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5話


『静かにっ!!』


 自称後輩が声を張り上げて俺の袖を引っ張ると途端に自分の意思とは関係なく体は魔法にかかった様にピタリと動きを止めた。


 それは脳から直接伝達された命令のようで、後輩少女の声が頭の中に文字として響けば先程まで膨れ上がっていた焦りは消え失せ、心は凪の如く静まり返っていた。


 感覚的に言えば音ではなく波と形容した方が正しい気がする。


 一体彼女は何者なんだろう。 名前すら名乗らない少女の存在に今更ながら本当に同じ学校の同じ生徒なのか疑問に感じつつ、冷静になった頭で盧の方へと再度視線を向けその光景に愕然とする。


「な、なんで……葛城がここに?」


 ありえないだろ。 呼んでもない奴らのオンパレードに目を疑い何度も瞼を擦り幻覚ではないのかと現実を疑うが、どうやら見間違いでも何でもなく、そこにいたの盧の親友である葛城千代乃本人で間違いなさそうだ。


 もしかして盧が俺に呼び出されたことを葛城に話して、葛城は盧を勇気付ける為にわざわざ此処に現れたのか? 仮にそうだとしても告白三分前に現場に現れた目的が分からない。


 俺が校舎裏に今現れるリスクだってあるし、盧を応援してるなら今頃どこか人目のつかない場所に隠れて陰ながら見るのが自然だ。


 葛城はガサツだが空気が読めないやつじゃない。 だとしたらギリギリに現れた目的はなんだ?


 何が起こっているのか未だ理解が追いつかず、口をあんぐり開けたまま二人の姿を眺めていれば葛城は盧と少しの会話をした後に勢いよく抱きつき、二人幸せそうに涙を潤わせて頬擦りして……それで。 何、してるんだ?


 ちょうど死角で見えにくいが葛城が盧に覆い被さる姿はまるでキスしている様にも見えて、その光景は筆舌に尽くしがたく俺は青息吐息でその場でくずおれる。


 この学校には闖入者ちんにゅうしゃしかいないのか。


「何が起こってるんだよ」


 頭を抱えて絶望に浸る俺とは裏腹に、つい数分前に告白した相手の存在を等閑に付す自称後輩は盧と葛城を見ながら未だ品のない声を出している。

 

「へ、へへ。 やっぱり百合は最高です」


 隣から聞こえる間の抜けた声。


 ついさっきまで俺に対して冷め切った眼差しを向けていた純清楚な風貌の自称後輩は何処へやら。 盧と葛城を見るや否や途端に限界化して唾液を垂らすオタクへ変わり果てている姿は呆れてものも言えない。


「おい、お前が葛城を呼んだのか?」


「違いますよ、きっと彼女たちは事前にこの時間に会う様にと打ち合わせでもしていたんじゃないですか? 私が知っているのは貴方と盧先輩が保健室の前で話していた内容だけです」


「なるほど、ってことはあの時の視線は……」


 今はそれどころじゃないでしょと目で訴えかけて来る彼女は、ため息と共に情報の出どころを口にする。


 確かに保健室の前で盧と分けれる時に視線を感じていたがまさかその視線の主がこの自称後輩だったとは。 心当たりがあり過ぎて、彼女が嘘をついていないのだと納得できる現状が余計に辛い。


 

 現状を加味した上で結論を出すならば詰まるところ盧と葛城は本当にそっち系のカップルで、俺が告白の為に現れるタイミングを見計らい二人でイチャイチャしている様子を見せつける事が目的だったのだろう。


 意図的にこの光景を俺に見せ付けて、言葉ではなく行動で失恋させようとかそんな魂胆なら間違いなく彼女達の目論見は成功しているよ。


 いろんな感情が込み上げてくる。 やり場のない想い、言葉にするのも難しい喪失感。 複雑に絡み合った感情の中で最初に大きく膨れ上がったのは憤りよりも脱力する様な虚しさだった。


「あの二人ってやっぱりそうなんだよな」


「間違いないです! 僕のガチ百合センサーがビンビンなので!!」


 ガチ百合センサーて……それはただの直感だろ。


 嬉しそうに頭のてっぺんから生えているアホ毛を指差して、胸を張っている自称後輩に俺は愛想笑いを返してから、肩を落として空を仰ぐ。


「そっか」


 変な笑いが込み上げてきて悟った。 如何やら俺の初恋?は告る前に振られる結果となったのだと。


 言葉ではなく行動で振られた現実も確かに辛いが、今、何より辛いのは二人の関係に気がつく事なく俺が間に入って邪魔をしていた事だ。


 同性愛に対して偏見を持っていたから今まで三人でいることに対して世間の目などお構いなしに堂々としていたが、二人が恋人同士だったのなら俺は気の利かない邪魔者だったという事になる。


 込み上げてくる罪悪感と悲壮感が胸の奥をつんざき。 こぼれ落ちる心の傷から虚脱する想いがこの身体を満たせば、隣で俺とは真逆に今を堪能している顔の自称後輩が目に入り、何か度し難い感情が再々と煮えたぎってくる。


「お前さ、俺のこと好きだから告白したんだよな?」


「いえ、別に……え? もしかして本気にしちゃいました? ごめんなさい。 本当は百合を守る為に行った防衛反応です。」


 所詮好きってそんなものなのかもしれない。 俺やこの自称後輩のように適当で邪な理由が動機で人は愛を語るのだろう。


 好きでもないのに告白するなんてありえないと言いかけた後輩少女は自分の大切を守る為に愛してもいない俺に告白をした。 それを思えば何となく、人が恋の定義や理屈を後世に残さなかった意味が理解できた様な気がした。


「お前なぁ……」


 え、まさか本気だったんですか?と言わんばかりに若干距離を取る自称後輩に呆れつつ、きっとコイツの声のお陰で冷静になれたから精神ダメージが軽度で済んだ様な気もして少し可笑しかった。


「もういい。 取り敢えずこの場所から離れるぞ」


「え。 ちょっと待ってください! 先輩!!」


 俺は目の前で展開されているイチャイチャ空間に息が詰まりそうなので、とりあえず隣の後輩の首根っこを掴み、容赦無く引き摺り回してその場を退場する。


 少し青が濃くなった空。 棟と棟の間にある広場まで俺の告白を邪魔した自称後輩を引き摺り回していると、流石に不服だったのか強く抵抗して腕を振り解く。


「ッチ。 私の趣味の邪魔をしないでくださいよ」


 うっわ、、ガチの舌打ちじゃん。 がわが可愛いことを理解している雰囲気だし、多分こいつは慧とどっこいどっこいの腹黒娘なんじゃなかろうか。


 睨みつけてくる自称後輩の自己中心的な発言に、俺は顰蹙をしながら咳き込んで再度彼女に問いただす。


「んで、あんた誰だよ?」


「その前に謝るのが先じゃないですか?」


 俺の告白を邪魔しておいてこの女は一体全体何を言っているんだ? 百歩譲ってあの二人が前々から付き合っていたのを前提としてもだ。


 俺が意を決して告白しようとした行為を邪魔をされたことには変わりないし、むしろ謝られるべきは俺だろ。


「は?」


 自分勝手な論理を語る後輩に怒りが再燃して眉間がピクつく。 きっと普通の人間だったなら何かを察して少しぐらいは萎縮して言葉を選ぶだろうがこの自称後輩には人の言葉から感情を読み取る能力が欠如しているらしい。


 俺の発言に彼女もまた眉を顰めて、作り笑顔で俺にあざとく発言を繰り返す。


「だ、か、ら、先輩が私に謝ってくださいって言ってるんですよ? 私の趣味を邪魔した事、絶対に許しませんから」


「俺もお前に告白を邪魔されたこと絶対に許さねぇから」


「勝手にどうぞ? 取り敢えず謝罪して下さい」


 これじゃあ埒があかない。 俺もコイツもこれ以上言い合ったところで平行線になるのは明らか、取り敢えず今はこの場から離れることが最優先だろう。


 盧達とあっても気まずいだけだしな。


「もういい、このままじゃ話にならないから近くのカフェにでも行くぞ」


「なんで私が貴方の命令を聞かなくっちゃいけないんですか? 普通にお断りです、すみません」


 何となく自分勝手なのは察してはいたがここまでだったか。


 俺は自称後輩を半目で睨みつけた後に女のポケットから拝借した古い型の携帯電話、いゆるガラケーを見せつけてから付いてこいと声にドスを効かせ、文字通りの強制連行を図る。


「ついてこい」


「無理って言ってるで……あれ? その携帯、私の?」


 今更気づいたのか。 不本意ではあったが彼女が唾液を垂らして現場に夢中だった隙に奪っておいて正解だったようだ。


「もう一度言う、来い」


 ガラケーを逆関節に開いてミシミシと音を立てて脅せば、自尊心の塊だった後輩は涙目になって行きますと素直になってくれた。


 険悪なムードで俺が行きつけのカフェに入店すると、顔馴染みの店長が隅の席に気を利かせて案内してくれた。 


「すみません店長。 気を利かせて奥のテーブルに案内してもらって」


 申し訳なく思い感謝を伝えると、水をテーブルに持ってくるついでに店長は俺の耳元に顔を寄せて状況説明を求めてきた。


「それは別に構わないけど。 これ如何言う状況? もしかして省吾くんの彼女さん?」


 店長とは長い付き合いで、俺の親父の高校の同級生だったらしく幼い頃からの知人だ。 曰く昔は医者をしていたらしいが、俺の両親が事故で亡くなってから何を思ったのかこのカフェを開いたとか。


 本人はそれ以上深く語ろうとはしないが、そんなのはどうだっていい。 両親が死んだ後も店長は俺を裏切らずに大切にしてくれた唯一の大人だ。


「いえ、全く。 むしろ俺の告白を邪魔してきた赤の他人です」


「え? まじ? 本当なら最低じゃん、俺が代わって問い詰めようか?」


 心配そうに俺の心配をしてくれる店長は、サングラスを掛けてウェーブのかかった髪型から見た目だけ見ればチャラチャラしているがそれとは裏腹に人情に厚く、店を持つだけあって芯の通った優しい人だから俺も彼には心を開いている。


「大丈夫ですよ。 だからコーヒーを二杯もらってもいいですか?」


 この人に対して嘘偽りで接するのは失礼だから俺は屈託のない笑顔でコーヒー注文をすると、店長はどこかもどかしい様子で分かったとオーダーを聞き入れてオープンキッチへと戻っていった。

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