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6話


「それで、三回目になるが君は誰?」


 店長から差し出されたコーヒーを口につけて何度目かの質問をするが、それでも自称後輩は不服そうにそっぽを向いたまま外を眺めている。


 よっぽど盧と葛城の事が気になって仕方がないらしい。 


 俺は息をするように自然とポケットからガラケーを取り出して無感情で人質に逆関節技を決める。


「待って! 本気で壊す気ですか!?」


「君は、誰?」


 慌てふためく後輩の事など一切無視して先ほどよりも酷くガラケーを軋ませて本来曲がらない方向へと圧力を強める。 ようやく本気度が伝わったみたいだ。 睨みつける最終警告。


 流石にこれ以上は有耶無耶にできないと悟ったのか深いため息と同時に自称後輩は不服そうに重たい口を開く。


「私の名前は一之瀬カノン、人魚です。 一応は明日貴方の学校に入学する予定なので歴とした後輩ではありますよ」


 嘘では無いのだろう。 認めたくはないが彼女ほどの美少女の噂を慧の口から今まで聞いたことが無かったのが不思議だった。


 しかし、なるほどな。 あいつが今朝言ってきた新入生ってのはこの子の事だったのか。 


「って、ん? 一之瀬……? 一之瀬グループの?」


 色々と聞き捨てられない単語を発する彼女の口から出てきたその苗字に俺は耳を疑って反射的に鸚鵡返しをすると、同時に厨房から陶器が割れる音が聞こえきた。


 一之瀬なんて苗字日本には星の数ほどいるだろうになんでそう思ったのか分からない。 ただ何となく、こじつけで聞いた俺の質問が明るかった店の雰囲気を一変させ、緊迫感に包まれる。


 空気の読めない洋楽が流れる店内。 何事かと驚く一之瀬は目の前に置かれたコーヒーを啜りながら首を縦に振った。


「え? えぇ。 よく知ってますね。 私は一之瀬グループ社長である一之瀬誠のひとり娘です」


 そう言って彼女は隠す素振りもなく、平然と俺の問いに答えてから美味しいと目を輝かせる。


「まぁ、有名、だからな。」


「有名ですね、我が父親ながらよくやりますよ。 人魚の力を行使して成り上がって。 何もかもを使命を理由に投げ捨てた結果が今じゃ日本のトップ企業の社長ですもんね」


 表情を曇らせて俯く一之瀬の反応は実子故のやり場のない感情の吐露そのもので、両親に対して子供として許せない。 許容できない感情と思いを俺はよく知っている。


 きっと彼女も家庭環境に悩まされたのだろう。


「そっか」と呟いてコーヒーカップを覗き込む。 信じられないが、今まで関わった誰の言葉よりもすんなりと納得できてしまった。


 信じられないが彼女は一言一句、何一つとして嘘はついていない。 いや、まさかそんなことがあるなんて……俺を買った一之瀬誠の娘と遭遇するとか運命率どうなってるんだよ。


「って。 え? 人魚? 今人魚って言った?」


 普通に聞き流しかけたがなんかしんみりした雰囲気をぶち壊すほどのパワーワードを口にしなかったか? 人魚?? 人魚ってあの御伽噺上の架空の存在? 


 いやいや、流石に聞き間違いだろ。 きっとあれだ。 人を超越した才能とか、人情を利用してとか言ってたのを俺が聞き間違えたに違いない。 そうだろ。 もうそうであってくれ。


 いっそ不本意だが彼女には「は? 何意味わかんないこと言ってるんですか? 厨二病ですか? きっも」と蔑んだ言葉で否定してくと切望すらしている。 その方がまだ話がスムーズに進むし聞き間違いで終えられるのだ。


 もう一度マグカップに指をかけてコーヒーを口元へ運ぼうとしたその時、彼女は俺の質問に対して間髪入れずに答えてきた。


「えぇ、人魚ですよ。」


 口の中に入れたコーヒーが口と鼻から噴き出る。 そう、聞き間違いであってはくれなかったのね。


「あ、あぁ。 そういう事」


 顔色を変えずに鼻からコーヒーを垂らす俺に一之瀬カノンが明らかにドン引いた様子で自分のハンカチを差し出してくれた。 ドン引きしたいのは俺の方だよ。 何だよ人魚って。


「汚いので拭いてください」


「……すまん。ありがと」


 彼女から受け取ったハンカチで顔を拭きながら視線を動かして彼女の爪先から頭の天辺まで見える範疇で凝視して見るが人とは違う特徴は特に見当たらない。


「あの。 何で舐め回すように私の体を見てるんですか? もしかして好きになっちゃいました? ごめんなさい無理です。 てか普通に気持ち悪いですよ」

 

 確かに一之瀬は可愛いしそこを否定する気はないが、今のどこにお前を好きになる要素あったんだよ。 まずはその点を詳しく聞かせてもらおうじゃないか。 え?


 ハンカチ貰ってあ、好きってなるほど恋愛脳なわけないだろ。 そこまで恋愛に過敏だったなら俺はとっくに人を好きになって恋をして、愛なんてものに思い悩んだりすることはなかっただろうよ。


 しかしそれはそれとしてだ。 顔を拭きながら見ていたのがバレて、更に嫌悪感を顔に滲ませている彼女の目と偶然合うと流石に弁明せざるおえない。


「いや、自分の事を人魚ってデタラメを言うから何か人魚っぽい名残が容姿にでもあるのかと思ってな」


 実際にはそれっぽい片鱗は何処にもないので、やはりただのメルヘン女子か。


 家族との不和。 自分が特別な理由が血縁だけで能力が突出したわけでもないから他の有象無象とは種族としての格が違うと思い込んで生きて、自己肯定をするしかなかった。 その結果がこの傲慢さなら少しは同情が出来る。


 人と違うところがないから無理やり個性を出そうとして今に至るならきっとこの設定に辿り着くまで相当に苦労し、思い悩んだのだろう。


 夢を見て個性に憧れるのは個人の自由だから聞き流してそっとしてあげよう。 それがせめてもの良心というものだ。


「なんですかその目、信じてないでしょ? てか相当失礼なことを考えてましたよね?」


「自分を大きく見せるのは勝手だがいずれボロが出て首が回らなくなるのがオチだから誇張も程々にな」


 店長や慧、盧、葛城。 みんなが居たから今の俺があるけどもし、独りぼっちだったなら俺は一之瀬の様な思い込みでしか自分を慰める事ができなかったかもしれない。


 否定なんてできるわけない。 苦労をしたよしみだ。 涙を滲ませて同情で声をかけてやると、一之瀬はずっと頬を膨らませて声を張り上げる。


「失礼な! さっき先輩の身体が動かなくなったのが人魚の力なのに!」


「なら何で体育館裏で俺に引き摺られた時に俺の動きを止めなかったんだよ? 今だってそうだ。 動きを止めれるならガラケーを奪いにくればいいのに。 ただの偶然を特異な能力だなんて思わない方がいい、恥をかくのは自分なんだぞ?」


「陸で力を使うにはカロリーとか血液の消費が激しいからで……てか先輩が異常で……」


 ゴニョゴニョと口をまごつかせて涙目になっている後輩を見て、同情をするつもりが責め立てるような正論ばかりを言っていることに気が付く。


「いや、いいんだ。 お前も苦労したんだな」


「じゃあ見せてあげます」


「無理しなくっていいからな」


 煽ったつもりではないが彼女の意地に火を付けたらしい。 


 急に立ち上がる一之瀬に優しい笑みを向けていると、不意に目に入った彼女から渡されたハンカチの刺繍に既視感を感じて首を傾げる。


 これって……何処かで……


『あのね。 刺繍が得意で、友達にもあげてるんだ』


 そう。 確かあの刺繍は彼女が持っていた……思い出しそうになったその時、自暴自棄になった一之瀬カノンが声をあげる。


『時間よ止まれ!!』


 ふわりと空間を包み込んだ彼女の口から放たれたであろう声がまた頭の中に文字となって襲いかかってきた。


 鼓膜を揺らし頭痛を引き起こせば、脳は俺の意思とは関係なく脊髄から神経系を通して全身へと強制的に何かを伝達し、たった数秒ではあったが世界が白黒に変貌したのを認知できた。


「ね? すごいでしょ?」


 一之瀬の自慢げな声を聞いてふと我に返る。 モノクロの世界は気の所為か? 周囲を見渡してから右手を開閉してみるが特に体に異常は感じない。


「……いや、仮にお前が時間止めていたとしても、物とか動かしてないなら他の人には分からないぞ」


 率直な意見を申し訳なく述べると一之瀬は顔を真っ赤に熟れ上げて、お腹をぐぅと鳴らした。

 

「お腹、すいてんのか? 無理すんなよ」


 俺の心配がが追い討ちになったみたいで、一之瀬は全身を小刻みに震わせて今にも溢れそうな涙を下瞼に溜め込んで限界ギリギリな様子で口を噤む。


「もう!! いい!! とりあえず私は百合が好きで百合の邪魔をする先輩が大嫌いです。 今日の告白のダメージが少なく済んだのは私のお陰である事を感謝する事ですね」


「お前、いい加減に!!」


 たとえ彼女が近しい境遇の同類だとしてもそれはそれだ。


 聞き捨てならない言葉に俺も声を荒げて立ち上がるが、一之瀬は俺の行動よりも早く、そそくさと荷物を纏め上げてから店の入り口で負け犬の遠吠えと言わんばかりに舌を出して憎たらしい顔を向けて逃げていった。


 まさに嵐のような少女だった。


 俺は張り詰めていた緊張の糸が解けたように再度席に座って項垂れていると店長がマグカップを回収しに来たついでに声を掛けてきた。


「あの子大丈夫か?」


「さぁ」


 彼女が能力を行使した一瞬の間に何が起こったのか理解は出来なかったが、一つだけ異変があったとすれば俺が彼女から拝借していたガラケーが机の上から忽然と姿を消していた事くらいだろう。



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