59 灰髪の魔術師
翌日、フォリアはレックスとともにヴェストゥルの繁華街を歩いていた。固辞しても無駄である、バーガンたちも護衛についている。
(本当に豊かな国)
市場1つとっても、見たことのない食材で溢れている。フォリアは戦うばかりで余裕のなかった人生を鑑みるにつけ、目を奪われてしまうのだった。
「これは、南方の魚で、自力ではあまり動かず、波に任せて水の中を漂うことが多いのだそうです」
魚介類の並ぶところをなんとなく眺めていると、レックスが声をかけてくる。優しい目で自分を見つめていた。
(いざ、外に本人も出ると楽しそうなのに)
カドリを警戒して、自分を皇城に置いておきたがる。うるさく思う気持ちもあるが、正論でもあった。
「ベルナレクはあまり海に広く面していないので、初めて見ました」
フォリアも笑顔で返す。
少なくとも自分よりも物知りなのだ。
「そういうお姿を見ると、本当にただ外を歩きたかっただけなのかな、と騙されそうですよ」
レックスが笑って告げる。
「本当にそのつもりです。だって、私は世間が狭いから」
フォリアは不本意に思って応じた。
テルルク村での一件以来、レックスにはなにか企んでいるのか、といつも勘繰られている気がする。
「またまた」
そして、今もあまりその点では信じてくれていないのだった。
「今回は何を企んでいらっしゃるのやら。また、魔獣が出るのではないかと」
レックスが率直に尋ねてくる。
「本当に何もありません」
フォリアは今度は野菜に目を向けて断言してやった。北で採れる根野菜なのだという。食べると甘いらしいのだ。
「本当ですか?」
しつこく、なおも訝しげなレックスである。
「たまには、殿下と町を歩いてみたかったんです。いけませんか?」
フォリアは顔を上げて、笑顔を見せた。
嘘ではない。自分に向けてくれる気持ちは本物だ。
(皇太子の身で、危険も顧みず、あんな穴の中にまで)
本気で自分を助けようとしてくれた相手を無碍に思う気持ちなどない。
フォリアは惹かれている自分をしっかり自覚していた。
「それは」
レックスが赤面して、たじろいでいる。
「困ったな。そう仰られると、私も満更ではない。しかし、魔獣を度外視して、フォリア殿に万が一があっては、後悔してもしきれない」
本当に困った顔でレックスが独り言をぶつぶつと言う。
笑顔のまま、フォリアはレックスから視線を外す。
花屋があった。店の前で5、6歳の幼女がお店の手伝いなのか、白い花の冠を売っている。親の商品を加工したものだから売り物なのだろう。白い可愛らしい花だ。
「きれいなお花ね。いくらなの?」
フォリアは身をかがめて幼女に問う。
「聖女様。あと、兵隊さんに皇子様」
びっくりした顔の幼女である。モジモジと逃げたそうにしていて、しかし、我慢していた。
「怖くないわ、殿下も兵隊さんも優しいのよ」
フォリアは笑顔を幼女に向ける。
「5ペトラです」
幼女が答える。
「フォリア殿、花冠なら私が支払います。それに、なんならもっと良いものを」
レックスが口を挟んで台無しにしてくる。
「もう、殿下は」
フォリアも小銭ぐらいは持っている。
「私にだって、お買い物ぐらいさせてください」
一生懸命頑張っている幼女を自分も応援したくなったのだ。
兵士たちも少し近過ぎる。護衛は有り難いと思わねばならないと分かるが、距離を取ってほしい。
(わがままかしら。でも)
花冠を頭に乗せてもらいつつフォリアは思う。
「だが、フォリア殿。私にも私で、あなたへの気持ちというものが」
レックスがなぜだか悲しげな顔をする。
「それはもう、伝わっていますから」
フォリアは笑って告げた。
本当によくしてもらっている。フォリアも不満はない。ただ出来ることがもっとありそうであり、もっとやりたいというだけだ。
「もっと真面目な話をするなら、それこそ魔窟や魔物への対処、ベルナレク王国との話になりますね」
わざと真面目な顔を作って、フォリアは告げる。
それこそ皇城で皇帝や軍人に政治家も交えてする話題だ。
「そうですね。いずれは」
レックスも咄嗟には答えづらい話題だからか言葉を濁すのだった。
(私の方も、だいぶ調べは進んだのだけど)
ここ数日、フォリアは魔窟について調べ続けていた。
いっそ滅してしまいたいとは思う。だが、可能なのか。歴史上、どうだったのか。皇城内の資料庫を漁り続けていたのだった。
(そして、結局は分からない。やってみないことには。でも、おあつらえ向きに、ブレイダー帝国にはベルナレク王国のものより小規模なものがある)
それもベルナレク王国からは離れた位置に、である。
「少し、気晴らしがしたくなってしまって。付き合わせてしまい、申し訳ありません」
また道を歩き出し、フォリアはレックスに詫びた。
「いえ、いいのです。確かにフォリア殿はずっと、書庫にこもりきりでしたからね」
レックスがまた笑顔を見せた。だが、実際はかなり気を張っているのだろう。気配でフォリアにもなんとなく分かる。
(真面目で誠実、剣の腕前もすごい。それだけじゃない)
テルルク村でのことを経て、現実逃避をしているわけではない、とフォリアも知っていた。
おそらくはベルナレク王国の動静にも気を配っていて、情報を精査している様子がある。特にカドリの動静などを知りたがっているのだろう。
(でも、この人、私にその情報をくれないのよね)
フォリアとしては、そこが不満なのだった。
自分が泡を食って、ベルナレク王国の民を助けに行こうとするとでも思っているのだろうか。
(あの王子やカドリという人がいる限り、さすがに私もそれはない)
冷静になって落ち着くと、思い出されるのはレックスが最初にカドリに指摘した事項だ。
(私の倒せなかった、鉄鎖獅子を倒した人がいる)
自分が無様にも逃げるしか無かった魔獣を倒した人物がいるということだ。
今更ながらフォリアには重たいことに感じられる。
(そして、それは多分、カドリという人)
ベルナレク王国にはカドリという強力な人材が残っている。
聖女も何もいなかったブレイダー帝国にこそ、自分は役割があるのではないか、ともフォリアは思う。
「私は昔から、町を歩いて回るのが好きで。何をするというのも、ないんですけど」
歩きながらフォリアは告げる。
前を向いたままだ。
ふと、慌てた様子でバーガンが他の兵士から話を聞いていることに気付く。
さらには自分たちの方へと駆け寄ってきた。
「殿下、お楽しみのところ、申し訳ありません」
緊張した顔でバーガンが切り出す。
「どうしたんだい?」
訝しげな顔でフォリアを見てから、レックスが問う。
「マクシム殿が北方より帰還したそうです」




