54 巨人討伐2
あわててレアンはズカイラーを見やる。赤い人型の大山。まだ原型を保っていた。
そして黒ずんだ溶岩の表皮の外側で氷が溶け始めていた。
「いやはや、大きいというのはそれだけで厄介だ。また、手を考えねばならないね」
カドリが額に汗を浮かべて告げる。焦っている表情ではない。ズカイラーのせいで周りも暑いのだ。そしてとうとう氷が完全に溶けて、また赤い巨人が姿をあらわす。
そのズカイラーが、顔を上の方へと向けた。
プゥッと口から炎を吹き出す。しばらくしてから炎の雨が視界を覆い尽くした。
「きゃぁっ!」
恐怖のあまり、レアンは思わず悲鳴を上げてしまった。抵抗のしようもない。焼き尽くされて死ぬだけだ。無様に尻もちをつく。
だが、予期していた痛みの一切が自分を襲ってこない。気付けば自分は何かの陰にいるようだ。
見上げるとアブレベント、ムカデの甲殻の内側が視界を制圧している。炎の雨からアブレベントが自分とカドリを守ってくれていたのだ。
そして目が合う。
『しっかりして』と言われているような気がした。
「分かってるわよ、悪かったわね」
レアンは立ち上がり、もう一度、杖を握り締めた。
一人、自力で炎の雨を避けたアレックスが再び、フレイムウィングと乱闘を繰り広げている。
「あんなのに、負けるわけにはいかない」
レアンは呟く。
炎の雨を降らせるぐらいしか能の無い相手なのだ。
(連中は?少しは減ったかしら?)
レアンは顔を動かさず、視界の隅で駆けずり回る傷だらけの騎馬隊を一瞥した。2人ほどが落馬して倒れている。
「別に、良くも悪くも何も変わらない」
レアンは口に出して、自らに言い聞かせる。
地方の魔術師に過ぎない自分が、山のように巨大な魔物を、溶かされたとはいえ、一度は氷漬けにしたのだ。自信を持って良いことだと思う。
「その通りだ」
カドリも自分を認めてくれたように思う。
まだ力を注ぎ込まれている。文字通り力づけられているのだ。
「相手が大きいから、溶かされました。カドリ様、少しずつ、小さくしてやればいいと思いませんか?」
レアンは笑みを浮かべて尋ねる。ただ確認しているだけのつもりだった。
「私もそう思うよ」
酷薄な笑みを浮かべたまま、カドリが頷く。わざわざ舞と歌の合間を縫って、相槌を打ってくれるのだった。
この上ない、厚情と思える。そして、正解に辿り着いた。確信を持って、レアンは新たに魔法陣を頭の中で思い描く。
自分の身体を怖いぐらいに青白い光が迸って覆う。
しかも、まだ余力があるのだ。
(今なら出来るかもしれない)
書物で見ただけの魔術だ。ズカイラーを砕かねばならないとなって、その存在を思い出した。
「凍結して砕けよ」
レアンは冷気を槌の形に固める。
「氷槌ダラン」
書物でしか知らない魔術、レアン自身が自分の人生で撃つことはないと思っていた。
巨大な冷気の槌がズカイラーの左脚を襲う。衝突する前には既に凍りついていて、冷気による衝撃がその左脚を容易く砕いてしまう。
「あははははっ、いいザマァッ!」
左に傾いて無様に倒れたズカイラーを目の当たりにし、レアンは高笑いをあげた。未だに自分の髪は青白い光を帯びたままだ。
「まだ、終わらないわよ」
レアンは再度、頭の中で魔法陣を思い描く。
「凍結して、砕けよ」
力が身体に馴染んでいく。
「氷槌ダラン」
苦し紛れにズカイラーが垂れ流し始めた溶岩流。あえて正面から氷の槌を向かわせる。
溶岩流があえなく冷気で固められてしまう。そのまま今度はズカイラーの右脚を砕いた。
「なによっ!一方的じゃないのよっ!」
カドリの力をもってすれば、どんな魔物も容易く倒せるのだ。
絶対的な自信を胸に、レアンは叫ぶ。
(再生するのかしら?でも、もう、私の勝ち筋よ)
体積や相手の熱源を確実に奪っているはずだ。再生しても片端から氷漬けにするつもりである。
レアンはさらに続けて両腕を、そして、胸と頭部だけになった巨体を、容赦なく真上から氷槌ダランを打ち下ろすことでとどめを刺した。
「お見事。やつの核を打ち砕いてやったようだね」
カドリが額に汗を浮かべて告げる。
岩からふわりと飛び降りる姿にレアンは目を奪われた。いちいち所作が誘惑するかのように美しいのである。
「はい。カドリ様のおかげです」
如才なくレアンはカドリに擦り寄って告げる。
あとに残ったのは、氷の大山だけだ。
「すさまじいね。あれは、数年は消えることなく、氷の山として残るだろう」
苦笑いを浮かべてカドリが告げた。
「忌々しいから、あれも消し飛ばしてやりますわ」
レアンは微笑んで告げる。
自分はアレックスのようには笑えていないだろう。ちらりとレアンは思った。どうしても、どこかに小賢しさのようなものが出てしまう。
(あいつが笑うと、本当に笑ったって感じだものね。純粋な感じっていうの?あれ、真似できない可愛さなのよね)
レアンは次第次第に髪色を今度は黄色に変えていく。黄色を通り越して、カドリの力の残滓によって金色にまで至る。
「我が敵の罪を咎めよ」
バチバチと音を立てる自分の魔力を、レアンは槍の形に変えた。
「雷槍オグド」
氷の山を雷が貫いて、中のズカイラーの残骸ごと消し飛ばす。
今度こそ、終わった。もう敵は跡形もない。
レアンは思い、ようやく肩の力を抜いてカドリに笑顔を向けるのであった。




