3話 告白
「お、日露大丈夫だったか? 取り敢えず早く席に着け」
体調が良くなったのは何よりだが、保健室の先生にクラス替え初日は教室に顔を出せと言われて途中から参加する事になったがやはり周囲の視線を集めるのでどうにも苦手だ。
深いため息を吐きながら教室の扉を開き、担任に指定された席へと向かい自分の机に荷物を置いて着席する。 無駄に長い担任の話を聞いてあっという間に終わる新学期初日。
「省吾!! 大丈夫?」
あたかも心配している雰囲気を醸し出しながら目を潤ませて俺の元へとそそくさと近づいて来た短髪が似合う童顔の美少年は、小柄な容姿から学年の二大小動物と呼ばれている親友、服部慧だ。
もう一人は言わずもがな盧莉音なのだが、俺にはなぜ慧と盧を同じ小動物という括りで締められているのか如何せん納得ができない。
「……おはよう、慧。 まさか今年もお前と同じクラスになろうとはな」
相手するのも面倒だから早よどっか行けと言わんばかりに気怠そうなに慧を遇らおうと適当な態度をとるが、慧は純粋無垢を装って更に言葉を続けてくる。
「ずっと心配してたんだよ?」
「はいはい。 ありがとさん」
厚い面の皮で接してくる親友に呆れながらもため息混じりに相槌を返すと、途端に教室が騒がしくなり周囲から黄色い声が飛び交いだす。
当たり前だがそれは俺に向けられたものではなく体調不良のクラスメイトを気遣う慧の優しさに向けられたもので、毎日のことなのだがそれでも女の甲高い声は耳障りで気疲れする。
「一応本気で心配してるんだけど……まぁいいや。 しんどくなったら言えよ? これも何かの縁だ。 俺は省吾の味方だからさ」
愛嬌満点の表情から一転して、慧は俺の耳元まで口元を近づけると外面を崩す事なく周りには聞こえない深みのある声で本性を顕にする。
甲高い声音から瞬時に切り替わる野太い声のギャップは相変わらずで、流石というべきか。 慧は自分が可愛いことを自負していて、尚且つそれを武器として利用している謂わば正真正銘の腹黒王子だ。
本当、我が友ながら敵わない。
「いつも気にかけてくれてありがとな」
慧は猫を被って可愛いふりをしてはいるが意外と本音と建前が分かりやすく一人称が俺に変わった時が本心なので、その時は俺も本音を伝える様にしている。
魚心有れば水心ってやつだ。
「! ま、親友だからね!」
そして毎度の如くストレートに気持ちを伝えると、その度にキョトンとした顔をしてから照れ隠しをする慧がどこまで計算をしているのか定かではないが、なんであれ俺にとって慧が憎めない奴であることに変わりはない。
「そういえば省吾、あの話聞いた?」
いつもなら俺を出汁にした後にすぐ席に戻るのに今日はやけに話しかけてくるな。
「あの話って?」
「新入生だよ。 今年の一年に超のつく程のお嬢様が入学してくるって噂でさ。 今日は朝からその話題で持ちきりだよ」
嫌な表情で周囲を見渡す慧の言葉を聞いて少し浮き足立っている教室の雰囲気に納得できた。
「慧が気にすることじゃないだろ。 どうせ関わることもない高嶺の花だろ」
「それは省吾限定の話でしょ?」
即答で返す慧に俺は笑っていない目を細めて頬を上げる。
「ん?」
「ん?」
本当にいい性格をしているなと友人ながらにつくづく思う。
反論してやりたい事この上無いが、今日はそれに付き合う元気も気力もない程度には体調が悪いので取り敢えずその場で息を吐いて半ば強制的に話を切り上げる。
「もういいだろ。 席もどれ」
察しろと言わんばかりに醸し出す雰囲気、それを察せない慧ではないのでただ不服そうに嫌悪感を顔に滲ませて吐き肩を落とした。
「今日の省吾といても楽しくないや。 早く元気になってよ」
「楽しくなくって悪かったな。 元気を望むなら今日はそっとしといてくれってよ」
頭に手を当てて大袈裟に体調が悪いアピールをしてみたら、意外にも慧は被っている猫を脱いでまで心配をしてくるから少し申し訳なくなる。
それ程までに側から見た俺の顔色は酷いものなんだろう。
改めて自分の体調と向き合ってみるが確かに誇張抜きで体は怠く、嫌に頭痛が酷い。 気圧の変化による頭痛みたいな、何か違う波長に共鳴しようと無理をしてるような変な感覚だ。
「分かった。 今日はそっとしておいてあげるから明日また盧と何があったか教えろよ」
「あぁ、て、え、ちょ!!」
盧が接点のない慧に言うわけないだろうし、まぁ予想通り同じ教室にいる盧は見た感じ目を合わせてはくれないが普段と変わりなく過ごしている様に見える。
もしかして保健室に入る前に感じた視線は気のせいではなくクラスの誰かに見られていたとか?
少し俯瞰して教室を見渡すが現状クラスメイト達は新しい人間関係の構築に勤しんで人の色恋どころではない様に見えるし、それこそ今は転校生という共通の話題で教室は持ちきりだ。
一体慧のやつはどこで告白の情報を知ったのかと一抹の疑念を抱いたが、そもそも俺が盧に告白をするのは明日の放課後だからきっと慧の適当なブラフ。
若しくはあの視線の正体が慧だったとか?
全身を舐め回されるような悪寒を感じて、この日はそそくさと急いで帰宅した。
翌日、不器用な俺は慧の恩恵を受けることによって新しい人間関係は順調。 気がつけば慧を中心に俺、東野、守時のグループが形成されていた。
東野はザ運動部といった雰囲気で、少しスキンシップが過剰だが気のいい奴で、守時は感覚派の何でもそつなくこなすのにそれを鼻にかけない気さくなやつだ。
なんだかんだ違う者同士で波長が合い、悪くない学校生活は幕を開けて今日から始まった普通科目の授業。
刻々と過ぎる時間。 何食わぬ顔で授業を受け、昼食を取り、掃除をすれば太陽は西へと傾き、視界の端にチラチラと映り込む設備時計の針が「もうすぐだぞ」と捲し立ててくる。
後二時間、あと一時間、あと三〇ぷん。 告白までのカウントダウンが鼓動を早くする。
恋人になりたい動機は不純で、別に本当に盧の事が好きかどうかも俺自身わかっちゃいない。
ただ愛を思い出したいからなんて最低な理由。 盧を選んだのもただの腐れ縁だし振られた所でひとりに戻るだけだから失うものなんてないと甘い考えでの発言だった。
でも改めて思えば告白する相手が誰でも良かったのかと聞かれると絶対に違う。 そう言い切れる位には多分俺は彼女に対して好意を持っているのだと思う。
かち、かちと秒針が主張を始める時刻。 太陽は当事者の俺なんかよりもずっと恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げて、その場に居た堪れなくなったのか地平線に隠れようとしている始末。
世界がこの告白の行く末を見守っているものだから、意識しない様にしても意識せざるおえない。
行けばいいんだろ? わかったから少しは静かにしてくれ。
「さてっと」
人のいなくなった放課後の教室で荷物を纏めて帰る準備を淡々と行う。 今日も友人と大層中身のない会話を駄弁っては気がつけば放課後。
勘違いされたくはないが別に恋煩いで勉学を疎かにしているわけではない。 そもそも聞けば全て分かるし、聞いていない所も春休み期間中に予習しているから問題ないのだ。
これが長く続くなら問題だが、一日ぐらい適当に過ごす程度で遅れは取らない。
成績はいつも学年一位、俺は今日も何一つとして変わりない。
そのはず。 それなのにたった一度の告白でなんでこんなにも胸の鼓動は昂っているんだ?
「もしかして、怖いのか?」
ぽつりと呟く独り言。 自分でも不思議なほどの動揺が理解出来ない。 俺は人を好きになる事に対して意義を見出したことがなかった。
人を愛するとは家族を作ると言うこと、家族を作ると言うことは……。
フラッシュバックする両親が死んだ飛行機ハイジャック、両親は子孫を残せて満足だったのかもしれないが俺は。 残された俺は苦しかった、だから、大切を作る事が如何しようもなく許容できなかった。
「本当に馬鹿だ」
学校指定のショルダーバックに教科書を押し込んでからファスナーを勢いよく締めてぼやいた。




