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8話


 校門の真横を通りかかった際に嫌に聞き覚えのある声に呼び止められる。


 いやいや、ありえないだろ。 そんな。 もう勘弁してくれよ。


 足を止めて機械の如く首を横に向け、苦虫を噛み潰した顔で変人の方へと視線を向ける。


 うん。 満面の可愛らしい笑顔だ。 きっとあんな笑顔を向けられる彼氏はこの世界で最も幸せに違いない。 そう思いながら俺は後ろを歩く一年の肩を叩く。


「ほら、彼女さんが呼んでるぞ?」


「え? 俺? やっぱり俺だったかな? 教えてくれてありがとう! じゃあな親友!」


 うんうん。 うん? なんか距離近すぎね?


 気のせいだろうと聞き逃して俺は力強く頷いてから鼻の下を伸ばす男子生徒に早く行けと言わんばかりに背中を叩く。


 運命ってのはいつも突然だ。 期待と希望に胸を膨らませる高校生活の始まり、そこで出会う不思議な美少女。


 なんとも絵になるシチュエーションじゃないか。 俺がこの一年生と同じ立場だったら心踊っていたに違いない。


 別に変人の相手を押し付けた訳じゃない。 夢を見せてあげたのだ。


「さて、今のうちに帰るとするか」


 男子生徒を促している間に駆け寄ってきていた一之瀬は強く握った拳で夢と希望に向かって走り出した男子生徒の顔面を勢い良く殴って吹っ飛ばす。


「誰じゃオラ!!」


 その場で勢いよく後方に飛ばされる男子生徒。


「え? 俺じゃないの? てか、君、可愛いけど俺のタイプじゃないや! ごめんね!!」


 倒れた男子生徒が冷めた態度で率直な感想を一之瀬に伝えると、一之瀬は相当不服だったのだろう。


 腕を後ろに組みながら吹っ飛んだ男子生徒にふらふらと近づいて、小悪魔的にあざとい上目遣いして満面の笑みでそっか。と呟き豹変する。


「ならさっさと失せろ」


「うっす! じゃ! 」


 一之瀬が殺気立った目で威圧するが男子生徒は臆する事なくハキハキとした返事をしてからあっさりとその場から去ってしまった。


 これで邪魔者はいなくなりましたね?といつもの猫を被った顔で首を傾げる一之瀬にゾッとする。


「俺には変質者や電波少女の知人はいないのだが」


「私は変質者でも電波少女でもないですよ! せーんぱい?」


 なんだこいつ。 あざとく言ってもお前が今の今まで下校中の女子生徒たちを見て唾液垂らしていた行為が無かったわけにはならないんだぞ。

 

 本音はさっさと立ち去りたいが、コイツがどんな変人であろうと親が一之瀬誠である以上無視できないのが現実だ。


 確率だけで物を言うならありえないと嘲笑してやりたいのだが、もし、もしだ。


 本当に彼女が一之瀬誠の娘だったなら今の生活が脅かされるなんてことも十分に有り得うる。


 やっと手に入れた奇跡の日常、それを安易な言動によって脅かされるなんて堪ったもんじゃない。


 今は当たり障りのない言葉で合わせるのが無難か。


「何か用?」


「はい。 ちょっときてもらって良いですか?」


 なんで昨日会ったばかりの後輩に命令されなきゃならんのだと、内心不服の極みだが無視もできないから最低限の返事で答える。


「やだ」


『来てください』


 即答か。 眉が少しだけひくついているのを見るにさっきの男子生徒の件がより一之瀬の怒りに拍車をかけてしまったのだろう。


  あー。 もう何考えてるのか全然理解できないし、めんどくせぇ。


 とは言えないので取り敢えずこの感情を押し殺し、平然を装い。 無難な言い訳で即刻フェードアウトするのが妥当。


「俺予定あるんで、じゃ!」


 適当に遇って帰ろうと足を動かそうとするが、何故か昨日の告白の時と同様に全身に力が入らず身動きが取れなくなる。


 本当に特殊な力でも持ってるのではないかと疑いながら、俺はそのまま彼女に首根っこを捕まれ抵抗する間もなく人目のつかない弓道部室の裏に連行された。


 自分の意思ではまともに動けないので、最大限の抵抗として視線だけを逸らしていると、俺の背後にある壁に手を押し当てて本性を顕にする一之瀬がドスの効いた声で迫ってくる。


「先輩は何で私の邪魔ばかりするんですか?」


 厭悪を滲ませた顔で怒鳴られる謂れもなければ今回に関しては邪魔もなのにしてない。


 本当にただ帰宅しようとしただけなのになんで突っかかれなきゃいけないのか、その理不尽さに無性に腹が立つ。


「待て待て、俺が何したよ。 今回に関しては別に告白もしてなけりゃただ下校しただけだろ」


「惚けないでください。 先輩が盧先輩と葛城先輩の仲睦まじい下校イベントに現れている時点で何を言おうが確信犯そのものですよ」


 仲睦まじい下校イベントってなんだよ!!


 この自称後輩が何を言っているのかさっぱり理解できない。 もしかして昨日俺の告白を邪魔した時に自信満々に言っていた百合センサーとかいうものに異物として俺の存在が引っ掛かったとか?


「知らん知らん。 言いがかりもいいところだ。 そもそも俺は今日一日も盧とは話もしてない! てかなんで未練がましくあいつの後を追わなきゃならん。 俺はそこまで女々しくないし、いま帰るのも偶然だ」


「……無自覚ですか……」


 ボソリと呟く一之瀬にフラストレーションは更に増し、彼女が俺の話を一ミリも理解してないことを理解して腹が立つ。


「あのな。 なんでお前に気を遣って懇切丁寧に教えてやってんのに自覚無自覚の話になんだよ。 聞けよ人の話」 


「聞いた上での結論を述べてるだけですよ。 いや、そもそも好きでもない相手に告白をしようとする先輩が自分の気持ちを自覚できるわけないですもんね。 」


「お前喧嘩売ってんの?」


 流石に先輩としての威厳が問われると思い、少しだけ怒気を強めて睨みつけるが彼女は全く意に介していない様子。


 勝手に自分の世界に入ると一人ぶつくさと言い始め、自問自答を終えたと思えば意味不明な提案を俺にしてくる。


「そうだ! いいこと思いつきました! 先輩は恋をしたい、でもそれに付き合ってくれる人がいないから唯一の希望である盧先輩を忘れられないので後腐れが残ってしまう。 なので私が本当に付き合ってあげましょう」


「いや、忘れるも忘れないも、そもそもお前が余計なことしなければ今みたく関係が悪化することもなかったんだが? てか今なんて?」


 勝手に話を進める一之瀬に一から説明しようとしてみるが俺の話などはなっから聞く気はなった様で、何か覚悟した様子で頬を染めるものだから、もう怒るを通り越して彼女の言動が心配になってくる。


「あ! でもちゃんと付き合う上での条件は守ってくださいね? 一つは盧先輩と葛城先輩の神域……しかり、恋仲に邪魔をしないことと、二つは何があっても私の味方をしない事。 そして最後は。 私に恋をしない事です」


 少しだけ距離をとってから言葉を詰まらせる一之瀬の曖昧で悲哀を滲ませた表情に、俺は一之瀬カノンという少女が齢十七歳にも関わらず、既に自分の境遇と未来を受け入れていることを察した。


 恋をしないで欲しいと言った真意は、きっと許嫁でもいるという暗示なのだろう。 今の時代ありえないと一蹴したくなるが、人身売買なんて裏のある世の中だ。


 許嫁という概念が未だに残っているのはなんら不思議ではないし、だからこそ一之瀬が自由に恋愛のできない環境に置かれている事に同情すらできてしまう。


 が、同情と許諾は別問題だ。 俺が盧に告白をした目的はあくまで人を愛する価値を知りたいが為であって、一之瀬の提案する人を愛せない擬似恋愛に興味はない。


「もういい。 これ以上は付き合ってられねぇから帰らせてもらうぞ」 


 人の話を聞く気がない癖に自分の意思はしっかりと押し付けてくる後輩に嫌気がさしているのもまた事実なので、俺は彼女に白い目を向けた後にため息をついて、身体が動けるようになったか確認した後にその場を後にする。


「多分今の先輩じゃ、どうせ誰に告白したって付き合えませんよ?」


 背後から聞こえた冷めた一言に、俺の足がその場でピタリと動きを止める。 どうせ俺の気を引くための戯言なのだと割り切ってそのまま聞き流せば良いのに、何故か核心をついている気がして振り返ってしまった。


「なんでそう思った?」


「根拠はありません。 ただ強いていうのなら、先輩の目がここに来る前の私の目によく似ているからです。 自分を守ることは徹底している癖に、自分という存在を誰よりも優先していないそんな目です」


 新緑が敷き詰められた深閑の森の中、一切の足音を立てずにどうやって俺の背後を取ったのかは定かではないが、振り返ると同時に、真後ろにいた一之瀬が俺を覗き込んでいた。


 彼女の瞳は先ほどまで確かに黒かった。 しかし、今俺を見つめるその瞳は緑に澄んだエメラルドのように煌めき立ち、瞳孔は爬虫類のように鋭い有鱗目へと変化していた。


「お前、本当に人魚。 なのか?」


 気が動転してしまい、俺は反射的に一之瀬に昨日彼女が嬉々として自称していた人魚という言葉を口から溢す。


「だからそう言ってるじゃないですか。 私は人魚なんです……よ」


 驚きと恐怖のあまり、急いでその場から離れようと後退りをしていたその時、突然目の前に立っていた一之瀬が目を閉じて俺に方に倒れてくる。


「おい大丈夫か!」


 何が起こったのか分からず、慌てて一之瀬に声を掛けるが反応はない。


 先ほどまで普通だったのに急に呼吸を乱し、額に大量の汗を滲ませながら意識を失ってしまった。


 急いで保健室に運ばないと仮に一之瀬の身に何か大事があったら飼い主に何をされるか、考えるだけで背筋が凍りつく。


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