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4話


 覚悟を決めて向かう陽が暮れた放課後、外にでてみれば長い冬を乗り越えて漸く芽吹く桜の蕾が目に入り、少しぐらいの変化ならと想いを馳せて向かう待ち合わせ場所四〇分前。


 今更になってほんの少しの後悔が胸を締め付ける。


 本当に告白していいのだろうか?


 取らぬ狸の皮算用にも程があるかもしれないが、もし盧と付き合ったとして本当に彼女のことを大切に想う事ができたなら、俺はそれから毎日彼女との別れの恐怖に怯えて毎日を過ごさないといけない。


「出会いがあれば別れがあるってのも皮肉だよな」


 つま先から踏み込む足は、まるでこれ以上体育館裏へと向かいたくない気持ちの表れのようで、一歩ずつ目的地へと足を動かせば歩幅は徐々に小さくなり、乱れた心音に比例する様に呼吸はその速度を上げる。


「流石に早く着きすぎたか?」


 頭を掻きむしりながら辿り着いた目的地、そっと視線を上げたそこには夕焼け風にスカートを靡かせる少女の後ろ姿が景観に溶け込む様に佇んでいた。


 頭髪の一本一本が絹のように美しく少しだけ青みがかっており、風で乱される左サイドに結われたツイストの色はまるで夕暮れの世界に取り残された空模様そのもの。


 背丈は俺よりもずっと低く華奢な体躯が印象的で、髪に隠れていた頸と愁を帯びた横顔が強風に煽られて姿を露にすればその全貌が網膜に焼きつく。


 最低だ。 俺は他の女性への告白を控えているにも関わらず目の前の彼女に釘付けになっているのだ。


「綺麗」


 初めて人に対して感じた感情がつい口から零れ落ちた。 急いで口元を覆い我に返って風光明媚な彼女の元へと近づいてから一度だけ咳払いして声をかける。


「あの、単刀直入でごめん。 ここで何をしているのかわからないんだけど、俺これから此処で告白する予定でさ。 本当に申し訳ないんだけど席を外してくれないかな?」


「席を外すだけでいいのですか?」


 あえて距離を空けて声をかけたのに、彼女は揺れる髪の毛を耳に掛けて表情ひとつ変えず体をグッと寄せて、低身長だからこそ繰り出すことのできる上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。 緑に澄んだ瞳は天性のものなのか。 覗いた者を虜にしてしまうような魔性の愛おしさを感じてたじろいでしまう。


「あ、ああ。 それで構わない」


「そうですか? 仕方がないから先輩のお願い聞いてあげます」


 俺を先輩って呼ぶことはこの子は後輩か? 


 視線を落として彼女が纏ったひと回り大きいネイビー色のブレザーから覗かせたリボンの赤色を確認する。 容姿ばかり目が行き気が付かなかったが確かにその色は一年の服装だ。


 うちの高校は学年によってセーターとリボンの色が違い、現在は一年が赤、二年が青、三年が緑となっており、色は3年が卒業すれば新入生へと戻る仕様になっている。


 まさかこんな美人が在学していたなんて、慧から一度も聞いたことがなかったので動揺してしまった。


「助かるよ」


 容姿端麗であざとい態度なのは少々恐ろしく感じるが取り敢えずは物分かりのいい子で助かった。 俺は自称後輩の言葉を聞いてから安堵と同時にその場でため息をつく。


 瞬間胸部に何か柔らかいものが当たる。 


「なーんちゃって。 うそ……ですよ?」


 嘘。 嘘? 何が? この状況が? 驚きのあまり何が起こっているのか分からず、俺はこの後輩に抱きつかれた勢いでそのまま隣にある茂みへと押し倒されてしまった。


「いっつ、如何いうつもりだよ?」


 彼女を庇う形でそのまま倒れて後頭部を地面に直撃させ、痛みに悶えながらも目の前で未だ俺にのしかかって抱きついている後輩を睨みつける。


「ねぇ、先輩。 私と付き合って?」


「はい??」


 思考が停止する。


 押し倒されている現状すら理解不能なのに、彼女は一体何を言ってるんだ?


 俺は確かに告白するからこの場所から離れてほしいと伝え、彼女もそれを了承した。 ここまでは何も問題なかったと思う。 この時点では確かに意思疎通は取れていた。


 じゃあ何故俺は押し倒されて挙句意味わからないシチュエーションで告白されているんだ? 理解が追いつかない思考回路で思い出したのは慧の告白をする上で大切なのはシチューエーションだという言葉だった。


 改めて告白される側に立つとその言葉の意味に納得せざるおえない。 だってこんな意味わからない状況で告白されても絶対心揺れないもん。


「あの、、ちょっっと待って。 理解が追いつかない、てかあなた誰?」


 なんか色々取り乱して混乱しているが、そもそもの話。 俺は彼女の事を何一つとして知らないし、盧や葛城以外の女子と接点なんて持ったこと一度もないぞ? 


 眉間を右手の親指と人差し指で摘み、止まっていた思考を必死に巡らせていると俺に馬乗りになっている彼女が胸ポケットから徐に携帯電話を取り出してその画面を見せつけてくる。


「なんだこれ?」


 ガラケーの画面に表示されている俺の声に反応する赤い線と進み続けている数字、画面の端にはしっかりと漢字二文字が書かれている。


「録音ですよ?」


 満面の笑みで何も悪びれる事なく、彼女はそこに書かれた漢字を読み上げた。


「なんで?」


「言質を取るためです」


 そう言って俺に見せつけていた携帯を操作して、自称後輩が大音量で垂れ流し始めたのはつい先ほどのやり取り、彼女からの突然の告白に対して俺が疑問系で、はい。と答えた確かな記録。


「もしかして、お前の告白に対して俺が反射的に答えた返答を言質……だなんて言わないよな?」


「察しが良くて助かります」


 笑顔を崩さない様子からしてきっと彼女の中で俺は既に彼氏という扱いになっているのだろう。 突拍子がなさすぎる屁理屈に頬が引き攣る。 


「すまんが君の狂言に付き合っている時間はないんだ。 さっきも言ったが俺はこれから女の子に告白する……」


「それって好きだから告白するんですか?」


 軽々しく語る言葉を遮った少女の声と瞳は真理を捉えているかのように冷め切っていた。


 当たり前だろ!!


 そういうべきだった。 でも胸を張って断言ができなかった。


「あんたには……関係ないだろ」


 逸らしてしまった視線。 喉元でつっかえていた言葉は少女のたった一言に押し殺される程脆弱で、本心から呟いた答えは情けないほどに最低だった。


「関係ないなんてありま……先輩静かに、ちょっときてください」


 土を踏む音が俺が押し倒されている藪の向こう側で聞こえ、知らない女子に跨られている最悪の状況で盧が体育館裏にやってきたらしい。


 最悪だ。 こんな状況を見られたら盧に振られるよりも悲惨な状況になりかねない。


 これで俺の学園生活終了かと絶望に打ちひしがれていると少女は何を急いでいるのか俺の上から飛び降りて、盧が現れたであろう体育館裏を盗み見る様に藪から顔を出して観察をし始める。


「ぐへへへ」


 品のない笑い方だとドン引きしながら俺の肩をチョンチョンと人差し指で突く少女の指示に従い、意味も分からず藪から顔を出して体育館裏へと目を向ける。


 予想通り、そこには告白を待っている盧が髪の毛を直しながら頬を染めて待っている姿があった。


 まだ二十分も前なのに、俺よりも早くきて身だしなみを整えてくれているなんて、俺はなんて幸せ者で、なんて最低な人間なんだろう。


 これ以上ここで見ているのは自分が許せなくなってしまう。 早くきてくれた盧に失礼だ。


 俺が呼び出した以上は彼女に振られる結果になったとして赴くのが筋だし、どんな状況下であろうと約束を違えるのは人間として最低だ。


 覚悟を決めて立ち上がろうとした瞬間、隣にいる少女が俺の肩を粉砕骨折させる程の握力で握って引き止め、絶対に立ち上がらせないような人間とは思えない圧力で押さえつけてくる。


「いっつ」


「動かないください」


「……あのな? いい加減にしないと本当にキレるぞ?」


「もうすぐ来ますから」


「……何を言ってるんだ? ここには彼女以外来る予定はないはず……」


 話が通じなければ目的も分からない自分勝手な少女の言動にいよいよ嫌気が差し、俺は語気を強めて殺気混じりの眼光で睨みつけると校舎裏が少し賑やかになっているのに気がつく。


「盧!!」


 もしかして誰か知らない生徒に絡まれているのでは!?


 俺は焦りながら視線を校舎裏へと向ける。 彼女の身に何か取り返しの付かない事が起きていたのならと想像するだけで両親の事故が脳裏にフラッシュバックして全身が震え出す。


「行かなきゃ」


 全身から変な汗が吹き出し、身体が自然と動き出したその時、隣から怒号が響く。

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