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7話


 何はともあれ一之瀬カノンの目的である俺の失恋は不本意ながらも果たされた訳だ。 今後向こうから関わってくる事はないだろうし、願わくば俺の人生において二度と彼女による干渉がない事を祈るばかり。


「行きたくない」


 何故今日は無条件にやってくるのだろうか。 燦々と世界を照らす太陽が頼んでもない光を浴びせる早朝、俺は新学期初日よりもずっと気怠い登校に肩を落とす。


 別に寝不足でも体調を崩したわけでもない。 理由は明白。 ただ単純に昨日の放課後、盧を体育館裏に呼び出しておいたにも関わらず、あの場に顔も出さずに帰った罪悪感からだ。


 別にあれ以外の選択肢を選んだとしても何かできたわけでもないし、どんな行動を選んだとしても結果が散々だったことに違いはないだろう。


 あの場で一之瀬に会わなかったなら盧と葛城の行動に裏切られた失望し、人間不信は更に悪化。 それはきっと俺の人生に長く尾を引く最悪の失恋になっていたと断言できる。


 かなり不服だが、そうならなかったことを加味すれば一之瀬の感謝しろという言葉を一概に否定できない。 皮肉にも昨日のあいつの行動は俺個人にとって間違いなく最善だったのだ。


 まぁ、だからって約束を破って盧を置き去りにした最低な事実は変わらないのだが。


 どうすればよかったのか? どうすれば今よりも良い結果を得られたのか?


 家に帰ってから何度も自分の行動を振り返り思案し頭を抱え、その度に行き着く最善が今である現実に後悔した。


 いや、でも、そんなこと関係ないだろ。 俺は昨日約束の場所へ赴くべきだったし、きっと盧の事だから約束を守って葛城と共に体育館裏で待っていたくれたに違いない。


 気まずさに後ろ髪を引かれてたどり着いた教室の前。 平常心を意識して、いつも通りの何食わぬ顔で扉を開く。


 心中鬱屈としながら入る教室、自然とクラス全体に目を向けるといつも通りの朗らかな様子で同級生と談話をして盛り上がっている盧の姿が目に入りつい普段と変わらない調子で挨拶しそうになる。


「おは……」


 言いかけた言葉を飲み込む俺の声に気が付いたのか盧がこちらを軽く一瞥してから視線を逸らした。


 本当になんて安易な考えで俺は彼女に告白をしてしまったのだろうか。 振られたところで友情は壊れない。 またいつも通りに接することはできる。 そう思っていた。


 あ、もう戻れないんだ。 全ては後の祭り、言いかけた唇を噛み締めて俺はそっと自分の席に着いた。


「それで? 省吾、盧とはどうなったんだ? って聞くまでもないか。 良かったね。 でも恨まれて背中刺されない様にね」


 大層嬉しそうな調子でやってきた慧は祝ってやると言わんばかりに俺の背中を勢いよく叩きながら声を掛けてきたが、今の俺には慧の良心が堪らなく苦痛で、そのまま机に勢いよく頭を叩きつけてうつ伏せになる。


「なんで刺されなきゃいけないんだよ」


「省吾は知らないんだろうけど盧と葛城ってめちゃくちゃモテるんだよ? ただでさえあの二人は百合?カップル?ってよく分からないファンクラブもあるくらいだからね」


「そんくらい俺でも知ってるよ、ガチ百合応援団だっけか?」


「そうそれ! よく覚えてんな」


 呆れ笑いをする慧を見て、うつ伏せのまま言葉を返す。


 水面下では盧と葛城をカップルと仮定して喜ぶ生徒が一定数居ることは昔から認知していたし、なんなら高校に上がって接触されたことすらある。


「てか百合の件は知っていたが盧や葛城が異性からモテていたなんて話聞いた事ないぞ?」


「そりゃそうだろ、だってお前が防虫剤的な役割をしてたんだから」


「防虫剤?」


 今まで俺を嫌悪する眼差しは度々感じていたが、まさか俺が防虫剤的な役割を担っていたなんて今まで全く気づかなかった。


「言われてみれば心当たりはあるな」


 俺、盧、葛城は中学からの腐れ縁で、きっかけは中学で所属していた陸上部の揉め事だった。


 少しうろ覚えだが盧をしつこく口説こうとする先輩から俺が彼女を助けた事だった気がする。


 あの時は全員同じ部活に所属していただけの赤の他人だったし、何より当時の俺は自暴自棄の転校生。


 両親を亡くしてから親戚に裏切られ、挙句闇オークションの売買にかけられたのだ。


 あの時の心の荒みようは言うまでもない。


 今でこそ幸い飼い主に買われて良かったなんて心穏やかに思えるが、当時は慣れない生活と極度の人間不信によって目に付く全てに噛み付いた。


 殴り合いなんて日常茶飯事、誰に何をしたなんていちいち覚えてないし思い出したくもない。


 正直盧を助けたのもただの気まぐれで、あの頃は本当にそれどころではなかった。


 数日後には溜まりに溜まったフラストレーションが爆発し、銅像の破壊へと発展。


 謹慎になってから部活は居心地が悪くなり退部、学校だけは飼い主の意向で仕方なく出席していたが毎日死ぬことばかり考えていた。


 いい思い出なんて何一つない。 色々あった中学は暗黒時代そのものだ。


 だがしかし、俺から見れば目を覆いたくなる過去でも、それが結果として周囲に伝聞され二人を護っていたのならな気分は案外悪くない。


「てか何でそんなにテンション低いんだよ? 告白したんだよね? もしかしてなんかあった?」


「闖入者に邪魔された」


 明らかに元気のない俺の様子を察知した慧が心配そうに声を掛けてくるので、無気力になりながらもごくごく端的に答える。


「闖入者?」


 余りにも言葉足らずな返答に慧は戸惑った様子で首を傾げた後、俺と盧の様子を見てからそのぎこちない距離感に目を剥いて驚愕する。


「いや、いやいやいや。 そりゃ無いでしょ。 絶対に脈あったじゃん、絶対に付き合える条件揃ってたじゃんか。 何をやらかした? 俺でよかったら話聞くぞ? 」


「いや、全部俺が悪いんだ。 また余裕ができたら話すよ」


 誰にも合わせられない顔だからと今日も慧を適当に遇らって、盧の方へとバレない程度に視線を向けて後悔と自責の念から嫌に長ったらしいため息をつく。


 本当は分かっているさ。 今すぐにでも彼女が居る席へと向かって昨日の出来事について謝罪をすべき事ぐらい。


 じゃあなんで行かないのか。 答えは簡単で、俺がどうしようもないヘタレだからだ。


 タイミングがあればと言い訳し、いざ機会が巡って来てもどうやって声を掛けていいのか分からないと理屈を並べて行動に移さない。


 一限、二限と無慈悲にも時間は過ぎ去り、クラスに漂う俺と盧のぎこちない距離感に慧以外にも感の鋭い人間が気付き始める。


 教室が不思議とさざめき立つ。


 昼休みには様子を見計らって初対面の奴らが男女共にひっきりなしに質問をしてきた。


 純粋な心配から好奇心、人によっては切願の眼差しを向ける奴までいる始末。 ここで馬鹿正直に言ったならそれこそ慧が言ったみたく刺殺される。


 さっきまで盧がクラスメイトから質問攻めを受けていたのにわざわざ俺のところに来たということは盧は何も答えなかったのだろう。


 彼女からすれば俺は約束を守らない最低な人間。 嫌悪され、嫌味を言われてもなんらおかしくない状況なのにそれでも彼女は昨日の事を誰にも口外せずに気を使ってくれているのだ。


 でないと愛想の良い盧ではなく無愛想な俺の方にわざわざ昨日何があったのかなんて聞きには来ないだろう。


 ただまぁ、俺に聞きにの来られたところで何も答えられないのだが……。


 そんなこんなで一日はあっという間に過ぎ、気がつけば時刻は17時を指していた。


 当然だが今日も授業には一切身が入らず、俺はなんて馬鹿なことをしてしまったんだと後悔に打ちひしがれる。


「今日が六限で終わった事が唯一の救いか」


 情けない思考に呆れていれば慧がホームルームを終えた後にそそくさと俺の元にやってきて自分がとったノートを押し付けてきた。


「お前、今日ずっと上の空だっただろ」


 その質問に乾いた笑いだけ返すと、舌打ちをしてから何も言わずに教室を出て行ってしまった。 きっと何かあったら頼れという意味なのだろう。


「本当。 お前は最高の親友だよ」


 あんまり友達にも心配かけさせるのは良くないし早く気持ちを切り替えないとな。 そう思うと閑散とした教室で自然と涙が溢れてきた。


 この感覚をよく知っている。 大切で、愛おしかった居場所。 当たり前だったそれがなくなった時に時間が経ってから初めて押し寄せてくる喪失感。


 俺だけ気が付かなかった。 俺だけ心地よかった。 きっと振られても変わらない日常が続くって、変わらない関係がそこにあるんだと思い込んでいた。 だけど違った。


 俺が彼女達の当たり前を邪魔して、俺が当たり前を奪ってたんだ。


「当たり前が、壊れる辛さを一番理解していた筈なのに……なんて馬鹿なんだ」


 誰も居なくなった放課後で声も出さずに枯れ果てるまで泣いた後、教室で帰りの身支度をしてから下駄箱で靴を履き替えていたその時、校門付近に見覚えのある後ろ姿が目に入る。


「あいつ、何してんだ?」


 嫌な予感がする。


 まさか俺を待ってる訳ないよな? 気のせいだ、だから大衆に紛れて帰ろう。


 バレないように細心の注意を払い、声をかけてくるなと念じながら俺は帰宅する為やむ終えず校門の方へと足を進める。


 ざわめく生徒の群れ。 奇異の視線を一身に受ける美少女は周りの事など一切気にせず、地べたに這いつくばりながら校門の柱から涎を垂らして何かを見つめている。


 こいつ、今日が登校初日だよな? どんな精神力してんだ?


 好奇心というか、怖いもの見たさというか、俺は見てはいけないと分かっていながらも少女の姿を一瞥してしまった。


 もし新入生に一之瀬と同等の変人が入学していたならと肝を冷やしたが、案の定一之瀬カノン本人で安堵した。


 見た感じ一之瀬は昨日と同様に自分の世界に完全に浸っている様子。 声をかけるなと言わんばかりに他者を寄せ付けないオーラが滲み出しているから、きっと俺にも気が付いていないだろう。


「ちょっと待ってください!!」


 何食わぬ顔でその意を汲み、大衆と同じように平然とそのまま通り過ぎようとした瞬間、呼び止める声と共に周囲の視線が一斉に俺の方へと向けられる。


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