうではあった。

 それからアヤナが屋根裏に消え、そこを歩いているのか、ギシギシという音と共に天井が僅かにたわみ、埃が落ちてくる。「うへっ」シュウは変な声を出した。彼は落ちてくる埃から避難しようとするのだが、偶然なのかそれを追うように彼の真上から埃が落ちてくる。

 シュウが頭や服に積もった埃を払っていると、やがてアヤナが渋い顔で梯子を下りてきた。髪や袖には埃がまとわりつき、頬には黒い煤がついている。


 「どうだった? やっぱりダメそうか?」

 そう声をかけるシュウに、アヤナは答えず、体についた埃を淡々とはたき落としていく。少し間をおいてから口を開いた。


 「汚れはひどかったですけど、掃除すれば住めないことはありません。雨漏りの心配は多少ありますけど……」


 その後、二人は壁や炉の様子を確かめ、前庭と同じくらいの狭さの裏庭も見て回ったが、全体としては及第点だと判断した。


 「……ここを借りよう」

 「そうですね。移住者の私たちに、これ以上の条件はなかなか望めないでしょう」




 シュウとアヤナが内見を終え、女将に借りたいと申し出ると、彼女はうなずいてから上の階へと大声を出した。


 「ハンナーっ、ハンナーっ」


 しばらくすると、上の階から少女が顔を出す。宿で掃除などをしている少女だ。


 「かあさん、何か用事?」


 「この夫婦がエルドさんの家を借りたいって言うから、呼んできとくれ」


 「はぁ~い」


 少女は女将の要件を聞くと、大きな声で返事をしてから宿から出て行った。


 「家主さんをここに呼ぶのですか? 私達が行っても良かったのですが」シュウが申し訳なさそうに言うと、女将は顔の前で手を振ってた。


 「家を借りるなら私が証人にならなきゃいけないからね。私はあんたらの契約の為に、わざわざ宿を出たりできないよ」


 「証人ですか」シュウは意味が分からずボソりと言ったが、それ以上追及はしなかった。




 ほどなくして、ハンナと一緒に小柄で背を丸めた壮年の男が白楡の館亭へ現れた。腰には油染みの目立つ革の袋を提げ、顔の皺の奥からは警戒心と商売慣れした視線が覗いていた。


 「あの家を借りたいってのは、お前さんたちかい? 俺は皮なめし工のエルドだ。もっとも今では仕事はしてなくて、何軒かああいう家を貸して暮らしてるがな」


 「僕はシュウ、こっちは妻のアヤナです。僕たちは最近この街に移住してきて・・・」


 男の言葉にシュウも自己紹介を返そうとしたが、それは男に遮られた。


 「ああ、長い話は嫌いなんだ。白楡の館亭の女将の紹介なら信じるよ。家賃は月に銀貨80枚で、壊したものがあれば弁償してもらう。それでいいな。」


 「はい」自分達の素性するら聞かない家主に戸惑いながらシュウが答えると、そこで女将がパンパンと手を叩いた。


 「じゃあ、契約は成立だね」


 「えっ、それだけですか? 契約書とかは?」


 女将が契約の成立を宣言したが、シュウは日本と違う商習慣に思わず疑問の声を上げてしまう。


 「契約書! どこの御殿を契約する気なんだい。あんな家一つで一々契約書なんか作ってられないよ」


 「おい、あんな家とは何だ」


 女将が呆れたように言うと、その言葉にエルドが怒り出した。だがシュウもアヤナもあんな家という表現には心の中で同意してしまう。


 「つまり、契約の要件は口頭での契約内容の確認と証人の立ち合いだけという事でしょうか」


 「あんたの嫁は難しい事を言うね。でも、どこだってそんなものだろう?」


 アヤナの確認に、女将は目を白黒させながら肯定する。それからエルドに今月分の家賃を払って賃貸借契約は成った。

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