17話
螺旋状の非常階段を降り、鳴り止まない警報ベルを横切ればあっという間に一階のバックヤード。 奇跡的にテロリストと出会わなかったのは幸いだが問題は此処からだ。
「流石に下層になるとテロリストの量も多いな……」
「省吾くん。 ありがとう……あのね……」
徘徊するテロリストから隠れながら躊躇う事なく進む道中、少し落ち着きを取り戻した盧が俯きながら震える手で伝えてきた感謝の言葉。 なぜ今なのか? そう思ったが、きっと今だからなのだろう。
生死の分け目を彷徨っている現状をきっと盧も理解している。 だからこそ悔いの残らない様に俺に気持ちを伝えているのだ。
「まだ助かってないから、また後で聞く。 今は何が起こっても受け入れられるように集中しろ」
「何か起こるの?」
「断言はできないがその可能性は高いだろうな」
妙にテロリストの配置に違和感を感じる。 ショッピングモール内の人間を逃さないために大半を内側に配置するのは分かるが、それにしてもバックヤードが手薄すぎる。
三階から一階までに見つけたのはたったの四人。 しかも全員が従業員出入り口から少し離れたところで棒立ちしていて警備する気すら感じない。
奴らの目的はなんだ? これじゃまるで逃げたいのなら逃げてどうぞと言ってる様なものだ。 考えられる限り可能性は二つ、テロリストが一枚岩ではないか。 何か策略があるのか。
「あ! 省吾! 出口だよ!!」
嬉々とした盧が指を差す非常口は赤く照らされた通路の中で一際目立っていた。
おめでとう、君たちは救われる。 そんな詭弁に塗れた気持ちが悪い希望が両手を広げて今か今かと待ち構える様子は異質そのもので、漂う不穏から咄嗟に足が竦む。
「ちょ、なんで立ち止まるのさ」
扉を前に突然足を止めた俺を不思議そうに見つめた盧が、焦る気持ちを堪えられずに俺の代わりにノブに手をかけるから急いでその手を制止して固唾を呑む。
「扉は。 俺が開けるから。 大丈夫って言うまで後ろを警戒してくれ」
「え? う、うん。 いいけど」
額から流れる汗を拭いお願いをすると、何かを悟った盧はそっと俺の服の裾を親指と人差し指で摘んで首を縦に振った。 駆け抜ける死線の先、やっと見つけた外へとつながる避難扉。
ただの杞憂であってくれ。 意を決して祈るように開いた扉の先に広がるのは光景に俺は絶句する。
血の海と逃げる為に足掻いたであろう苦しみ踠いた死体の山はまさに地獄絵図そのもので、余りにも見るに耐えない残虐な光景に顔を歪める。
「やっぱり。 そうだよな」
「え? どうしたの?」
俺の後ろで背中に光を感じた盧が反射的に扉の先へと目を向けかけた寸前、俺は瞬時に盧の首を叩いて彼女がそれを認識する前に気絶させる。
「おいおい優しいねぇ。 気絶させてトラウマにならないようにってか?」
死体の山に跨るマスクを外した三人の男達が酒を片手に声をかけてきたから俺はその場で腹を括り、彼らの前に躍り出て道化のフリをする。
「う、うわぁ。 まさか、テロリスト? お前達が殺したのか?」
わざとらしく腰を抜かす演技をすると、酒瓶を片手に一番泥酔している様子のテロリストが千鳥足で近寄ってきて持っていたレーダーをポケットに仕舞い込むと俺に銃口を向ける。
「まぁな。 うちのトップは一般人は殺すなって命令だったんだけど、わざわざテロ行為しといて命は奪うなってのが無茶な話だ。 本当に甘ちゃんは困っちまうよな? あー可哀想に! 俺たちの前に現れた奴は全く運がなかった。 んじゃ。 その女もろとも死ね」
「ヒューヒューやっちまえ!!」
語る男の後ろでケラケラと笑うテロリスト達はまるで人の死を娯楽の様に楽しみ。 何発で死ぬか? あの女を誰が最初に味見するか?と最低な話題に盛り上がる始末。
そうさ、向こうもリスクを負ってこのショッピングモールをジャックしてるんだ。 仕事を早急に終わらせるの行為は必然だし必要以上の人質はリスクになりかねない。
だったら殺すのは必然。 そうさ。 この世界は漫画やアニメじゃないんだ……全ては利己的に奪われる。
ならやる事は一つだろ? 奪われる前に奪う。 俺はまだ、死ねないんだ。
腹に力を入れて覚悟を決めた途端。 突如として俺の脳内に謎の衝動波が走り、それはまるで今まで繋がっていなかった回路を無理矢理こじ開けるかの如く電撃となって全身を貫く。
一瞬ブラックアウトする視界。 まるでコンピューターが再起動をするかの如く俺の身体はその場で完全に動きを止めてアップロードを始める。
瞼を開けると世界は鮮明で、放たれた銃弾がスローモーションで視界に映る。
コンマ数秒の間に俺は死を考え、死を理解し、死に抗う。 肉体が脳の処理に適応を始めた瞬間、数秒のラグを残した肉体は人の器を超越する。
「な、なんだよ! なんなんだよ!! うぁああああああ!!」
乱反射される弾道を完全に読み切り。 クリアになった思考で躊躇う事なく攻撃へと転じて敵の懐へと一気に距離を詰める。
「いやだ。 死にたくない」
取り乱した男は驚愕を浮かべながら純粋で、悪意も偽善も帯びていない眼を俺に向ける。 もしこれが喧嘩だったのなら相手が戦意を喪失したこの時点で俺は拳を収めていただろう。
これが、喧嘩だったのなら。
「お前が降参したら足元に転がる死体が生き返るのか? 違うだろ。 そんな自分勝手が許されるほど世の中綺麗に出来ちゃいない。 お前らは、決して冒してはいけない一線を超えんたんだ」
何度でも言うがこの世界はアニメでも漫画でも無いんだ。 仮にテロリストになるまでのバックグラウンドがあったとしてもおこなった行動の結果は決して変わらないし、罪が軽くなるなんてことはあり得ない。
「たとえ何があろうと俺が攻撃を躊躇うことは決してあり得ない」
同情なんて言葉は勝手に相手の気持ちを自分の経験則に当てはめて勝手に理解した気になるだけの自己満足にしか過ぎなく。 そして例外なく罪人は被害者に同情しかできないんだ。
何故なら奪われた人間に寄り添えられるのは奪われた人間だけだから。
だったら奪われ続けた人間が精算するしかないだろ。
テロリストが純粋な目だろうと関係ない。 人間としての本質がどうであろうと、そんなのは今更で、どれほど過酷で凄惨な人生の過程の結果がテロだったとしても、それが肯定される絶対的答えにはならない。
もう。 許す許されないの次元の話ではないのだ。
一切躊躇する事なく全力でテロリストが銃を握る右腕を後ろに回し、そのまま間髪入れずに肩の関節を外し、二度と元に戻らないよう程の圧力をかけて肘の骨を折る。
「いってぇ!!!!!!」
外された肩と折られた肘の激痛に怒号を飛ばすテロリストに、一切の隙を与えず、左腕も同様に関節を外して完全に無力化する。
「少し良心が過ぎたか」
「くそ、なんなんだよおまえ!!」
膝から崩れて喚くテロリストの声があまりに大きく増援を呼ばれる恐れがあるので、不本意ではあるがこれ以上喋れないよう彼の口のなかに親指を捻じ込んでそのまま真下に強く引っ張り顎を外し。
「俺が何度頭に銃口を向けられたと思ってるんだ? 何度命の危機を感じて生きてきたと思うんだ? 甘い。 甘すぎる。 俺なんかに関節外されて負けてる時点でお前とは歩んできた修羅場の数が違うんだよ」
何も言えなくなったテロリストの髪を引っ張って死体の前に放り投げる。
「命乞いができる程度の優しい痛みだったんだよ。 お前の痛みは。 よくみろよ。 死人はどれだけ痛く、凄惨で酷い最後を迎えても声すら出せないんだぞ」
髪を持ち上げて死体の顔を見せつけと男は泡を吹きながら気を失ってしまったので、俺はため息を吐き男を放置する。
「次の相手は誰だ?」
ヒリつく空気。 酒に溺れたテロリストの顔色が途端に青ざめて、酔いが覚めたのか目の色を変えれば全員で俺に銃口を向ける。
「撃て!! 撃ち殺せ!!」
最初は威嚇をする野良猫の様な目付きで俺を睨みつけていたテロリストも、流石に仲間が顎を外されて気絶すれば生命の危機を感じたのだろう。
この現場を任されている男が焦った様子で仲間に命令を出し、複数人で躊躇う事なく銃撃が開始される。
軌道は見える。 しかし感覚に対して体が追いついてこず左腕に何発か着弾した。
「いける! いけるぞ!! さっさとその化け物を殺せ!!!!」
それでも急所さえ当たらない様に気を付ければさして問題はない。
俺は普段より遅く見える世界でゆっくりと動くテロリストの動きを躱し、勢いそのままに一番近くにいた敵の腹部へと鈍い音を響かせながら拳を減り込ませる。
「かはっ」
スポーツすらした事のない貧弱な肉体から放たれる力など高が知れているだろうに、やけにオーバーリアクションを取るテロリストは口から唾液を吐き出して体制を崩す。
「ガキが、舐めやがって……」
きっと俺を油断させるための演技に違いないと瞬時に理解し、打撃の低姿勢から流れるように顎に殴り、銃を奪うと同時に肩の関節を外して足の骨を蹴り折る。
「あと一人」
正直奪った銃で迎撃をしたいが、撃ったことがない以上使い物にはならないだろうし、何より暴発するリスクがあるので使用は得策ではないか。
「おい、こっちに来るな!! 来るなよ!!!!」
最後に残ったテロリストが怯えた顔で首を横に振り拳銃を乱射させるが、俺は殺人鬼に慈悲をかける程人間はできちゃいない。
「命は奪はないさ」
全ての弾丸を躱した後に武器を握る男の左腕をへし折り、痛みで頽れたその足を二度と歩けない様に踏み潰す。
「この化け物が!! 弾道が見えてんのかよ!!」
四肢を撃たれ、地べたに這いつくばりながら尚も吠えるテロリストが自分を打ち負かした人間へ放つ最初の一言が化け物とは心外だ。 この世界に本当に人外がいると男は知らないのだろう。
「人の命の価値を忘れた時点でお前らの方がよっぽど化け物だろ? それに俺は至って普通の人間だ。 ま、あんたに言っても分からないだろうが……」
口だけはよく動くテロリストは冷や汗を額に滲ませながら気を失う寸前に奇妙な発言を残した。
「はは、お前、自分の姿、見たことないだろ? その眼。 間違いなく今のお前は化け物だ」




