52 耐熱の同胞
カドリは鉄扇の陰で薄く笑う。
50騎ほどの一団が平原をこちらへと駆けてくる。
(せっかく機動力があるのだから、撹乱をしようとかそういう気は回らないのかね)
カドリはあまりに情けないハロルドの配下たちを目の当たりにし、かえって笑ってしまうのだった。
(まぁ、それも命懸けだがね)
騎馬隊が土煙をあげる向こう、山の緑や木々に炎が燃え移って、黒煙を上げていた。
「やはり大きいな」
圧倒されている人間の同胞2人を尻目にカドリは呟く。
「助けてくれっ!化け物だ」
一番、立派な兜を被った騎兵が先頭で叫ぶ。鷲が翼を広げた意匠の飾りが派手だ。指揮官だろうに先頭切って逃げてきている。
所詮、ハロルドの私兵などその程度なのだ。
「あんなの、勝てるわけないじゃない」
かすれた声で同じく、元ハロルドの私兵だったレアンが呟く。
確かに溶岩の山が進行してくるようなものだ。
「倒すんです。でないと、一般の人々に大きな犠牲が出ます。強敵だからこそ、私達が倒さなくては」
アレックスが決然とした顔で告げる。自分の従者として、戦闘に向かう際の心構えは見事に出来上がっていた。
ズカイラーの巨体を前にしての、この落ち着きはカドリですら見事と思う。
「あれがズカイラー。大きくて熱いが、裏を返せば、大きくて熱いだけで、知性の欠片もない。巨体にかまけて努力を怠っている存在だ」
カドリは聞こえもしない批判をズカイラーに送る。
他の魔物たちもズカイラーの足元からこちらへ向かってくるのが散見された。
アレックスの報告した、『少しいる』という魔物たちがズカイラーの足元に集まっていたのだろう。
「フレイムウィングにレッサードラゴン、レッドドラゴンまでいるじゃないのよ」
再度、レアンがうんざりした様子で言葉を吐き出す。黒い点のようなものが、ズカイラーの赤い身体を背景に見えているのだ。おぞましいものがあった。
「アレックスはあの群れを。有象無象が我々に近づけないようにしなさい。レアンに私の非力も加えてズカイラーを止めたい」
カドリはアレックスの方を向いて告げる。
黙ってアレックスが頷く。黙っていると凛々しい横顔が美しい。
「あの不甲斐ない連中は?」
もはや腹心気取りのレアンが尋ねてくる。おそらく逃げてくる騎馬隊のことを言っているのだろう。
他人を謗ることで落ち着きを取り戻したようだ。レアンになんとなく似つかわしい姿だった。
「アレックスの打ち漏らしぐらいは仕留められるだろう。あのままでは使えないがね」
カドリは告げて、逃げてくる騎馬隊の方へと歩を進める。レアンも一緒だ。
(まったく、躾がなっていない)
呆れるべきことに、自分とレアンが見えているであろうに、騎馬隊が馬脚を緩めない。踏み殺してでも逃げることを優先しているのだ。
「まったく」
カドリは苦笑いだ。かける対象が愚図であれば、その分だけ自分も力を要するのである。
「私の胸に去来する痛みを、消えることなく薄く広げて、この地に被せてしまう。あなた達の肌から染み入って、心を触って、どこまでも続いていきますように。全ての人の心に黒い染みが滲んでこの世界を覆ってしまいますように」
カドリは歌い、黒い雲を呼び、騎馬隊の方へと差し向ける。
「うわっ」
50騎が急停止した。勢いが勢いなだけに後方から何人かが押しつぶされてしまう。それでも仲間の怪我すらも厭わずに、多くが何かと戦いたくてソワソワとし始めた。
「カドリ様、あの醜い髭面の派手兜、あれが部隊長のヘイドンです」
レアンが口を挟んでくる。
「助かる。では彼を扇動するとしようか」
カドリはアレックスの方を一瞥してから、騎兵の方へと歩き出す。
既に自分の強化もなしで戦闘を始めてくれている。
「君は私の心を代弁してくれる。大いなる感謝を君に」
カドリは呟いてアレックスにも力を送る。
嬉しそうに槍を持ってアレックスが舞う。辛口な自分ですら満足するくらいに連携が取れているのであった。
「でも、カドリ殿、まだちょっと守りが薄いような」
レアンが不安な顔をして告げる。敵の数が味方に対してあまりに多過ぎるからだろう。50騎など焼け石に水なのだった。
「いわれのない悪意に晒されて、私の心が感じたその痛みを分かち合えることの出来るその姿を。未来永劫、延ばしていけるその姿を。格別の厚情をもって、末永く寄り添えるわが同胞を。ゆえに私は百の足を呼ぶ」
カドリの歌に呼応して、大地が揺れた。
長閑な草地を引き裂いて、地面の下から黒いムカデが飛び出してくる。細長く、いくつもの体節に区切られた身体が黒光りしていた。
「ひっ、こ、この子は?」
性悪だが、口の利き方を知っているレアンである。同胞をしっかりカドリの仲間と見て、『この子』と呼んだ。
「アブレベント、ムカデの同胞だ。熱に強いのでね」
毒牙に加え、長く巨大な身体、無尽蔵の生命力を武器としている。甲殻が頑丈で熱に強い。攻撃でも防御でも、同胞たちの中で、抜きん出た存在の1つだ。
規格外の大きさであり、体長10ペイク(約40メートル)、幅1ペイク(約4メートル)にも及ぶ。
「きゃ」
レアンが悲鳴を上げた。
炎の塊が迫ってきている。ズカイラーが発しているようだ。
身を挺してアブレベントが庇ってくれた。
「あ、あなたは!カドリ殿では?」
騎馬隊の部隊長ヘイドンが自分に気づく。
アブレベントのことも既に扇動済みだから動じない。
「君たちは周辺の魔物を一掃しなさい。出来るね?」
カドリは単刀直入に告げる。
たとえアブレベントでもズカイラーには敵わない。
それでも勇猛なアブレベントが身体の前半分をもたげてズカイラーを睨みつけていた。その脚の1つをレアンが優しく撫でている。どうやら気が合うようだ。
「いえ、我々は撤退を」
筋金入りの無能であるヘイドンがまだ愚図を言う。
「少しは働けと言うのだよ」
ポツリとカドリは呟く。
鉄扇の端をヘイドンの方へと向ける。
「私の痛みと憎しみを君に捧げる。あなたも味わえばいい。力及ばぬ無念を」
カドリは鉄扇の内側で小声で歌う。
相手の戦意を刺激してやったのだ。
「はっ!我々は、周辺の魔物どもをこの世から消し去ってやります!よくもこの俺を追い回してくれたなぁっ!いくぞ、者共ぉっ!」
槍を掲げてヘイドンが絶叫する。
あまりの不甲斐なさに呆れ、少しやりすぎたかも知れない。フレイムウィングの群れに騎馬隊全体が正面から突っ込んでいく。
「さすがです、カドリ様」
レアンが媚びてくる。レアンの戦意も刺激してやったのだが、強かな人柄である分、我が強いらしく、自分を失わないのだった。
「世辞はいい。君は自身の持つ最大魔術をただ、ズカイラーに叩き込みたまえ」
カドリは敵を見て、薄く笑って告げるのであった。




