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10話


「省吾、結局何があったんだよ?」


「何がって?」


 盧への告白を試みてから凡そ一週間が過ぎたある日の昼休み、猿でも分かる恋愛教本なるものを熟読していた俺の元に不安そうな表情で慧と東野が駆け寄ってきた。


「お前、明らかなにおかしいぞ? 」


 背中に手を回してきた東野が溌剌としながらも、言葉を選んで接してくるがその意図が読み取れずつい首を傾げてしまう。


「別にいつも通りだが?」


「だから心配してるんだよ! あれから一週間、闖入者に邪魔されたって一日中机に項垂れてたと思えば翌日にはケロッとした顔で登校して普通に生活して、普通に盧と関わってんだからさ」


「いやマジで。 一応慧の頼みで一週間は触れない様に気を遣ってたが、うつ伏せで丸一日放心状態かと思えば翌日には吹っ切れたような顔してやがる。 俺や守時はまだ関わって日が浅いから信用とかないかもしれないがせめて慧ぐらいは頼ってやれよ」


 不安そうな顔で覗き込んでくる慧の指摘とそれに便乗する東野の心遣いに冷や汗が止まらない。 確かにそう言われると不自然すぎる気がする。 


「いや、実際に落ち込んでいたのは事実だし、嘘じゃなかったんだが」


「だが……?」


 どういえば納得してくれるだろう。 盧を呼び出したら知らない自称後輩が告白してきて、断ったら近くの茂みに引っ張られて直ぐに現れた盧と謎に現れた葛城がやって来て、キス?をしている現場を目撃。


 その後自称後輩と色々あって付き合うことになって。 しかもそれは疑似恋愛で……そもそも俺は盧に対して愛とか恋とかそういった感情がなくって……ただそれを知るために告白しようとしただけで……


 だめだ、どう説明すればいいのか分からない。


 顔を逸らして沈黙を続ける俺を見かねたのか、慧は深いため息をした後に言葉を続けた。


「その持ってる本についても気になるけど……まぁそんなに話したくなきゃ話さなくってもいいよ。 ただ何かあったらちゃんと言いなよ? 省吾の邪魔をする奴は俺が社会的に抹殺してあげるから」


「コエェえ」


 真剣な眼差しで物騒な事を言う慧の言葉に純粋に怖気付く東野は耳元で「とんでもない親友を持ったもんだな」と耳打ちしてきたので取り敢えずこの場はそれとなく話を流すことにした。


「満面の笑みで物騒なこと言うなよ。 あと一人称が僕から俺に変わってるぞ?」


 慧が友人思いであるのは確かだが、俺の知る限りコイツの抜本的な優先順位は常に友情ではなく好奇心。


 どうせその無駄に鋭い直感でなんでもお見通しなんだろうし、今回も面白半分でからかっているんだろう。


 俺はいつものように冗談混じりに本音と建前を吐き間違えているぞと遠回しに指摘したのだがどうにも言い方を濁し過ぎて伝わらなかったのか、はたまた敢えて無視しているのか。


 俺の返答に対して慧は何を考えているのか全く分からない愛嬌満点の作り笑いを向けて俺がそれとなく話題を逸らそうとして放った言葉を沈黙でねじ伏せる。


 多分話をすげ替えようとするな、心配してやってるんだから早く言えと訴えいているのだろう。


 何をいってもどこかに棘が立つ気がしてならないし、どうせ慧の事だから俺と一之瀬が付き合うことになった経緯とかはなんとなく耳に入っているのに知らないふりをしているのだろう。


 慧は謎に俺に全幅をいているから隠し事とかすると彼女かよって突っ込みたくなるぐらいに後々皮肉混じりに悪態をついてくるのを知っている。 それこそ些細な隠し事をしただけで数ヶ月愚痴られる始末だしな。


「わかったよ。 全部話すからさ」


 面倒ではあるが慧に隠し事をするのは気が引けるので、俺は先週の出来事を大まかにでも伝えようと口を開こうとしたその時。


「おはよ省吾」


 聞き覚えのある男まさりの口調に心臓が跳ね上がる。 久しぶりに聴いた声、倦怠感に顔を歪ませて俺の名前を呼ぶ彼女へと視線を向けると聞き間違える筈もなくそこには侮蔑的な眼差しを俺に向ける葛城がいた。


「え。 あぁ。 おはよ」


 流石に怒ってるよな。 そりゃあの一件以降、俺は盧と最低限の事務的な会話しかしてなかったし、葛城に関して言えば完全に避けていた。


 本人たちは気にしてない様子だったし、このまま関係が希薄になっていくものだと思っていたのになんで告白の件から一週間経った今になって全員関わってくるんだよ。


 久しぶりに見る葛城の顔が視界に入ると盧とキスをしていた場面がフラッシュバックして吐き気を催す程度にはただ気まずい。


 今まで二人の仲を邪魔をしていた罪悪感からどんな顔で接していいのか分からず、生返事しか返す事ができずに目を逸らすと、何故か葛城は俺の間隣に来てから不機嫌そうに悪態をつく。


 睨みつけるだけ睨みつけてなんでなんも言わないんだよ。 俺は張り詰めた空気に身震いをしながらクラスの連中に助けを求めようと視線を泳がすが、連中は俺と目が合えば直ぐに視線を逸らして関わる事を拒絶する。


「ねぇ葛城ちゃん、僕、今省吾と話ししてたから邪魔しないでほしいなぁ」


「そうだぜ。 やっと日露が色々打ち明けてくれそうな雰囲気だったのに水差しやがって」


 タイミングは最悪。 慧と東野がようやく口を開こうとした俺の言葉を遮って現れた葛城に嫌悪の眼差しを向けて声を荒げる。


「悪い!! でも私も省吾と大切な話があるから今日だけは時間を譲ってもらえねぇか?」


「あ”? なんで日露が落ち込んだ一件に関わってるお前に譲歩しなきゃならねーんだよ」


「はは、他人のくせにもう一丁前に友達ズラ? 私と省吾は中学からの親友だ。 それにしても省吾ぉ、お前相変わらず人垂らしだな、関わる奴は選ばないとだよ?」


 その一言が東野の逆鱗に触れたのか、机を平手で勢いよく叩き葛城の声を遮るように音を立てて憤りを露にする。


「コイツとの付き合いがは浅いがな。 コイツの境遇は全部知ってる。 全部知った上で日露を尊敬してるし対等でありたいと思ってる。 友達ズラだぁ? 友達に定義なんてねぇよ! 友達を定義付けしてる時点でお前は日露のダチじゃねぇ!!」


「そうだよ葛城さん。 君は僕たちの友人を傷つけた。 それだけは明確な事実だ。 僕は、親友を傷つける人間は絶対に許さない。 それがたとえ君であってもだ」


 可愛い笑顔とは裏腹に飛び交う火花が目に見えて息が詰まりそうになる。 間違いなく葛城がここへやって来たのは俺が告白で呼び出しておいて現れなかった件についてなのだろう。


 どうすればいい? どうすれば……。 


 何をすれば事態が収拾するのか思考を巡らすが、その間に彼女彼らの押し問答は熱を帯びて俺が考える憂慮すら与えてくれずそれはクラス全体を巻き込んでいく。


「なんだよ。 猫被るしかできない腹黒王子様が友情語るとはご立派なことで! みんなにいい顔するお前が守べきなのは今怯えてる女子生徒の顔色じゃないのか?」


 挑発的な態度で捲し立てる葛城の発言に淡々とした態度で慧は答える。


「違うに決まってるだろ? 俺は省吾だけの親友だ、いざとなれば外面だって剥がして嫌われることも厭わない。 それが覚悟だ。 君はどうだ? 親友を本当に守れたのか?」


「……っ。 当たり前だ! そうやって守ってきたんだよ!」


「なら一生彼女をカゴに入れたまま依存してろよ。 取り敢えずもう省吾には関わるな、君らなわかると思うけどこれはお願いじゃなく警告だよ」


「そうやって人の行動を裏で操って楽しいかよ?」


「君こそ、人の勇気ある行動を踏み躙って楽しいかい。 何度盧から普通の恋をする機会を奪えば気がすむ? 君のやってることは自己満で押し付けがましい唯のエゴだ」


 側から聞いていると慧と葛城の意味深なやり取りがどうにも引っかかる。


 二人の間で交わされる会話の内容は俺が盧を体育館裏に呼び出したあの日で間違いないだろう。 ただ慧の発言から推察するに今回の一件だけを責め立てているような感じではない。 まるで何度も同じことがあった様な言い回しだ。


「まるで自分は違うみたいな言い方だな? わざわざ省吾が中学から街ひとつ離れた高校を選んだ理由を知っておいて省吾の過去を風聴したのはどこの誰だよ?? 人の行動を踏み躙ってんのはどっちだよ!!」


 どういうことだ? 慧は何を知っているんだ? いや、そもそも俺の過去を慧が?


 信じていた人間から裏切られたトラウマが全身を駆け巡り、瞬刻。 全身の産毛が逆立ち、激しい吐き気と共に胃袋から朝食が逆流してくるのを感じ、急ぎ両手で口を塞ぐ。


 真っ白になる思考回路、歪なりにも形を成そうと修繕しかけていた心にひびが入りかけたその時。 慧が脊髄反射としか思えないスピードで机を大きく叩いた。 


「お前、黙れよ」


 今まで見たことのない表情と低い声で周りの空気を圧倒する慧は、俺と視線を合わせると少しだけ申し訳なさそうな顔をして葛城の方をキッと睨みつける。


「つまりだ。 別に私が何処で、誰と、何をして、帰っても、部外者の服部には関係ない。 そうだろ? もしかして服部は関係ないのに人の諸事情に首を突っ込むのが趣味なのか? へぇいい趣味してるな」


「お前らもうやめろよ。 言い争うにしても省吾の居るところで話す内容じゃねぇだろ?」


 一触即発。 笑顔を崩さずに言い争う慧と葛城、そこへ仲裁に入る東野。 トラウマと人間不信の再発で彼らの声が聞こえなくなりながらも殺伐とした状況下を打開するために何とか二人に声を掛けてみる。


「あのさ、もうすぐ授業始まるから席に……」


 別に東野と一緒に仲裁して二人を宥めるつもりなどなかったのだが、俺の一言が葛城の神経を逆撫でしてしまったらしくどの面下げて仲裁する気だよと言わんばかりに、俺を睨みつける。


「誰だかわからないけど……」


 そう言って話し始めた内容は全てが事実通りで、俺が盧を呼び出したにも関わらず現れなかったことを咎めるように言葉の節々が刺々(とげとげ)しく、言い返せずただ目を逸らして相槌を打つことしかできなかった。


 そこから始まる葛城の止まらない不満はあまりにも耳が痛く、それに対して俺を擁護する慧と東野の優しさがより一層心を抉ってその場に居た堪れなくなる。


「ねぇ、ちー何してるの?」


 完全に冷めた口調で葛城を呼ぶ声が真後ろから聞こえ、更なる人物の参戦にこの場の酸素濃度が一気に低下する。


「ろーりえん!! 何でもないから気にしなくっていいんだよ!!」


「もうやめてって言ったじゃん。 何で省吾くんを虐めるの? みんなごめんね。 ちーちゃんも悪気があってじゃないんだ。 そもそも私が悪いんだし、ちゃんと説明しないと……」


「私が説明するから気にしない気にしないで!」


 そう言って声をワントーン高くしたを葛城がさっきの態度とは一変して立ち上がると、俺の真後ろにいる盧に抱きついて嬉しそうに頬擦りすればクラスの男子がどっと歓声を上げる。


「何で私がこの場に呼ばれたと思ってるの? ちょっとは考えなよ」


 盧の声が聞こえてない大衆の場違いな歓喜に張り詰めていた雰囲気が一変する。


 慧と東野は静かになった葛城を侮蔑的な目で見下し、その後小刻みに震える俺を気遣って逃げる様にと促してくれた。


 空気が軽くなったのは良かったがその異様な光景に虫唾が走る。


 別に女性同士の恋愛に関しては生産性を感じないだけで、本能的な抵抗はあれど本人達がそれで幸せなのであれば応援はするし、横から変に口出しする気なんてさらさら無い。


 別に仲が良い事は何よりだ。 今までも盧と葛城の距離が近いのは不思議に感じていたがそれに抵抗は無かったしむしろ微笑ましいとすら思えていた。


 しかしどうしてだろう。 同じく微笑ましく思っている同士なのに周囲が狂喜乱舞する状況が一向に理解ができず、彼らに対して奇異の目を向けてしまう自分がいた。


 毎回思ってしまう。 そこまで良いものなのだろうかと。


 喜び舞い踊る男子生徒達の中にはその場で両手を擦り合わせて拝み倒す者もいれば、彼女たちの光景を見て頬を染める人も数人伺える。


 宗教じみたクラスメイトが行う崇拝と酷似した異質な光景。


 その時になって漸く俺は盧と葛城への偏見より、寧ろ彼らの行動に嫌悪しているのだと気がついた。


 一種の神格化に近い光景を見れば今まで気にもせず割り込んでいた彼女達の空間が相当に特異であり、改めて盧と葛城の仲が特別なのだと再認識させられた。


 クラスメイトの過半数が彼女達に釘付けになっているタイミングを見計らい、慧も心配そうに頷くから彼らの好意に甘えて俺は存在感を極限まで消し、スッと息を殺して扉の方へと足を進める。 


「それにしてもやっと、やっと盧さんと葛城さんの聖域を踏み荒らす日露がいなくなってくれたな、これで二人の和気藹々とする天国をこの目に焼き付けることができる」


 偶然聞こえた彼女達を崇拝する生徒の小言に足が止まる。


「そうだな。 しかし日露のお陰で天使である盧さんに近寄ろうとする害虫が近寄って来なかったのも事実だ。 もし日露がいなくなれば防虫剤の効果が切れる事を意味するので今後盧さんや葛城さんに色んな害虫が群れてくるんじゃないのかと思うと……俺はそれだけが心配だ」


「確かに、日露は邪魔ではあったが防虫剤としての効力は計り知れなかったもんな」


 涙涙に百合カップルの姿を喜ぶクラスメイトの陰口はあまりにも残酷で、前々から知っていたとしても少し傷ついてしまう。


 俺だって好きで邪魔してたわけじゃない。


 ムカムカとする胸の内、このままぶん殴ってやろうかとも思ったが今荒波を立てたら俺が逃げようとしているのがバレてあの地獄に戻されかねない。


 気まずい空気とチクチク刺さる言葉の嵐に巻き込まれるのは正直ごめんだし、何より今回に関しては自分が今まで二人の仲を邪魔していた事が起因しているから周囲に対して拳を握る気力も湧かなかった。


「アホくさ」


 聞くに堪えない薄い内容。 詰まるところ俺という存在は周囲にとって百合の間に挟まる害悪であり、それと同時に盧達の防虫剤といった側面も持ち合わせていた。 それだけの話だ。


「新学期早々面倒な事になってしまったな」


 混沌とする教室を後にして、俺は海の見える非常階段で孤独にジュースを啜りながらため息を吐き捨てる。


「こんな事なら盧に告白しようなんて思わなければよかった。 いや、それはあの二人に失礼か」


 項垂れていると真下から聞き覚えのある声が小バエのように五月蝿く耳に入ってくる。


 次から次へと何で立て続けに面倒ごとがやってくるんだよ。 まさかと思いつつ半信半疑で下を覗き込めば案の定、真下の階には一之瀬カノンの姿が見えた。


「約束も守ってるのに何で!! 許嫁とか絶対嫌だから!! ……そうだけど……でも絶対にアルエは生きて……お父さん、お願いだから時間を頂戴!! 」


 お父さんって一之瀬社長のことだよな?


 惚けた顔で青く輝く地平線の景色を眺めていると一之瀬の無駄にでかい声量が上の階まで響いてきて、聞く気はなくとも嫌でも耳に入ってくるから色々と考察してしまう。


「怪我しちゃいけないからって部活も体育も制限されて我慢してるんだから学生生活を送っている今ぐらい自由にさせてよ!!」


 一之瀬も俺と一緒で怪我をしちゃならない体だから部活や体育の授業を制限されてるのか。


 それは、、かわいそうだ。


 理由は何であれ周囲よりも選択の自由が少ないのはずっと窮屈で生きずらい、その気持ちは痛いほど分かる。


 保健室に運んだ時に先生が一之瀬を特別な存在と言っていたのと関係しているのだろう。


 何だかんだこいつもこいつでいろいろ大変なんだなと上の階で同情していると、通話を終えた一之瀬が何故か階段を登ってきて鉢合わせしてしまう。


 俺は少しだけ目を逸らした後に軽く挨拶をするが、それがどうにも気に触れたらしい。 一之瀬は目が合うや否や顔を顰めて、見るからに不機嫌そうな表情で深いため息をついた。


「何してるんですか? 盗み聞きとかドン引きです」


「あんなに声を荒げてたら嫌でも聞こえてくる。 てか人魚の話なんて校内ですんなよ、俺じゃなきゃお前のこと変人として風聴するところだったぞ」


「……そうですね。 異質な存在の噂を流したりバカにするのは人も人魚も変わらないですものね。 以後気をつけます」


 以外にも素直に謝ってきた一之瀬は、そのまま素通りしてどこかに行くものかと思っていたが、何故か俺の隣にくると何も言わずに座り込んで一緒に海を眺め始めた。


 き、気まずい……そう思いながらも特に振る話題も掛ける言葉も見当たらなかったので沈黙を貫いた。


 何を思って隣まで来たのか検討もつかないが、その小さな背中が不思議と寂しそうに見えた。


「どこまで聞いていました?」


 一之瀬もこの空気に耐えきれなかったのか、普段よりもずっとしおらしい様子で声をかけてきた。


「約束も守ってるのに……ってところからかな。 許嫁がどうのとかも聞こえたよ」

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