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20話



 私一之瀬カノンは、日露省吾に恋をした。


 恥ずかしい話だけどきっかけは一目惚れで、それが生物上では決して冒してはならない禁断の恋だとしても本当に好きだとあの日、直感してしまったんだ。


 人魚と人は決して交わらない。


 それは進化の過程で出来た確執のようなもので、人魚は人に愛されないフェロモンを出し、人間もまた人魚に愛されないフェロモンを出していると古くから言い伝えられている。


 ただごく稀にどちらかが生物的欠陥により一方的に好きになる事があるらしく。 それが先天的なのか、後天的なのか。 前例が極端に少ないので詳細については定かでは無い。


 ただひとつ言えることは長い歴史の中で人魚と人間は決して相容れない存在である。 それだけだ。


 利用し、利用され、一方的な恋を盲信した彼ら彼女らが辿った破滅の物語。 


 幼い頃から乳母によく言い聞かされたもので、それこそ人間界でいう所の御伽噺のようなものだ。 


 決して人を好きになってはならない。 物心着く前から散々刷り込まれれば当然人間に対して警戒はするし、それこそ陸に上がってすぐは細心の注意を払って人と接していた。


 愛想笑いに適当な相槌。 たとえ種族が違っても人の容姿やファッションに対して可愛い、かっこいいを感じる感性はあるが、それでも所詮はその程度。


 日が経ち時が過ぎれば今まで危険視していた筈の人間社会へは自然と馴染み、いつしか友人ができるまでに人間という種族に対して適応していた。


 問題ない。 私には他にやらないといけない事があるから大丈夫。 心のどこかでそう思い込んでいた。


「一之瀬さん!! 付き合って下さい!!」


 何人目だろうか? 告白をしに来た人間は。


 本当に私たちから人間に嫌われる匂いが発生ているのか疑問に感じるほど、中学時代は赤面した男子が何度も何人も私の前に変わるがわる現れては付き合って欲しいと嘆願してきた。

 

「カノンってめっちゃモテるのになんで断るの?」


「んー。 正直に言うなら何一つとして魅力を感じなかったからかな?」


「へぇ、そうなんだ」


 昼休みに友人に聞かれた質問に対して端的に答えると友人はそれは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて鼻を鳴らす。 何がそんなに嬉しいのか。 人間の考えは理解ができない。


「そう言えばカノンって休日何してるの?」


「人探しだよ」


「人探し? 猫とかじゃなくって人?」


「うん。 ずっと昔に居なくなっちゃった親友を探してるんだ」


 聞いてはいけないことを聞いてしまったと顔面蒼白になる友人は私の言葉を本気で信じている様子で「なんか聞いてごめんね」と謝罪して手をつけてなかった昼食を急いで口に運ぶ。


 別に話題を逸らそうとして冗談を言ったわけじゃない。 私が陸に上がってきた理由は今も昔も変わらずただ一つ。 幼き日、忽然と目の前から姿を消した親友アルエを探し出すこと。 それだけだ。


「お父さん。 アルエを助けてください。 お願いです。 お父さん」


 電話越しでしか接触した事のない父親に初めて頼み込んだ十二の夏。 溢れ出る涙を堪えて堂々と人魚の最高会議室へと赴き、初対面の父を探し出すとその場で膝から崩れ落ちた。


「大体の目星はついているから安心しろ。 大丈夫。 人間は、絶対に許さないから」


「本当ですか?」


「あぁ。 お父さんはこう見えて超エリートだからな」


 そう言って陸へと戻った父から後日聞かされたのは深い謝罪とアルエの訃報だった。 


「何で……」


 夢じゃないのか? きっとそうに決まってる。 アルエは生きているよ。 絶対に。 だってお父さんは嘘つきで一度だって約束を守ってくれなかったもん。


 今でも目を伏せると思い出す。 アルエの父親にして人魚族族長であるミスライア様の窶れ、衰弱しきったお姿。


『頼む! アルエを見つけてくれ!!』


 その命令だけを胸に毎日情報収集をしては藁にもすがる思いでただ日々を過ごした。


 それでもきっと手がかりはあるはず。


 捲るページ、嵩む書物。 アルエの消息が途切れた日本で必死になって彼女の足取りを探していれば気がつくと私が陸に上がってから三年もの月日が経過をしていた。


 完全な手詰まり。 迫るタイムリミット。 私は父の命令で県内有数の進学校である浅葱李高校への進学を強制され、高校卒業後は約束通り海へと帰らなければならない。 


 私は疑問に思った。 なぜ父は自分の近くではなく、宮崎県内の高校の進学を命令したのか?


 もしかしてアルエに関する重大な何かがこの学校に? 焦る気持ちで入学式前日に訪れたあの日。 私は保健室へと向かう日露先輩を偶然目にした。


 込み上げてくる高揚感と心拍数。 今まで他人事と思っていた決して抱いてはいけない感情が私の頭上まで一気に溢れ出してきて瞬時に理解する。


 あ。 恋したんだ。


 自分自身が納得できてしまうほどの猛烈な衝動が脳を震わせ、それと同時に歴史と同じくこれが儚く報われないものなのだと咄嗟に悟る。


 駄目だ。 好きになっちゃいけない。


 頭では分かっているのに動き出した恋の衝動を止めるには余りにも力不足で、唯一働く理性でいっそ叶わない恋なら彼に嫌われるように行動しようと思い立つ。


 盧先輩の告白イベントを邪魔し、徹底的に自分勝手に振る舞えば出会って二日で彼の中での私の心象は最悪なものになった筈。

 


 最後の仕上げに「疑似恋愛をさせてあげます!」なんて我儘を言って振られれば私は失恋できる。 これで私は正常に戻れる。 そんな事を思って先輩を振り回していた矢先。


 力を酷使して倒れた私を保健室まで運んだくれた先輩が先生と話している内容を偶然耳にした。


 まさか先輩が私と同等の特異体質だったなんて。


 最悪だ。(嬉しかった)そう思えるほどに私は私の理性を抑えが効かなくなり、挙句駄目押しと言わんばかりにその特異体質が人魚と同じ血液型だったなんて知ってしまったなら運命を感じてしまうのは必然だ。


 愛して欲しい。 私を見て欲しい。


 だから全部曝け出した、本当の契約でもないのに嘘をついてキスまでして彼の気が私に向くように努力してやった。 でも。 先輩の血液を飲んで瞬間、息を忘れるほどの悲愴感が込み上げてきて涙が零れ落ちた。


 父がなぜ浅葱李高校への進学を強制したのか。 なぜ何一つ遺品の見つからないアルエが死んだと断言できたのか。 その理由が彼だったのだ。


 彼は私の嘘とは違い過去に何処かで人魚と本当の契約した。 そして血を介してそれが誰なのか私は瞬時に理解した。


 間違いない。 先輩の血液に数年前に行方不明になったアルエの血液が混じっている。


 人間の世界で出てくる人魚の御伽噺には人魚が泡になって消えるといった伝承が存在するが、それもまた歪曲して伝わった事実で真実は違う。


 人魚にとっての契約。 それは心を開いた人間に対して自分の命を代償に自分の能力を受け継がせるというもので、その結果として契約をした人魚はその場で泡となって消えるのだ。


 消えた親友。 ずっと後悔していた。 なんで一緒に帰らなかったんだろうって。


 きっと生きている。 そうであって欲しかった。


「嘘。 なんで……」


 先輩の血液を飲み込んでようやっと今まで絶対にありえないと目を逸らしていた現実が直視できた。 先輩はアルエと何処かで出会い、何らかの理由で契約して……泡となったのだ。


 本当は今日のデートで先輩にアルエのことを聞こうと思っていた、でも聞く勇気がなかった。


 真実を知るだけの覚悟がなかった。


 そうやって有耶無耶に伸ばして知らない振りに徹した。 その結果がこれだ。


 逃げている最中にテロリストが先輩のいるフロアに招集されているという話を聞き、胸騒ぎがして戻ってみると拳銃を突きつけられている先輩の姿があった。


 考える時間すらなかった。


「先輩!! いや、いや!!」


「なんで戻ってきたんだよこの馬鹿。 お前が生きなきゃ意味ないだろ」


 ただ必死に伸ばした手は虚しく空を切り、彼の体は椿の花の如く形を生したまま床へと落ちた。

 

「なんで……嘘……」


 愛していた。 大切だった、親友が先輩の中で生きているのだと思っていた。


 だから嬉しくって切なくって、愛おしくって、これからの毎日が幸せに溢れたものになるのだと信じていた。


 それなのに嗚呼、もう。


「私は。 なんて馬鹿なんだ」


 目の前にいる男は先輩を殺した事に酷く動揺した様子で銃を落として過呼吸になる。


「違う。 お前が俺の居場所を奪わなきゃこんな事にならなかったんだ!! 俺が悪いのか? 奪われ続けていれば全部丸く収まってたとでもいうのか? お前がお前が生きているせいで……いや。 もうどうでもいいか。 人魚も、金も、何もかもどうでもいい」


 近距離で命を奪ったのが初めてだったのかと思えるほど、テロリストはその場で周章狼狽して後退り、頭を抱えて取り乱す。


 そんな不安定なテロリストを他所に私はおぼつかない足取りで動かない先輩の方へとそっと近づき、その体を抱き寄せてから開いた瞼を手で閉じて冷たくなった額から流れる血液で赤くなった唇に口づけをする。


「おい女。 あいつの友人か彼女かは知らねぇが一人じゃ辛いだろ? 一つも二つも変わらない。 だったらこの場で殺してやるよ」


 複雑に絡れた感情の糸がはち切れたように情緒が裂断した男は、ピタリと激情を鎮めると落とした拳銃を拾い上げてから目の前にいる私の方へと銃口を向ける。


「逃げた方がいいですよ」


 血液を飲み込んでから腕の中で眠る先輩を見つめてボソリと冷めた言葉を呟くと男は顰蹙して銃の引き金に指をかける。


「あ”あ”」


 聞こえなかったのか。 はたまた聞く気がなかったのか。 私は大きく息を吸い込んでから今までにない程の大声で殺意を多分に含んだ最後の警告をする。


「だって。 手加減。 できませんから」


 パキパキと乾いた鱗の露出、許されない一線を越えたテロリストに対して今まで人の姿に擬態していた躯体を変態させ、先輩に見せる事すら躊躇った人魚本来の姿を顕にする。


「お前。 まさか本物の……」


 それを見た男は顔から血の気が引いて途端に青ざめる。


 当然の反応だ。 人魚なんて文字に起こせば人に似た半魚の化け物。 御伽噺を鵜呑みにしていたなら驚嘆も必然。 言い伝えなんて所詮は伝言ゲーム。


 私たちの真の姿は人間が空想の生き物と思い込んでいる存在。 水龍だ。


『消えて!!』


 全長一〇mを越え、ショッピングモールの天井を破壊した龍が目の前で塒を巻く姿は余りに現実味がなく、ただその場で呆然と立ち尽くしていた日露省吾へと放たれた咆哮に彼は正気を取り戻す。


 幾度となく死線を乗り越えて来た日露だからこそ一之瀬から放たれた目に見えない咆哮を本能で危機だと感じ取り、すぐさま横転して落としたマスクを拾い着用する。


 日露は察した。 今回の雇い主がなぜ人魚なんて御伽噺の存在を生捕にするよう指定して来たのか、なぜ破格の金額を提示してよく分からないマスクの着用を強制して来たのか。


 詳細を聞く限りはただの子供の誘拐だと思っていたがその光景を目の当たりにして息を呑んだ。


「おいおい。 ありえねぇだろ」


 直感で避けた攻撃は自分の延長線上にあった屋台に着弾すると、まるで水圧に押し潰されるかのように真下へと圧縮され、同時にその場に巨大なクレーターが作り上げられた。


 たった一言だ。 目に見えない音波が放たれた途端、着弾した物体は破壊され潰されるなんて常軌を逸している。 何かのトリックにも思えるが、日露の本能は今まで感じたことのない警笛を鳴らしていた。


 間一髪。 急死に一生を得たが、こういった場面での経験則上。


 油断すれば次は無い。


 逃げるのが現状に於ける最善だが今回の騒動で多くの損出が出てしまった。


 生きたところで追われる身、金が無ければ何も出来ない。 今は依頼を達成させるのがベスト。


 命をとるか利益を取るか。


 化け物を前に選ぶ猶予はない。


 攻撃を紙一重で躱しながら防戦一方の中で諦めかけたその時、後方からようやく現れた援軍によってその場の空気が一変する。


「なんだよ」 「ば、化け物……」


 動揺して立ち呆けている仲間を一瞥した日露は勝機を見出したのかその場でニヤリと頬を上げて、大声で状況を把握できていない仲間に伝令する。


「全員目の前にいる龍を捕らえろ!! 今回のターゲットである人魚だ!! 奴の口元から放たれる咆哮は延長線上の物質を破壊する!! 大丈夫だ、目には見えないが銃と同じく延長線上にしか飛ばない!! 言葉が放たれるタイミングで奴の口元の延長線から避けるように動き捕縛しろ!!」


 瞬時に状況を理解した上で正確な情報を伝達し、一部の仲間たちもまた日露に全幅を置いているが故に躊躇うことなく任務遂行へと動き出す。


「了!!」


 攻守は逆転。 圧倒的な力を有していたとしても戦闘経験が皆無な一之瀬に対して相手は命のやり取りを生業とする戦鬪のエキスパート。 連携の取れた攻撃と回避。 その力量は雲泥の差だった。


 徐々に体力を削られ人の姿へと弱体化しながらも何度も能力を行使する一之瀬は、それでもテロリストへの咆哮をやめない。


 何度も血を吐いて、呼吸を乱して、酸欠になりながら、ただ一言全員に向かって『消えて』と言い続けた。 


 聴覚を刺激する人魚の命令。 最初はテロリストも一之瀬の咆哮が効いていない様子だったが、何度も放たれた人魚の能力は遅延性の毒の様にテロリストの体を蝕み続け、一割はなんとか動けるがうち六割はその場で気を失い。


 マスクを付けずに現れた残り三割のテロリストは目、鼻、口、耳とありとあらゆる穴から血を噴き出し、痙攣した状態で失神。


 人間に限らず、連射される咆哮でそこら中にある物質は超音波に耐えきれずにその場で爆散し、手榴弾の如く破片や爆風がテロリストを襲う。


「ったく。 貧弱どもが……おい、お前ら! マスクをつけてない無能は捨て置いて意識のあるやつは他のやつ背負って脱出の準備をしろ!」


「日露さん……でも……」


「何度も言わせんな!! いいから指示に従って下で脱出の準備してろ!! 人魚は俺が持っていく」


 声を荒げて指示を出す日露の指示に他のテロリストは渋々従いその場から撤退を始める。 


「あなた達の目的、は。 私、です、よね? 何。故。 省吾、先輩を、」


 立っていることが不思議な程に疲弊しきっている一之瀬の問いに、傷だらけの日露は顔を歪ませながら一歩ずつ近寄りやり場のない怒りを押し付けるように右手でその首を掴む。


「邪魔だった。 運がなかったんだよ。 そこのバカは」


 息ができず、能力の酷使により疲労困憊の一之瀬が吐血して意識を失いかけたその時。 


「せん、ぱい……は、先輩……」


 圧倒的な絶望の中、横から日露の右腕を握り潰す男の姿を目にした一之瀬は涙を流し、何もかも諦めた日露の瞳には光が宿る。


「そうだよな。 そうだよな!! お前がそんな簡単にくたばるかよな!! 日露省吾!!」


 無言の少年は一之瀬の首から日露の手が離れるのを確認すると、その腕を握りしめたままショッピングモール三階からバリケードを破壊し、日露と一緒に一階へと飛び降りる。



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