87 話し合いの段階2
「ま、いいや。とりあえず、今は話し合いよ。私らはカドリ様みたいに、同胞の皆をドシドシ呼び出すってわけにはいかないんだから。その代わり、人間の軍団を味方につけた。人間同士は話し合うのよ」
レアンが事務的な話を始めた。
ふと、アレックスは人の気配を背後から感じる。立ち話をしていたから追いつかれたのだ。
「へぇ、何を話してるのかと思ってたけど。カドリさんを巡って、恋の鞘当て?」
ヘラヘラと笑って、メイヴェル・モラントが話しかけてきた。この女もいちいち腹の立つ頃合いに、腹の立つ言葉を投げてくるのだ。
不謹慎でしかない。アレックスは偽聖女を睨みつける。
「兜を被ったままだから、メイヴェルさんはまったく怖がってないと思うわよ」
すかさずレアンがせせら笑うかのように、これまた腹の立つ指摘を飛ばしてきた。
「じゃぁ、脱いでから睨みつけます」
アレックスは宣言して、兜に手をかけて脱ごうとする。『そういうとこが可愛くしてるってのよ』と吐き捨てるレアンの小声が耳に入った。そんなものは無視である。
「あたしは、意味ないことすんなって言ってんの。あんまりお馬鹿がしつこいと、カドリ様が戻ってきたときに言いつけるわよ」
さすがに苛立った様子でレアンが告げる。
(それは、困るかもしれない)
アレックスもさすがに深刻に考え始めてしまう。
カドリがどこで何をしているのかすらも分からない。
当初、自分は勝手に1日、2日の不在だと思い込んでいたところ、既に1か月近くに及んでおり、帰還するという報せも前触れも何も無い。
サグリヤンマやアブレベントですら焦れていた。
「あら?カドリさんの名前を出したら大人しくなった」
ヘラヘラと憎たらしく笑って、メイヴェル・モラントが言う。
本当は憎たらしくしているわけでは無いのかもしれない。それでも間違いなく憎たらしいのだ。
「ええ、あたしら、カドリ様のことが、なんだかんだ大好きですから」
臆面もなく言い放てるレアンが羨ましい。
「この、アレックスも同様です。本人は絶対に、特に聖女様には認めないでしょうけど」
さらに肩をすくめてレアンが加えた。
2人の腹が立つやり取りもアレックスは無視する。メイヴェルのことがなければ、自分はレアンともカドリとも揉めずに済んだのだ。そう思うとなんとなく悔しい。
また、思考がカドリに戻る。
(たぶん、どこかで苦労しているんだと思う)
薄ら笑いで、表情や感情を殺しながら、同胞たちとともに戦っているのだ。日々、供給される魔力から、カドリの疲労をアレックスは感じていた。
魔獣たちとの意思疎通に長じたレアンにも、そのあたりの感覚は伝わらないらしい。一度、話をしようとしたところ、首を傾げられてしまった。
(なぜかは分からないけど、王家を守って、それでベルナレク王国を守り抜こうとしている)
アレックスとしては、必ずしも賛同出来ないカドリの信条なのだが。
(確かに、たぶん、カドリ殿もヘリック王太子やメイヴェル・モラントには率先して協力しようとするんだとは思うけど)
そう考えるとモヤモヤする反面、レアンについてはただカドリに忠実なだけなのだとも思えてくる。
「ま、落ち着いたんならいいわ。軍人連中を待たせちゃってるんだから、急ぎましょ」
自分の沈黙を好意的に捉えて、レアンが総括する。
多少、落ち着いたのだという自覚は自分にもあった。カドリのことを考えていると不思議と落ち着くのである。
「あのおじさん達ならぁ、いくら待たせたってぇ、文句なんか言わないでしょう?」
笑ってメイヴェルが告げる。確かにそうなのかもしれないが、やはり気遣いなど欠片も出来ない人間なのだ。
また、アレックスはムッスリと黙り込む。
レアンが苦笑いで肩を竦める。特に口を挟むことなどもしない。これ以上、やりとりをしても仕方がないのだ。
3人でいそいそと歩き、ピッペル村の集会所前へと至る。馬が数頭繋がれており、どうやらヘイドンらが先着しているのだと分かった。馬たちにも見覚えがあるのだ。
(なんか変)
少し馬に違和感があるのは、ただの木造の、粗末な集会所に馬が不釣り合いだからだろう。せいぜい民家数軒分の大きさに過ぎない。
「レアン様っ!アレックス様っ!メイヴェル・モラント嬢がご到着ですっ!」
集会所の入り口で立ち番していた兵士が中に向けて叫ぶ。まだ若い兵士だ。銀色のきれいな鉄兜をかぶっている。
「お疲れ、ヘイドンたちにそんなことまでやらされてんのね」
半ば呆れて、レアンが兵士に話しかける。どう見ても自身より年上な相手にも臆することなく失礼なのだった。
こういう気さくで気安いことが自分には出来ない。
アレックスはただ兜に顔が隠れているのを良いことに、槍を持ったまま無言で突っ立っている。
レアンとメイヴェルがそんな自分を見て、面白がるような顔をするのも、アレックスは当然に無視してやるのであった。




