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この瞬間が世界を名作にする。~異世界でコーヒーを飲もうよ~  作者: きゅっぽん
第2章 異世界生活編(読み飛ばし可)
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第14話 職人街でお買い物

 シュウとアヤナは、大通りを離れて職人街へと足を進めた。大通りとはまったく異なる雰囲気の通りが広がっていた。舗装された道は所々で石が欠けており、歩くたびにわずかな音を立てる。両脇には職人たちの店が立ち並び、店先には木製の看板や布が掛けられている。大通りの華やかさとは裏腹に、こちらの通りはどこか素朴で実直な雰囲気を持っていた。


 「大通りとはずいぶん雰囲気が違いますね。」アヤナは周囲を見回しながら言った。


 シュウも頷きながら答えた。「うん、確かに。大通りとはちょっと違う雰囲気だな。職人街っていう感じだ。」


 ほとんどの店が職人の作業場を兼ねており、開け放たれた扉や窓から、中で職人たちが黙々と作業する様子が見える。革がなめされ、金属を打たれ、木が切切り落とされている。店の前には木箱や荷車が置かれ、時折、それらが運ばれて行く。


 しばらく歩くと、アヤナが店先に掲げられた看板に目を留めた。「あそこ、仕立屋みたいね。行ってみましょう。」


 看板には糸巻きと針が描かれいた。店内からは布の匂いが漂い、軽やかな音とともに職人の手仕事が続いているようだった。二人はその店に近づき、扉を開けて中に入った。




 シュウとアヤナが店に足を踏み入れると、すぐに目の前に職人がいた。年季の入った白い作業着を着た中年の男性が、手に持つ針の動きを止めて顔を上げる。


 「いらっしゃい。仕立屋のバーナードだ。服を作るのかい?」職人が手を止め、こちらを見上げた。


 アヤナは少し躊躇しつつも、服の要望を伝えた。「私はアヤナ、隣は夫のシュウです。これからの季節に合う私の服を一つ欲しいと思っています。動きやすくて丈夫なものがいいんですが、どのくらいかかりますか?」


 職人は腕を組み、少し考え込んでから答えた。「それなら銀貨20枚からだな。生地や仕立て次第でもっとかかることもある。」


 アヤナはその金額に渋い顔を見せつつ尋ねた。「もっと安くはできませんか?」


 職人は肩をすくめる。「一番安い生地で装飾も一切なしなら銀貨10枚くらいでもできるが。それ以下は……自分で布を買って縫うしかねえな。」


 アヤナは少し考えた後、静かに頷いた。「銀貨10枚でお願いします。」


 職人は「まいど」と短く答え、じっと彼女を見た。


 「あんた、胸と尻が普通よりあるな。一応、採寸しとくか。」


 アヤナの眉がわずかに動いたが、すぐに平静を装い、隣のシュウをちらりと見た。シュウは気まずそうに目を逸らし、咳払いをする。職人は特に気にした様子もなく作業台の上から麻紐を取った。


 「じゃあ、ちょっとこっち来な。すぐ終わるから。」


 アヤナは職人の前まで行った。「後ろを向いた方がいいかしら」


 「いや、そのままでいいぞ。ちょっと腕を上げてくれ。動くなよ。」


 職人はアヤナの問いを否定して、正面から背中に麻紐を回し、彼女が腕を上げたところで胸の前で紐を止めた。


 「ひゃっ」アヤナが驚いて声を上げる。彼女の頬が紅潮する。シュウの目には、麻紐で縛られた彼女の胸がぽよんと形を変えたのが見えた。


 「何だ。これぐらいで騒ぐなよ。」職人は動じることなく麻紐にチョークで印を付け、再びアヤナの体に紐を回すと腰回りに紐を掛ける。下腹部の前で紐を交差して止められた時、アヤナは顔を引き攣らせたが、職人は再び麻紐に印を付けると彼女からアッサリ離れた。


 ウェストを測っていないのは、胸と尻だけ触りたかったというわけではなく、現代のような立体的な裁断をするわけでは無いので、身体で一番幅のあるところだけ分かればいいのだろう。いや、胸を二、三度測り直していた様に見えたのは、ついその胸の感触に惹き付けられてしまったせいか。

 シュウは見た。今、アヤナが着ている女神が用意したという服は、あまり目立たない程度に立体裁断が入っている。そのせいでウェストは少し引っ込んでスタイルを良く見せている。だが、一度切られて縫い合わせたせいか、身体に合わされていた服は胸と尻にやや余裕が無くなり、その輪郭がさらに分かりやすくなっていた。

 そういえば宿を出た後、アヤナに振り返る男達が多かったような気もしたが、それは彼女の美貌だけが原因ではなかったのかもしれない。日本で見慣れた女性の服と比べれば、全然身体の線も出ていないのだが。


 「だいたい上下とも90センチくらいか、やっぱり大きいな。身幅は大きめに作るか」


 「わーっ、わーっ」突然サイズを公開されたアヤナが真っ赤になって声を上げ、慌てて手をバタバタと振る。シュウはこんなに慌てたアヤナは初めて見たと少し面食らう。ゴブリンやハーピーにもここまで慌ててはいなかっただろう。いや、ウソだ。さすがにゴブリンの時はもっと必死だったか。


 「おい、どうした。そりゃ、大きいっちゃ大きいが、あんた背もあるから太すぎるって事はないぞ。ふう。全く、生娘でもないだろうに。」職人の言葉にシュウは、アヤナは処女かもしれないと思ったが口には出さなかった。


 職人は慌てるアヤナに戸惑ったのの、一息吐くとアヤナの尻をパンと叩こうと手を上げて、シュウに目を向けてから何もしないで手を下げた。シュウはアヤナの採寸やサイズ公開に気まずい思いをしていたが、元の年の差から娘を粗雑に扱われた親のような心境で職人に険しい視線を向けていた。

 職人は測った長さをすぐに手元の木板に書き留めると、アヤナを見上げた。さすがの彼もアヤナとシュウの様子に気圧され、ゴホンと咳払いをしてから口を開けた。


 「あ~、簡単な仕事だから今日の夕方までには仕上げといてやるよ。前金で銀貨5枚は置いて行ってくれ」


 アヤナは眉間に皴を寄せながら「お願いします」と言い、銀貨を払うとシュウとともに仕立屋を後にした。後ろからは「全く何だってんだ」とぼそりと聞こえた。




 仕立屋から出たアヤナは明らかに機嫌が悪い。「あ~」「忘れて下さい」シュウは何を言うか考える前に口を開いたが、アヤナがピシャリとそれを遮った。シュウは肩を竦ませる。「分かったよ。それで、まだ昼まで少し時間がありそうだけど、どうしようか?」


 アヤナは少し首を傾げ、軽く指を折りながら必要なものを数え始めた。

 「広場で屋台を出す場合、最低限の備品として、立ち飲みできるテーブルが一つと、シュウの召喚を隠すためのテントが一つ必要ですね。それから、木製の杯が五個。召喚したカップですと違和感を持たれたり、消えてしまうと危険ですので。」


 シュウは「なるほど」と頷きながら、アヤナの言葉を待った。


 「それから、杯を洗うための水桶とたらいも必要でしょうか。」アヤナは周囲を見渡しながら続ける。「せっかく職人街まで来たのですから、それらが幾らくらいで売っているのか確認していきましょう。」


 「それでいいよ。」シュウは軽く頷きながら同意したが、ふと疑問が浮かんだように首をかしげる。「ん~、テントってどこで売ってるのかな? 日本みたいなアウトドアショップとかないだろうし。」


 アヤナは少し考えた後、シュウの方を向いて左の眉をピクリと上げた。「そのあたりも聞いてみましょう。」まだ、機嫌は直っていないらしい。




 シュウとアヤナは職人街を歩きながら、店々の内部の様子がうかがって行く。するとその一つで開け放たれた扉の向こうに、椅子や棚などの家具がいくつか並べられているのが見えた。奥では職人が木材を削っており、木の香りが漂ってきた。


 「ここなら立ち飲み用のテーブルや水桶があるかもしれませんね。」アヤナが言い、二人は店の中へと足を踏み入れた。


 店内の中央では年配の職人が作業しており、その周囲には台に置かれた大工道具が整然と並んでいる。壁際には木製の家具がいくつか置かれ、さらに奥には椅子やテーブルが雑然と積まれていた。


 「いらっしゃい、何かお探しかい?」職人が顔を上げて低い声で尋ねる。


 アヤナは軽く会釈しながら答えた。「はい。飲み物を提供する屋台を考えているのですが、立ち飲み用の小さなテーブルと、杯を洗うための水桶やたらいを探しています。こちらにございますか?」


 職人はアヤナの顔をじっと見ながら言った。「どんな大きさでも、注文してくれれば作るぜ。」そして部屋の隅を指さし、「あとは、そこに積んであるやつの中にちょうどいいのがあれば、それを売ってもいい。」と付け加える。


 「ちょっと見せて頂いてもいいですか」「ああいいぜ。」


 アヤナがそう断り、職人の了承を得ると、二人は店の奥へと進み、隅に積まれた家具を見て回り始めた。積んである家具は明らかな補修の跡がある物、傷がそのまま残っている物、足が折れてそのままでは使えそうもない物ばかりであり、恐らく中古品なのだろう。

 アヤナはその中から、高さ90センチほどの丸テーブルを見つけた。表面に多少の傷はあるものの、しっかりとした作りで、屋台で使うには十分そうだ。


「これ、おいくらですか?」アヤナが職人に尋ねると、職人はちらりとテーブルを見て答えた。「銀貨3枚だな。」


 アヤナは少し考え込む。中古にしては高い気もするが、きっと新品を注文するよりは安いのだろう。その横で、シュウがふと思い出したように口を開いた。「そういえば、小さめのテントってありますか?」


 職人はしばらく考えるように視線を上げた後、「たしか中古のがあったはずだ。ただ、布の補修が必要だな。」と言いながら、奥の棚から畳まれたテントを取り出し、広げてみせた。

 二人が近づいて確認すると、布の一部に大きな裂け目がある。ただ縫い合わせるだけでは難しく、別の布を当てて補修する必要がありそうだった。「これで銀貨5枚だな。」職人が値段を告げる。シュウとアヤナは顔を見合わせる。


 「あと、水桶やたらい、木の杯なんかも探しているんですが。」アヤナが尋ねると、職人は「ああ、あるぞ。」と言い、奥からいくつか持ってきた。どれも素朴な作りだが、しっかりとした木材でできている。

 シュウは何となく新婚夫婦が家具をそろえる為に買い物しているみたいだと思ったが、もう50過ぎの自分が女子高生相手にそんな事を考えるのも馬鹿馬鹿しいし、それを口にすれば白い目で見られることは明らかだと思ったので黙っていた。


 それよりもシュウはここに置かれた物に少しワクワクしてた。日本で見かける家具は、木製であっても規格通りの同じ形の物が並び、ニスが塗られていたり、木目のシートが貼られていたりで何の匂いもしない。変な言い方だが、死んだように無機質な感じだった気がする。

 しかし、ここに並ぶ家具はどれも塗装はなく、磨いただけの木の地肌が露出していて木っぽさが違う。また同じ仕様で作ったつもりでも、一つ一つ手作業のバラツキが残り、生きている個性のような気がした。

 何だかここで家具を物色していると、古道具屋やアンティークショップで宝探しをしているような気分になる。


 二人は品物を一通り確認していたが、ちょうどその時、遠くから神殿の昼の鐘が響いてきた。それを聞いたアヤナはシュウと顔を見合わせると、「お昼ですね。ここはそろそろ出ましょうか。大体必要な物の値段は確認できましたし」と小さく頷いた。


 「そうだね。神殿に行く前に何か食べておきたいし。」シュウも同意し、アヤナが「すいません。午後は仕事があるので、また来ます。」と職人に断りを入れる。二人が店を出ると、職人は舌打ちしそうな顔で見送って、前にしていた作業を再開した。

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