70 忍び寄る切迫
カドリの同胞たちがハロルド伯領で大暴れをしているという。
オコンネル辺境伯領もまた小規模な魔物の襲撃に絶えず晒されていた。ベリーは馬上から戦況を眺める。ウェイドンの村北方の平原だ。
「シグナスッ!騎馬を突っ込ませろ!それで勝てるっ」
岩兵の一団を直下の銀兵団が粉砕していく。いつも使う剣や槍ではなく、馬上から鋼鉄のメイスを振り下ろしていた。
ベリーも同様である。兵士1人の費用も惜しい。自分には軍費はほぼかからないのだ。
(我々は強い。しかし、ハロルドはカドリの助けがあって、なお手こずるか)
何度も押し寄せる魔物たちを、カドリの助けなく自力で弾き返してきた。いつもならば、カドリが来てくれる規模の襲撃でもあらわれてくれない。ハロルド伯領の方が厳しい情勢なのだろう。
「勝ちましたな」
副将のテルデナスが馬を寄せてきた。もう40歳になる白髪の男だ。成熟した判断力を備える。
「負けるつもりはない。永遠に、いつまでも、だ」
口ではベリーは強いことを言う。自分が気持ちを阻喪させてはそこから崩れる。
悪い材料は探せばいくらでもあった。
部下の武器がボロボロになっている。取り替えるしかない。鎧も薄汚れている。砂を浴びてばかりなのだ。
鎧も武器も使えなくなったら取り替えるしかない。
だが、いずれも無料ではないのだ。
(なんなら、人は食わないと動けない。人が動くということ1つ取ってもタダではない)
ベリーは改めて思い、天を仰ぐ。
戦いは戦いで都度、集中しつつ、頭には軍費の問題がある。
「何か、中央から話は?」
テルデナスが顔をしかめて尋ねてくる。
ベリーの頭にある懸念は当然、共有しているのだった。
「陛下が生誕祭を迎えられるらしく、祝の品を寄越せと言ってきている。それか品が用意できない領主は金を寄越せ、と」
ベリーは吐き捨てるようにして告げた。要請の通知書などとうの昔に唾を吐きつけて灰にしている。
「軍費の拠出も税の減免も、そもそも何も助けなど無い。ま、いよいよとなったら、踏み倒すしかない」
踏み倒すとなれば、国王もヘリック王子も黙ってはいないだろう。そこで抵抗すれば反乱ということとなる。
「ハロルド伯のところは?」
テルデナスが疲れ切った顔で尋ねてくる。すでに自身も知っているであろうに尋ねずにはいられないようだった。
テルデナスでなくとも分かりきっている。この国は腐り切っているのだから。
「カドリがズカイラーを倒した。それでも他の魔物の撃退に追われている。だからカドリの同胞とやらも未だハロルドのところにかかりきりだ」
ベリーは苦笑いとともに告げる。
自分たちのところにはカドリの助けがないということだが、そもそもベリーはハロルドのことを嫌ってはいない。真面目だが不器用、有能とは程遠い男なのだが。
(あいつはあいつなりに、いつも必死なのはよく分かっている)
強敵も今のところ、ハロルドのほうにばかり流れている、というところもあった。
「そのハロルドも税の減免はおろか、あの偽聖女の派遣すら拒まれている」
そもそも偽聖女であるのに頼って派遣を依頼するハロルドもハロルドで純朴過ぎるのだが。
(難なら愚かでもある。だが、中央に対して従順だったハロルドまで)
ベリーにとって、この国を完全に見限ってしまいそうになっている理由がハロルドへの対応だった。
もともとからヘリック王子と折り合いの悪い自分とは違う。ハロルドすら何も対応をしてもらえないという現状は、国としてベルナレク王国が自分たち北方の地方領主を見捨てたどころか、潰そうとしているということだ。
(あのハロルドが正規の手順で陳情しないわけがないからな)
偽聖女すら聖女と思って派遣を依頼するような男なのだ。要領を使うということも出来ない。
「そうですか」
テルデナスが肩を落とした。
前線の誰もが疲れている。それでも守りたいものがあるから戦い続けていた。それでなんとか気持ちを繋ぎ止めている。
(もし、この地を捨てるしかないのなら)
ここ数日、何度もベリーの胸に去来する問であった。
力尽きて魔物に追われる。南へなだれ込んでも受け入れてもらえるかはわからない。
このままでは不毛に戦い続ければ命を、戦いを放棄すれば住む場所を失うのだ。
「カドリ殿ご自身がこちらに来るわけには行かないのですか?」
残る希望はカドリだけなのだ。テルデナスが尋ねてくる。あくまでハロルド領にかかりきりなのは同胞のほうなのだから。
知る人ぞ知る、聖女並みの人材なのだった。ただ、魔窟を封じることが出来ない。
「何か企んでいるのかもしれんが、探りようもない」
肩をすくめてベリーは答える。
ズカイラーがオコンネル辺境伯領ではなく、ハロルド領にあらわれたときには肝を冷やした。魔物に戦略的思考などあるわけもないが、ハロルド領を踏み潰されれば、結果として自分たちも北と東から挟み撃ちを受ける格好となる。
「だが、今はカドリの同胞だという魔術師の女が暴れまわっているらしい。例の槍使いも一緒だな」
相手が副官だから、自分もありのままを言う。
「どこかで何かをカドリ本人は企んでいるのさ」
薄く笑ってベリーは告げる。
どこかカドリの行動にも虚しさを感じたからだ。
(カドリ、この国が今のままでは、結局、同じことを繰り返すぞ)
保守的な友人に心の内でかたりかける。
政治というものについては、カドリが昔から頑迷であったことを思いだす。わざわざ何かを変えて壊す必要もなく、むしろ無駄だというのである。
(いま、こんなことになっても、まだ、そう言うのか?)
聖女フォリアを追いやったことで、自国の民を苦しめておいて、何の対処としない。そんな男が次の国王となる国だ。
「ここを乗り越えても先行きの暗い国。そんなものを、俺は呑めんぞ」
さらにベリーはひとり呟くのであった。




