42 激闘の後1
フォリアはレックスと並んで草地に座り、昇る朝日を見つめていた。
カガミカガチの抜け殻が陽光を照り返す。
激闘を終えて負傷者の救護、木柵の修復や各自が休息を交代で取る等している他、余力のある者はバーガンを先頭にカガミカガチの追跡探査を行っている。
(私もまだ余力があるけど)
フォリアはちらりと隣に座るレックスを見て思う。
当然、レックスも同様なのだが、今は保護欲を剥き出しにして、偵察をさせてくれないのである。
持て余した魔力を、負傷者の回復魔術に費やしたのだが、まだ戦えるのであった。
(ベルナレクの時は一晩中、魔物と戦うこともザラだったから。そこからさらに、数百人の負傷者の治療とか、していたものね)
実戦経験は豊富だ。魔窟付近で率先して戦ってきたためである。
(あの時の経験、殿下やこの国のために活かせそうかしら)
フォリアは思い返して微笑むのだった。
そして気を引き締める。カドリの厄介さは、魔窟の厄介さとはまた別のものに思えてならないからだ。
「まさか、シロヘビ様があのように暴れるとは」
呆然としてデルン村長が呟く。
「いなくなった村人も、食われてしまったのでしょうか」
どこか諦めたようなデルン村長の言葉だった。
(果たして本当にそうかしら?)
フォリアは強烈な違和感をカガミカガチに対して抱いていた。
地表にたどり着いたとき、フォリアは村人も戦闘に巻き込まれているのではないか、と危惧したのである。負傷者を運ぶためにかなり近くまで肉薄していた村人もいた。
だが、たやすく殺せそうな村人を除けて、カガミカガチが次にわざわざ攻撃するのが、尽く兵士たちだったのである。
十数年以上に渡って守り続けてきた村の人々を、少なくともカガミカガチは、攻撃することが出来なかったのではないか。だが、フォリアは魔獣にそんな感傷があるとも思えなかった。
(とりあえず今はバーガンさんたちの探索を待つしかないわね)
日中とは打って変わって、真摯に取り組んでいるように見えた。良い変化だ。
「あれほどの魔獣だったとはね。気を抜いていた自分が情けないよ」
レックスも猛省しているようだ。『自分と避暑地でくつろごう』などと、不謹慎なことを考えていたのである。
おまけに今回は挽回の機会にも恵まれなかった。
「そうですね、殿下はもっと反省しなくちゃだめです」
あえてつれなくフォリアは言うのであった。レックスの場合、調子に乗せるとあまり良いことがなさそうなのである。
「うん、そうだね」
レックスがさらに悄気げて俯く。
「私、殿下となら、ブレイダー帝国の方々のために、もっといろいろ出来そうだって、思ったんです。幻滅させないでくださいね」
かえって圧力を感じさせる、たおやかな笑顔をつくってフォリアはダメ押しする。
とにかく腕が立つ剣豪というだけでも魅力的なレックスであり、さらには国の次期最高権力者なのだ。
(ブレイダー帝国の北方にも魔窟があるけど、私達が力を合わせたら、もしかすれば)
小さな魔窟なら滅する、ということも出来るのではないか。
フォリアは密かに目論んでいることではあった。
(そして、ブレイダー帝国の魔窟を滅して、経験を積めば、或いはベルナレクの魔窟だって)
一度は見捨てる羽目になり、今も苦境に喘ぐ祖国を自分の手で根本から救うことも出来るのではないか。
フォリアは朝日に目を細めながら思うのだった。
「げ、幻滅など、絶対にさせません」
レックスが言い切ってくれた。
「言わせておいて、自分が情けないのは、とても駄目だから、私も精進します」
にっこりと笑みを浮かべてフォリアは言う。
(それにしても、もしカガミカガチが村人の命を奪っていないとして、どこにいるのかしら。さすがに私でもあれはちょっと。探す術もない)
フォリアは肩に疲労を感じつつ思う。
かなり複雑な縦穴と横穴の入り組んだ迷路をアナホリギスが作り上げていたらしい。少し探っただけでは全容が掴めないのだという。
(私もすごい距離を上ったものね)
今回の戦いで一番、フォリアにとって辛かったのが、縦穴を上ることだった。神聖魔術の連発よりも余程辛かったぐらいである。
(おまけに、殿下が下からお尻を押すのだもの)
途中までは階段だったので、尻を押されることまではなかったものの、最後の最後で落ちてきた穴と合流したのである。そこだけはどうにもならなくて、尻を押し上げてもらうしかなかった。
疲労に加えて羞恥心もひとしおだったのである。
「殿下、フォリア様」
昨日とは打って変わってキビキビと動くようになったバーガンが駆け寄ってきた。
自分にも生真面目な視線を向けてくる。
「フォリア様のおっしゃるカガミカガチとやらのねぐらを発見できそうです」
バーガンが自分とレックスを交互に見て報告する。
「どういうことですか?」
発見した、ではなく、出来そうというのはどういうことなのか。フォリアは首を傾げて尋ねる。
「カガミカガチの鱗を発見したのです」
バーガンが即答した。
「そんなのは今、どこにでも転がっているじゃないか」
うんざりした様子でレックスが応じた。
確かにレックスの言葉どおり、激闘であったが故に辺りには鱗どころか抜け殻まで転がっている状況なのだ。
「そういうことではなく、何か導くかのように1枚ずつ落ちているのです」
謎めいたバーガンの説明にフォリアはレックスと顔を見合わせて、首を傾げ合うのであった。