45 スバイル城到着〜カドリの思索2
「カドリ殿?」
ふと、アレックスに声をかけられて、カドリは我に返る。
つと立ち止まって、アレックスが自分を見つめているのだった。
「何かな?」
道の真ん中で、思いの外、立ったまま長く長考してしまったらしい。
だが、自分の背筋はしゃんときっちり伸びていて、口元にはいつも通り鉄扇を当てている。その陰では薄笑いを浮かべたままだ。
自分はいつもと変わらない。
「大丈夫ですか?なんだか、とてもお疲れのようですけど?」
だから、とても心配そうにアレックスが尋ねてくることに、カドリは面食らってしまった。
「無論、大丈夫だが、どうかしたのかな?」
努めていつもどおりの穏やかな口調で、カドリは訊き返した。むしろいつもより優しいぐらいかもしれない。
「いえ、なんでか気落ちして、肩を落としているように見えて」
遠慮がちにアレックスが言う。
「ヒマクザルさんが死んだ時と同じように、見えてしまって。すいません」
さらに加えてアレックスが告げた言葉に、カドリは驚かされるのだった。
微妙なところに心情が出てしまったのだろうか。僅かな変化をも感知したアレックスに驚く。思いの外、よく自分を見ているのだった。
(大概の人間は、私の上っ面しか見ないからね)
だから殊更にアレックスを心配させるわけにはいかないのだった。
「気にかけてくれるのは有り難いが、君が心配するようなことは何も無い。ここでも魔物を撃退して、人の世を守る。その一助にこの非力を加えるだけさ」
カドリはアレックスを見据えて告げる。
この従者だけではない。誰にも心配をしてもらうようなことがあってはならない。自分はカドリなのだ。
「非力であるがゆえに、私は君や同胞の力を借りなくてはならん。どうか、許してほしい」
カドリは頭を下げた。
大したことをしているわけでもない。だから、気力を自分が出し続けるべきなのだ。気落ちして肩を落としている、など許される姿ではない。
「だから、少々、心苦しくなってしまったのが、肩を落としているように、疲れのように見えたのかも知れない。紛らわしくてすまなかった」
笑みを作ってカドリは告げる。嘘偽りない気持ちでもあるから、後ろめたさもまるで感じない。
「そんな、非力でもないし、カドリ殿が心苦しく思うことなんて、なにもないのに」
アレックスが唇を噛んで言う。
幸い、スバイルの城下町には、自分を追いかけ回す余力のあるご婦人方がいない。落ち着いて立ち話が出来るのだった。
「フォリア様が出国してから、この国を支えているのはカドリ殿です。カドリ殿がいなかったら、この国は今、どうなっていたか、分かりません」
大袈裟なことを言う従者なのであった。
「私がいないならいないで、どうとでもする。それが国というものさ。君にしろ、ベリーにしろ、私を買い被りすぎて本質が見えていないよ。国というものの延命をするための力を甘く見てはいけない」
カドリは真面目に言うのであった。
「そんな。だから、メイヴェル・モラントとかヘリック王子に花を持たせるようなことをしているんですか?ご自分はそんなに疲れてるのに」
もじもじしながらアレックスが言い募る。
余程、ヘングツ砦でのことが不満だったらしい。挙げ句、また勝手に『疲れている』と決めつけてくるのだ。
「私など、せいぜい、下支えをするぐらいのことしか出来ない。綻びをちょっと繕う程度のことさ。この国難を解決してくれるのは、国王陛下やヘリック王子、ベリー・オコンネルといった人々だよ」
肩をすくめてカドリは言う。
最後は政治家が人々を動かしてくれる。それで決定打となるのだと信じていた。自分の歌による扇動は邪道であり、いつかは崩れる。
「でも」
アレックスが何か反駁しようとして口ごもる。正規に雇って、何か自分に忠誠心のようなものでも抱いてくれたのだろうか。
こそばゆくも思い、不思議と不快ではない。
(だが、私などそれほどのものではないよ。あまり、誇大に考えないでおくれ)
カドリは優しくアレックスに微笑みかける。アレックスが戸惑うような顔をして、頰を赤らめた。今更、何を照れているのだろうか。
「大丈夫、国や為政者というのは、君が思うより、ましてこの私などより余程、強靭なものだ。戦いが厳しく、まさに今のところは苦しいが。こらえていれば、やがて道は開けるよ」
自分も何か実体験があるわけではない。それでもカドリは言葉に力を篭めて告げる。
聖女を失った。結局、アレックスも不安で自分を頼り、そして疲れを心配してくれるのだ。アレックスにも頼る対象が必要なのだろう。
「いえ、だから、疲れてるのはむしろカドリ殿のほうで、私は全然、大丈夫なんです」
なおも不満げなアレックスが言う。口を尖らせていて、どこかやはり可愛らしい。武芸者であり、力強い割には、華奢で体格は小柄なのである。
もう、スバイル城の目の前なのだ。
守衛が自分たちをしきりと気にしている。さすがにそろそろ立ち話を切り上げるべきかもしれない。
「私も大丈夫だよ。だが、気にかけてくれてありがとう。止まってはいられないから、もうハロルドと面会することにしよう」
カドリは告げて、落ち着かない様子だった守衛に訪いを入れるのであった。




