85 風の大木3
今度はハロルド伯爵領に北から風の巨木ヘイムウッドが接近している。
「厄介ね。通過されたら、その場所、跡形も残らないわよ?」
口ではレアンは顔をしかめて苦言を呈する。書物で読んだことがあった。つまりは竜巻が通過するのと同様なのだ。全部巻き込まれて吹き飛ぶのである。
「しかし、専門の者に見せたところ、大きさ、竜巻の形状、ともにヘイムウッドの可能性が高いということでした」
ヘイドンの口ぶりからして、おそらく視認できる位置にまで、無理矢理、その専門家とやらを連れ出して直接に見させたのだろう。怯えながらヘイムウッドと断ずる羽目になった専門家とやらに、レアンは同情した。
「なら、なおのこと、人里には近づけたくないから、そいつは私らで対処するわ」
笑ってレアンは宣言した。
勝算はある。自分は雷と氷属性の魔術を使う。大概の属性には対処可能なのだ。
(強いて言えば、あのズカイラー、炎属性が一番嫌だったかも?)
氷も溶かされるうえ、雷も普通には効かないのだ。
だが、それもカドリのお陰で倒せている。
「対処、でございますか。あれほどの巨大な敵を」
ヘイドンが首をかしげる。
さすがにヘイムウッドについて調べ、その厄介さは頭に入っているのだろう。
「数で突っ込んでもダメだろうから。それに、今回は聖女様も連れてきたのよ。勝算あり、よ?」
ここでレアンは聖女の存在を明らかにする。当然、実際のところは偽聖女なのだが、そこまではいちいち言わない。
「なんと!さすがはレアン様!不測の事態にも抜かりなし、ですな」
カートンが手をパンッと胸の前で合わせて告げる。どうやら素直に喜んでくれているようだ。
「いやはや、カートンよ。聖女などよりカドリ様だぞ。カドリ様がいらっしゃれば、聖女など不要なのだ」
ヘイドンが知った顔で指摘する。カドリのシンパとしての経歴はカートンよりも長い。先輩風を吹かしているのだ。
「なるほど!さすがですな!」
何がさすがなのか。カドリの精神操作なしで、この有様のカートンが言う。
(あぁ、この2人は勝手にしてりゃいいわ)
さすがにげんなりとしつつレアンは思う。話していて疲れてきた。なんなら、この2人ならメイヴェルを偽聖女だと明らかにしても気にしないのではないか。
よって、適当に放置である。
問題は相方のオオムカデ、アブレベントとその尻尾で不貞腐れている槍使いのほうだ。
「いい?対策よ?あんたらにも仕事があるんだからね?拗ねてもダメよ?」
レアンは双方に釘を刺す。
返事などない。二人してツーンと知らんぷりである。
(こいつら)
分からず屋どもに対し、レアンは怒り、拳を握ってプルプルと震わせる。いっそ、魔術でも放ってやろうかと思うほどだ。
「本当に、大変そうねぇ」
派手な装飾の馬車からメイヴェル・モラントが降りてくる。偽聖女らしく、ただ純白のローブではなく、金縁つきのローブ姿だ。
「あんたには、クセの強い仲間しかいないの?まぁ、あたしはあんたの言う通りにするわよ、レアン」
どこか労わるようにまともなことをメイヴェルが告げる。
「えぇ、まぁ、狂信的なカドリ様の信者に、この頑固者どもが、自慢の味方ですね」
皮肉たっぷりに、レアンはアレックスを睨みつけて告げる。
「あはは」
声を上げてメイヴェルが笑う。
よりにもよって、形だけの偽物聖女メイヴェルが一番、常識的で、かつ協力的なのであった。
「あたしは、レアンの言う通りにして、お祈りするから、少しでも役に立てれば嬉しいわね」
メイヴェルが言ってくれるも、実際は祈るフリをしているだけだ。手柄をもらえる以上、下らない文句や我儘で、レアンを困らせるつもりはない、とそう宣言しているのだ、とレアンは解釈した。
「いい?アレックス、あんた、聖女様をお守りすんのよ?危なくなったら助けるんだからね?」
レアンはだんまりを決め込む槍使いに告げる。
「危なくなっても、ゆっくりしてから助けます」
やっと言葉を発したと思ったら、生意気を言うのだった。
「そんなことしてる間に、一般人の犠牲が出たら、あんた、戻ってきたカドリ様にお尻ペーン、されるんだからね」
時折、目撃した折檻を思い出して、レアンは告げる。ただいちゃついているようにも、まるで魔獣か何かを躾けているようにも見えたのだが。
ハッ、として立ち上がり、尻を押さえるアレックスが可愛い。
「はうっ」
さらになぜかアブレベントの不興を買って、尻尾から振り落とされてしまっていた。
メイヴェルがまた、声を立てて笑う。
「まったくもう、あんたは。本当に、これから作戦会議なんだから。真面目に話を聞くのよ?カドリ様不在なんだからさ。あたしらにかかってんのよ?」
16歳の自分に対し、確か年上であるはずのアレックスに対し、レアンは呆れて告げるのであった。




