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18億分の奇跡 1話 衝動


 中学一年の春。


 桜の花弁は散り終えて梅雨の訪れを待つそんな季節。


 雨が降りしきる渡り廊下の一階で、ふと中庭に佇んでいる柔らかな笑みだけを残した偶像が目に入った。


 それは顔の殆どを酸性雨によって失った少女の銅像。


 きっと彼女は平和や調和、夢や希望、未来の象徴として歴史から抜選されあの中庭に造られたのだろう。


 目を伏せれば安易に想像できる。 造設当初の華々しく、活気に溢れた彼女の周り、話題に富んだその錚々たる姿と意味は学生のみならず地域の人間すら周知していただろう。


 だというのに今となっては誰一人彼女の姿を機にも止めない。 時代の流れとはついぞ残酷なものだ。 挙句月日は流れ、顔は爛れ、全ては過去の栄光となっても彼女はそこにあり続けなければならないのだ。


 一体この学校に通う全校生徒と教師に彼女の置かれている理由を聞いて何人がその存在理由を答えられるだろうか。 多くの人間はこう答えるだろう、「気に求めてなかった」と。


 あまりこう言ったことを言いたくはないが学校に置かれた銅像なんてその程度の認知、その程度の存在意義に過ぎないのだ。  


 彼女もいずれは二宮金次郎のようにオカルトへと昇華され、学校の七不思議にでも数えられたりするのが行末に違いない。 


 所詮はそんなもので、ほぼ全ての生徒、教師が彼女の存在意義を忘れ、伝聞されることもなく彼ら彼女らは今もまた新たな話題へと移ろって変化する日常を謳歌するのだ。


 ただ一時の話題、都合よく扱われた名も知らない偶像は今日も変わらず認知すらされない笑顔をそれでも振りまく。 顔の大半を失い、自分じゃ何も見えてないくせに。


 荒んだ感情で侮蔑的な視線を向けて一瞥したら、何故か合わせられる目すら残っていないはずの銅像と目があった様なそんな気がして、心臓をキュッと握られる様な悪寒が全身に走った。


 きっと銅像は俺にこう語りかけていたんだ。


 「生きて」と、。


 嫌だ、見たくない、聞きたくもない。 何で自分がそんな姿になってまで他人を気にする事ができるんだよ。 あんたもそうなのか? 他人の事ばかりを気にするくせに自分が酷く傷ついている事なんて気にも留めない。


 嗚呼そうだ。 そういうものだ。


 英雄やら何やらと囃し立てられた人間の偶像ってのはいつだって本当の姿よりも美化され、本人とは全く違う歪曲された姿で後世に伝わるんだ。


 それはさながら吟遊詩人の語る歌の如く、広義的な意味や生きた価値を説き、それら全てを受け取り側の感受性に託す責任感のない身勝手なスタンスなのだ。


 俺は偶然にもこの偶像が俺に何かを託しているような、そんな姿に見えた。


 そしてそれが俺にはどうしようもなく赦せなく、堪らなく気に入らなかった。


 だから、ただ無心で破壊した。 


 後になって思えばただ気が滅入って自暴自棄になっていただけだったんだと思う。 だから当時は罪悪感とか、これからの将来とか、何もかもがどうでも良かった。


 ただ何度も、何度も何度も何度も。 銅像の跡形がなくなるほどに、もう二度と誰にも思い出せないほどに殴っては憂さ晴らしをした。  


「なんでこんな事をしたんだ?」


 校長室にて俺を囲い込む教員と、彼らが向ける同情の眼差し。


 なんで? 全部知ってるくせに今更俺の為を思っているみたいな教員の発言に幼いながらに虫唾が走った事を鮮明に覚えている。


「そうですね。」


 何もかもどうでも良くなっていた俺は反省などする気もなく、不気味な笑みを浮かべてたった一言の建前を吐き捨てる。


 なんとなく。と。


 本音を言うのであれば、ただ気に入らなかった、それに尽きる。


 美しかったであろう彼女が雨により腐食し、目も鼻も何もかもが爛れて、それでもなお見ず知らずの人々の為に笑顔を崩す事なくそこで偶像として止まっている事が俺にはどうしても許せなかった。


 製作者の彼女に対する執着と崇拝。 それが具現化された結果が綺麗で美しい物へと変貌する事に吐き気がした。


 自己中心的な行動をした事に間違いはないが、感覚としては多くの人間がゴキブリを見た時に反射的に殺してしまうのと俺が今回行った破壊衝動にそう差異はないと思う。


 別に俺自身の行動を正当化するつもりもないが、俺のこの感情は無意識下の根源的な拒絶に近かった。


 人間は体裁を愛し、奇跡を必然と考え、結果を神格化し、勝手な自己の解釈と思想を形として消費し続ける。


 美徳であろうと醜悪であろうと、偉人であろうと悪人であろうと、彼らが行った所業を後世に伝える為に芸術へと昇華させる。


 もちろんその事に対しては理解もできるし、自己の矛盾をひけらかして抗議する気もさらさらない。


 ああそうかい、良かったね、そんな適当な形だけの理解なら幾らでも吐いて捨てよう。


 ただそれらに納得が出来るかどうかは別問題だ。


 あの日、朝方、雨が降り頻る中庭でハンマーを片手に崩れた銅像を眺めた時の心境は驚く程に罪の意識はなく、、むしろ清々しいほどの達成感に身が震えていた。


 一人で帰る家には懲り懲りだ。 もういっそ少年院にでも送ってくれた方が周りの目も気にしなくって済むし助かる。


 やっと楽になれる、そう思っていたが浅はかにも忘れていた、今の俺に人権などありはしない事を。


 どれだけ誇張して、自分に不利になるような発言をしても法は俺を裁いてはくれないのだ。


 器物破損という立派な罪を犯したにも関わらず処分は一ヶ月の謹慎と呆気ないもので、地域で発行されている新聞の片隅にすら乗りはしなかった。


 所詮は子供のイタズラだと大人たちは気にも止めなかったのだろう。


 諦め半分、謹慎前に当時の担任に自分の行った行動について問い質してみた。 


「ねぇ先生、俺のやった事は罪じゃないんですか?」


「そうね、今回の件については大人の事情で大事にならなかっただけで貴方が犯した行動は立派な犯罪よ。 だから誰にも責められない今を当たり前だなんて思っちゃだめよ?」


 幼いながらに直ぐに察した。 きっと飼い主が手回したのだと。


 何もかも上の空で引きこもる日々、先生から指示された反省文を謹慎中に考える時間はただひたすらに虚しく。 人が好きそうな軽い言葉の羅列と当たり障りのない模範的な意思表示を並べたら想像通りの大喜び。


 謹慎明けの周囲の視線も両親が死んだあの日から何も変わってなどいない。


 もうこれ以上は無駄なのだと悟った俺は、周囲に対して期待に応えるような明け透けな態度に徹していれば世間は新たな事件に病みつきで、俺の地獄はたった数ヶ月で風化した。 


 案外人の興味なんてそんなものなのだと心底人間が嫌いになった。


 今も若干の奇異の目を向けらている事は知っているが、別に気にもならないので中学校生活に関してはそのまま平凡な日常を過ごすのだと思い込んでいた、そんなある日。


『ねぇ省吾くん、なんで銅像を壊したの?』


 突然昼休みに俺に声をかけてきた面識のない女子からの質問、その意図が全く理解できなかった。


 散々大声で八つ当たりだの目立ちたかっただのホラを吹いて言い回ったから事件と犯行動機は周知の事実だと、そう思っていた。


『なんでって……周りが言っている事が全てだよ』


『そうなんだ、そういう事にしとくね』


 俺が得意の作り笑いを浮かべてそう返答すると彼女は不服そうに頬を膨らませてから、友人に呼ばれたのか直ぐに何処かに行ってしまった。


 これが彼女、るー 莉音りおんと俺、日露省吾の出会いだった。


 正直最初の頃は俺に毎日のように絡んでくる盧が鬱陶しくって堪らなかったが、存外悪い気もせずにそのまま関係はダラダラと続いていき、何故か俺達は意図せずに同じ高校へと進学していた。


 懐かしい思い出に浸って悪くない気分でいると、突然耳元からジリジリ耳障りな音を立てる自己主張の塊が鳴り響き夢の終わりを告げる。


「……夢に決まってるよな」


 現実にしてはイマイチ胸糞悪さが際立っていなく、その点が気がかりだったが夢だったなら美化された過去にも納得ができる。 俺は重たい頭で唸り声を上げながら、携帯のアラームを右手で止めて大きな欠伸をする。


 高校二年の春休み明け。 久しぶりの登校日にただ嫌悪感を感じながら気怠そうに体をベットから起こす。


「もう朝か、久しぶりの登校は気分が乗らないな……」


 春休みは怠惰に過ごしすぎた。


 太陽が半分だけ顔を出した朝六時半、窓からほんのり差し込む日光が寝室に色を加えて今日が来たから準備をしろと嫌に催促してくる。


 部屋を出てから真っ先に一階の洗面台で歯を磨き、一人では大きすぎるリビングで朝食の準備をする。


 高校一年までは住み込みで家政婦の田中美代さんが面倒を見てくれていたが、今日から彼女は週三の出勤になるから実質一人暮らしが始まる事になる。


 新たな生活に関していえばそこまで問題視はしてなかったのだが、やはり一人というのは物寂しさがある。


『省吾くん、本当に一人で大丈夫?なんかあったら何時でも電話していいからね? 』


 そう言って勤務を終えた美代さんが、家を出る前に俺に掛けてくれた言葉を思い出す。


 これなら美代さんの言葉に甘えても……


 ボソリと溢れた弱音、をそれをかき消す様にトースターの音が部屋に響けばふと我に返る。


「いや、美代さんにも美代さんの家庭があって生活があるんだ。これ以上は甘えられない」


 昔の夢を見た所為で気持ちが変に落ち込んでいるだけなのだと、俺は眠気覚ましに頬を叩く。


 トースターにバターを塗り口いっぱいに頬張る。


 カリッとした食感と仄かに感じる塩分に幸せを感じつつズレた体内時計から来る気だるさに肩を落として、俺はダラダラと埃に塗れた制服の袖に腕を通し、身支度を済ませれば今も変わらない家族に手を合わせる。


「今日から高校二年生だよ、父さん、母さん」


 不器用なりに上手くなった笑顔で語りかける写真立てを背に、俺は未だに震える手でドアノブを握りしめては玄関の先に誰もいないことを確認して安堵する。


 良かった。 今日も俺の日常は何も変わっていないみたいだ。 


 高鳴る心臓に手を当てて呼吸を改めて整える。 なぜ家政婦が来なくなったのか。 理由は他でもない、俺が玄関を開けれるようになったからだ。


 なんで開けれないのか?


 中学の時にはよく揶揄われたが俺にはどうすることもできない。 所謂トラウマだ。


 家族はいないのか? なんで一人で暮らしてるの? 何かあったらどうするつもりなの?


 ここに住むに当たって俺は俺の飼い主との約束で一応自治会に入っているから、地域清掃などの行事のたびに大人たちからそう言った質問を多くされる。


 知ってる癖に白々しい。 


 別に語ることもない。 ただ、事故があった。 そして俺だけが生き残った。 ただそれだけだ。


 今で精神面も大分コントロールできる様になって人並みには落ち着いて来たが、それでも押し寄せてくる人間を見ていると虫唾が走る。

 偏見で短絡的だと言われるかもしれないが、所詮は人間なんてものは他人の焼けた芝を指差して笑う残酷な生き物にすぎないのだ。


 誰一人報われることのない悲劇的で限定的な物語を嬉々として見る。


 あり得そうな小説の殺人事件、仮面夫婦の泥沼不倫、不運にも巻き込まれて背負った借金とその返済。


 テロにあった飛行機において、警官であった女性が致命傷を負っても尚テロリストを拘束し、偶然パイロットであった男性が止血する事なく操縦士の代わりに飛行機を操縦して全員を助けて死んだ奇跡の夫婦の物語とか。


 あり得そうであり得ない、自分の世界とは無縁だと思える事象。


 そこに居る彼らの地獄など気にも留めず、勝手に愛し、勝手に敬い、勝手にエンターテイメントへ昇華する。


 それが例え失って追い込まれた当事者にとって、残酷な事だったとしても……


 普通の営みには普通以上の努力をしている人がいる。


 当たり前の生を謳歌できる裏には当たり前に怯える者もいるのだ。


 詰まるところ偶然だの奇跡だの、脚色された英雄だの、俺はそれら全てが堪らなく嫌いなのだ。





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