76 ムカデの女王
『ムカデの女王』などとハロルド伯爵領で、レアンはあだ名されるようになった。
アブレベントの頭に仁王立ちし、辺りを見下ろしながら容赦なく魔術を連発する姿を見て、兵たちが畏怖とともに呼ぶようになったのである。
(なんか髪の色と目の色もかぶるとかなんとか?失礼しちゃう)
黒いローブに、黒髪黒眼の自分である。アブレベントと雰囲気が似ているらしい。
レアンは鼻をふん、と鳴らす。
今日も朝から魔物を消し飛ばし続けてきた。
既に太陽も中天に達し、正午を告げようとしている。
「本当、どこで何をされているのかしらね、カドリ様ったら」
レアンはアブレベントに告げる。
既にいなくなってから1か月近くが経過していた。手紙の1つも寄越さない。忠実なことこの上ないものの、さすがのアブレベントもかなり苛立っている。
一緒に戦っていて、レアンにはよく分かった。
(そろそろお褒めの言葉が、ご褒美がもらいたいなぁー)
頭を撫でてくれる程度でも構わない。自分とアブレベントはカドリから特別扱いをされたいのである。
「ね、ま、贅沢はやっぱり言わないけど。お顔をね、あの綺麗な顔を見たいわよねぇ」
アブレベントの気持ちが伝わってきて、レアンは同調するのであった。
「え?あぁ、あいつは何も考えてないわよ。カドリ様がいないなら、いないで馬鹿みたいに戦うし。カドリ様とまた会えれば、何食わぬ顔して尻尾を振るだけ。分かりやすいでしょ?」
翼の先で渦巻く風を生じさせる鳥型の魔物、ウィンバーと空中戦を繰り広げるアレックスを見やって、レアンは告げる。
黒い鎧に、顔まですっぽり隠す黒い兜を装着するようになった。アレックスのほうは『黒騎士』などと呼ばれ始めている。
(私とは随分、違うじゃない)
ひとしきり魔物を倒し続け、殲滅し終えるとアレックスが兜を脱いだ。頭を振って、濡れた桃色の髪から汗を飛び散らせる。
レアンにしてみれば犬のような仕草なのだが、他の兵士たちからは歓声があがっていた。端正な容貌と小柄ながら、スラリとした細身の肢体からか、人気があるのである。
年若い兵士たちの中では自分かアレックスか、と人気を二分している状態だ。
(ま、つまり、カドリ様は両手に華ってわけよ)
思い、レアンは苦笑いを浮かべるのだった。
「レアン様っ!」
足下から大声をかけられた。野太い中年男性のものだ。
いちいち見なくとも分かるが、一応、見下ろすと騎馬隊を率いる髭面のヘイドンが、馬をアブレベントに寄せているところだった。
(こいつも、変えてもらって、ずいぶんと変わったじゃないの)
レアンは含み笑いだ。
かつてなら、アブレベントに怯えて近づく事も出来なかっただろう。
部下も100名ほどがレアンの近くにやってきていた。
ここにはいないが、今はハロルド伯爵に無断で、ヘイドンの率いる騎兵隊を2500人にまで増やしている。他の部下たちも各地で転戦中であり、魔物の南下を防ぐ有効な機動戦力となっていた。
魔物を駆逐し、手こずるようならカドリの名代である自分とアレックスを呼ぶ。この連携が、カドリ不在でもハロルド伯爵領が持ちこたえている、大きな要因であった。
「なあに?」
のんびりとレアンはアブレベントの上から応じる。
ヘイドンのことは見直し始めていた。かつては自分のいる魔術師部隊を見捨てて、どこかへ消えた無能である。
だが、カドリによる精神操作がきっかけとはいえ、今では果敢な戦いぶりが際立ち、積極的な判断が有効に作用していた。騎馬隊の増強など分かりやすい成果だ。
レアンとアレックスも実のところ、かなり助けられている。カドリからの魔力供給は未だ止まってはいない。だから個としては突出した戦力の自分たちだが、2人しかいないのである。点で戦わざるを得ないところ、面で魔物に対処しているのがヘイドンら騎馬隊なのだった。
(兵力の増強だって。この情勢じゃ厳しいでしょうに)
チラリとレアンは思う。
馬も武器も無料ではない。兵糧にだって金がかかる。
だが、もともとは腐っていた軍人のヘイドンだ。豹変した今は、逆にかつての癒着を活かして、馬商人や武器商人から買い叩いているらしい。不正の手口も流れも熟知しているから、今では上手く絞り上げているそうだ。
(ま、商人どもも国難を救うまともな商いが出来て喜んでるとかなんとか?人間、変われば変わるものねぇ)
ヘイドンの髭面を見下ろして、レアンは思うのだった。
「レアン様にご報告します」
まるで本物の女王にでも対するかのように、ヘイドンが切り出した。
「王太子ヘリック殿下とメイベル・モラント聖女が、ハロルド伯爵の居城を訪れており、レアン様へも面会を要請しております」
事務的にヘイドンが告げる。
さらに横を向いた。
「まったく、カドリ様の代理であり、ご本人不在の今、カドリ様ご自身とでも言うべきレアン様を呼びつけようとはどういう了見か。いっそ謀反してくれようか」
ブツブツとヘイドンがこぼし始めた。
確かに敬意を欠くやり口だ。自分はともかくカドリのことも呼びつけてきたのではないか。
「へぇ」
だが、絶対に厄介事であり、かつ面白い材料だ。
レアンは薄く笑って、思案を始めるのであった。




