23話 第1章 エピローグ
あれから何が起こったのかは覚えていない。
俺が次に目が覚めた時、ぼやけた視界に入ったのは見知らぬ天井だった。
後になって聞いた話によるとテロリストの内数名は逮捕されたらしいが全身の穴という穴から出血しており、全員重体で事情聴取もままならない状況だとか。
そして今回の事件の主犯格である日露省吾を含む殆どのテロリストは消息不明。
人質はすぐに解放されて俺はその人質達に担がれながら救急隊に引き渡され今の病院に搬送、目が覚めてすぐに医師が触診をして体の状態を細かく説明してくれた。
曰く頭蓋を銃弾で撃ち抜かれたにも関わらず生きているのは奇跡だと熱弁され、医師は続けて人類史を見ても余りにも稀有な例だから医学的貢献のために体を精密検査をさせてくれと酷く懇願してきた。
「いや、あの……」
しかしこればかりは俺の独断では答えられない。 結果的に飼い主にまで話が回ったらしいがそれ以降俺にその手の話が一切こなかった事からきっとその願いは棄却されたのだろう。
そんなこんなであの騒動から数日が経過した現在、俺は今日も不自由な病室で空を眺めている。
「省吾くん!! よがった”あ”ぁ”」
最初目が覚めた時は家政婦の美世さんに泣きつかれて困りながらも少し、心配してくれる人のいる事実が嬉しかった。
「まさか生きているとはな」
美世さんの後ろから姿を表した飼い主は堂々と肩に花束を担ぎながら冗談混じりにやってきた。 日本でも中枢を担う企業の社長である飼い主が現れたってことはきっと無理して時間を作ったのだろう。
「いや、お陰様で一回死んでますから」
「お前ならそういうと思ったよ」
皮肉混じりに言葉を返せば想定通りといった様子で飼い主は口元を釣り上げる。
「死にかけてますからね」
無礼なのは重々承知だが今回ばかりは仕方なかったで割り切れるような内容では無いので、俺なりに最大限の抵抗をした後に頬を膨らませてそっと視線を逸らした。
「はは。 そりゃそうだ。 てか男が頬を膨らませても需要ねぇぞ?」
ケラケラと笑う飼い主はツッコミを入れるように持っていた花束を俺の頭上に乗せてきた。
「ただ、本当に期待していた。 お前には感謝している。 ありがとう」 そう言って飼い主は不器用なりに俺に感謝を伝えて去っていった。
飼い主も帰ったし、これで静かになるだろう。 そんな期待も束の間。
翌日には何故か大して親しくもないクラスの奴らが雪崩のように見舞いに押し寄せて個室はハチャメチャ。
隣の病室の人ほんとすみません! てかクラスメイトは自重しろ!!
「お前凄かったんだってな! 流石英雄の子は英雄ってことか!!」
「マジで尊敬!」 「ね! もっと聞かせて!!」 「お前らな。 まずは日露が生きてたことに喜べ」 「よかった。 また居なくなるのかと……」
好奇心に目を輝かせながら当時の状況を色々と聞かれるのは普通に面倒ではあったが退屈凌ぎには丁度よく、凡そ失礼なことを言ったやつは葛城が引っ張り出してくれて存外その空間は新鮮で楽しかった。 と思う。
そんなこんなで俺の想定していた病院生活とは裏腹に日々は慌ただしく過ぎていった。
やっと訪れた落ち着いた時間、黄昏時の昼下がり。 夕焼け空を眺めていると不意に誰もいないはずの扉から気配を感じて、俺は少し躊躇いつつも仕方なく声をかける。
「よ! 元気か? 一之瀬」
俺の問いかけに少し間を開けた後に彼女は小さな頭をひょっこりと出し、どこか諦めた様子で大量のフルーツが入ったバスケットを手に持って漸く姿を現した。
今まで何度か一之瀬が来ているような気配は感じていたがその度に彼女は俺の前に姿を現さなかった。
きっと申し訳なさを感じているのだろう。 俺も正直声をかけていいものなのかと躊躇っていたから彼女の気持ちは想像に難くない。
このまま気づかないフリをして、関係が希薄になっていくのも悪くないと心のどこかで思っていた節はあるが、直感とでも言えばいいのか。 使命感と言えば良いのか。
不意に今、彼女に声をかけたないと後悔するような気がして声をかけてしまった。
「お前の事だから、いの一番に見舞いに来るとおもってたんだが……まさか最後に見舞いに来るとはな」
ケラケラと笑っている俺をよそに目の前にやってきた一之瀬は神妙な面持ちで果物の入ったバスケットを棚の上に置き、椅子に座って俺が笑い終わるのを待つ。
「あはは…………あの、一之瀬さん?」
気まずい雰囲気を察して作り笑いをやめた瞬間、一之瀬は躊躇うことなく俺の頬を平手で殴った。
じんわりと伝わる痛み。 作り笑いをしてその場を誤魔化そうとしていた俺なんかよりもよっぽど現実と向き合っていた一之瀬の顔が目に入り、自然と笑顔は消えて俺は彼女に謝罪していた。
「約束しましたよね? なんで守らなかったんですか? 死ぬ気だったんですか?」
「ごめん」
「本当。 ですよ」
少しの静寂。 情けない事に今の俺には彼女に対して掛ける言葉がそれしか思い浮かばなかった。
「なんで、、こんな無茶したんですか」
「別に、ただ一之瀬を守るため……に」
そう言葉を続けようとした時、一之瀬は涙声になりながら俺の言葉をかき消して、感情の赴くまま立ち上がり俯きながら涙声で一気に捲し立てた。
「そんなの聞いてない!! そうじゃない!! 私は!! 私は自分が助かりたくって逃げたんじゃない!! 貴方が大丈夫って言うから指示に従ったの!! 貴方を信じて逃げたの!! わかってよ!! 貴方が死んだ世界で後悔する人がいる事をわかってよ!! 本当に怖かった、本当に死んじゃったんじゃないのかって……だからお願い、もう二度と同じようなことはしないで」
今までにないほど危機迫った表情で涙を滲ませると彼女はその場で膝から崩れ落ちてしまった。
「あぁ。すまなかった」
「ずっと、ずっと後悔してました。 私の安易な考えに付き合わせた所為で事件に巻き込んでしまったことを、私のせいで……」
視線を上げて漸く俺は自分を責める一之瀬の震える姿に気がついた。
「いいよ。 今回に関して言えば不幸が重なってしまっただけだからさ」
シーツに涙を濡らす一之瀬を優しく慰めてみるが言葉なんて所詮は言葉。 それでも自分を責め立てる一之瀬になんと言葉をかければいいのか俺には分からず言い淀でしまう。
「私、彼氏とかと付き合ったことないんです。 趣味も女の子同士の恋を応援することだけで、だからデートって何すればいいのかわからなくって……私の楽しいを共有できたらその、少しは楽しいかなって」
張り詰めていた空気が少し柔らかくなる。
「あれって一之瀬なりに気を使ったデートだったのか」
確かに思い返せば一之瀬はデート中、何かにつけて尾行していた二人の関係性とか百合とはなんなのかを嬉々として語っていた気がする。
「まぁ言っちゃなんだがデートに関して言えば楽しかったかと聞かれれば楽しくはなかったな」
「ですよね……」
「ただお前が気を使って、寄り添おうと努力してくれてたのが知れて嬉しかった。 だから、ありがとう」
人間が嫌いで、誰にも心を許せなかった。 ずっと孤独だった。 そんな自分が大っ嫌いだった。
でも。 少しだけ彼女の良心に触れてみて、人のことを思えることは素晴らしいものなんだと思えた。
一之瀬の親父さんに飼われている事、アルエの件、テロリストである同姓同名の日露省吾の存在。 何一つとして終わってはいないが今はそれでいい。
ただ俺は人に愛されて、色々な人の紡がれた想いの上で生きていられるんだと知れた。
それだけであのデートには十分すぎるぐらいの価値があったのだ。
「じゃあ来週もデートしてくださいますか?」
「それは却下!!」
「なんでよ!!」
「当たり前だろ!! 入院中だぞ!! 仮にデートするにしても次はお前が俺に寄り添え!! 絶対にお前よりもいいデートプラン立ててやれるからな!?」
「言った!! 言いました!! はい言質取りました〜!!」
なんだかんだこんなたわいもない時間を愛おしく思えるなんて俺も変わったな。
「んじゃ約束通り早く携帯のアンロックといてくれない?」
ただそれとこれとは別で、俺は真顔で一之瀬に対して約束を果たすように携帯を取り出してパスコードを教えるよう催促をしてみるが、彼女はいつものようにあざと可愛いく涙で腫れた目で作り笑顔を作ってこう言うのだ。
「デートはまだ終わってませんよ?」と。
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