82 メイヴェル・モラント
アブレベントに乗ったまま進み、レアンは北方の村に至った。かねてから宿泊していた旅館に泊まる。到着したのは既に夕刻だった。
「良かった、ここなら温かくて美味しいご飯が食べられます」
アレックスが嬉しそうに告げる。
「食べるだけのくせに、よく言うわよ、もう」
レアンは呆れて返した。いつも兵糧でも何でも、調理はレアン任せなのである。
(ま、ご飯で少しでも機嫌直してくれるんならいいけど)
一方で食いしん坊の槍使いについて、レアンは思うのであった。カドリ抜きであれば、自分とアレックスは基本的には仲が良い。メイヴェルの登場に不平たらたらの相手は疲れるのである。
「ご飯は基本、食べるものだから良いんです」
挙句、わけの分からないことを言い出すのがアレックスなのであった。
だが、いつまでも滞在してもいられない。
目的地はさらに北なのである。魔窟に近づく予定だった。
(そこまで行けば、メイヴェル・モラントの手柄に出来る敵もいると思うのよねぇ)
夕飯後、即座に寝てしまったアレックスを尻目にレアンは宿屋の庭で夜空を眺めていた。
「苦労をかけるわねぇ」
ふと、背後から声をかけられた。どこか間延びした、頭の悪そうな話し方。振り向くまでもなくメイヴェル・モラントだ。
「はぁ」
レアンは間の抜けた声を返す。
(とっくの昔に寝てるかと思ってたけど)
用件が分からない。レアンは相手の出方をうかがう。なんとなく、ただ退屈まぎれに話しかけてきたわけではないだろうと思えた。
(正直、思ってたほどうるさくないのは助かってるけど)
王都住まいの、公爵令嬢の感覚としては、実に粗末な宿屋かと思うのだが、意外にもメイヴェルからの苦情など無かった。
「嫌われてるでしょう?あたしってさぁ」
話し方とは裏腹に、しかし、事実を適確にメイヴェルが告げる。
「いえ。そんなことは」
迂闊には頷けないのは、メイヴェルが一応、公爵令嬢にして王太子の婚約者だからだ。平民の自分などとは違い、立派なお貴族様なのである。
「ヘリック殿下を調子に乗せてさぁ。聖女を追い出させちゃったから?国が魔物だらけになっちゃったじゃない?」
何を考えているか分からない笑顔のままメイヴェルが言う。
(へぇ、きちんと自分の状況は分かってるんだ)
レアンとしては、ほぼ初対面の相手である。だが、聖女フォリア不在とそれに伴う魔物の増加について、薄い噂は耳にしていた。
なんとなく悪い印象を抱いていたのだが。
(おまけにアレックスがあのザマだからね)
拒絶反応を起こして引っ込んでしまった人間の方の相棒について、レアンは苦笑いだ。
「厄介なことになるとわかっておいでだったなら、避けたほうが良かったのでは?」
遠回りにレアンは指摘する。
「そこよぉ。私の浅知恵なんてさ。聖女に成り代わって、王太子様の妻かなんかになるとこまでよぉ。私ってぇ顔だけはいいでしょう?あ、あと身体も?頭の中は空っぽなのよぉ」
メイヴェルがケラケラと笑って告げる。
聴く限り、笑い事ではないのであった。
「でも、悪い頭なりに考えてさぁ。顔と身体だけでもいいなら、どう生きられるか、考えてぇ。で、色香で王太子にでも取り入ろうかなぁって」
あけっぴろげにメイヴェルが自らの内側を晒してきた。
「それで、この国をこんなに乱して?」
どう返していいか分からぬままレアンは尋ねる。
メイヴェルの向けてくる話があまりに自分からは遠すぎた。
「まさか聖女の偽物までやらされるなんてねぇ。うまく行き過ぎちゃったのかも。でも、もう今さら、引っ込みなんてつかないし」
軽い調子でメイヴェルが言葉を重ねる。
「聖女みたいな本物の力なんて無い、薄っぺらな人間だからさぁ、これしかないのよねぇ」
張りぼてだと自覚しつつも、張りぼてとして生きるしかないのだという。
考えようによっては辛く悲しい状況のはずなのだが。
(そんな悲壮な感じも本人からはしないのよね)
レアンは笑顔のままのメイヴェルを見て思う。
「なんで、あたしにそんな話を?」
月に照らされているメイヴェルの顔を見て、レアンは尋ねた。こんな時でも磨き上げられた美貌が話に説得力を持たせている。
(本当に、顔と身体で生きるって決めてんのね)
つくづくレアンは思い知らされるのであった。
(別に、人によっちゃ、悪いことじゃないんだけど。アレックスは槍で、あたしは魔術で生きるって決めてる。誰にでも、そういうものはあるんだけどさ)
レアンは考えを巡らせる。
「こんな、雑談する相手もいないのよぉ、あたし。殿下になんてぇ、当然、言えるわけもないし。家族にも内緒。父様や母様に言えるわけないじゃないのよぉ。娘がさ、自分、馬鹿だから、顔のよさだけで成り上がりますって?国を傾けてでも?」
言われてみればメイヴェルの言う通りだった。
他の貴族令嬢も張り合う相手でしかないのだろう。
「なら、あたしには出来ると?」
レアンは思いつくままに疑問を発した。
メイヴェルがすぐに頷く。
「えぇ。だってぇ、あなた、カドリ様の代わりなんでしょぉ?」
つまりカドリになら出来る話だからしたのだ。
「では、カドリ様にもこのお話をされたのですね?」
レアンは尋ねていた。この話を聞いたカドリがどういう反応をしたのか。興味深かった。
「そうよぉ、ただ薄笑いをしてたわよぉ?多分、何か分かったんじゃない?理解できたっていうのぉ?私とは違うけどぉ、カドリ様ってさぁ、あの人も空っぽなのよぉ、きっと。何をしても満たされなくて、だからあの薄笑い」
一通り告げてから、メイヴェルがケタケタと高笑いする。
「失礼ながらメイヴェル様とは」
レアンは反駁しかける。
「だから違うのよぉ。私は中身が空っぽで、ほんっとうにペラッペラなの。でもカドリさんは、外側が分厚い。あんたたちや魔獣たちのおかげかしらぁ?中身は空っぽだけど、なんか、良いのよぇ。うらやましいわぁ」
メイヴェルが断言した。本当に羨ましそうなのが、なぜかレアンには不思議に感じられる。
「私達はメイヴェル様の手柄立てをお手伝いいたします。カドリ様でもそうしたでしょうから」
たとえ正しいとは思えなくとも。
肩をすくめて告げるにレアンはとどめるのであった。




