36 謀り合い1〜カガミカガチ
フォリアはテルルク村の木柵、その内側から緑に包まれた山々を見やる。
山の向こうに広がるのが祖国ベルナレク王国の筈だ。
「やっぱり魔窟の封印が弱まったんだわ」
声に出して、フォリアは呟く。空の色が少しくすんでいる。祖国の苦境が窺い知れた。
(でも、助けにはいけない)
更にフォリアはため息をつく。
自分を追い詰めた国だ。今も身柄を狙われており、捕まれば、待っているのは人格を否定されたうえでの果てなき魔物討伐である。
「フォリア殿、バーガン達もシロヘビ様とやらを見つけられないでいるらしい」
レックスが自分を見つけて駆け寄ってくる。
(それも、変な話)
フォリアは眉を曇らせる。あまりに本件はおかしなところが多い。
「敵の姿が見えないのだから、フォリア殿。これ以上の単独行動はやめて欲しい」
辺りを油断なく見回しながらレックスが言う。
正論ではあった。デルン村長の話を聞いた後、フォリアはレックスを伴い、村人たちに聞き込みをして回っていたのである。だが、時折、聴取に専念しすぎて、レックスから離れてしまうこともしばしばだった。
「バーガンがいるからと言って、気を抜きすぎてもいけないよ」
更に加えて、レックスが言う。
実は保養を自分にさせようとしていたのと同一人物とは思えない言い草だ。
(気を抜いてたのは殿下の方でしょう?)
自白もきちんとさせているのである。
「殿下がそれを仰いますか?」
皮肉たっぷりにフォリアは指摘するのであった。可能な限り、呆れた口調と視線も作って、だ。
「分かっているよ。反省はしている。だが、私もここに来て、村長の話を聞いて、気をつけなくてはならない、と思ったんだ」
苦笑してレックスが言う。
たしかにおかしな話ではあった。人攫いだと聞いていた大蛇が、『シロヘビ様』と呼ばれ、十数年来、村を守ってきた存在なのだという。デルン村長の口調から滲む敬意には、嘘があるようには思えない。だが、十数年というのは、感謝こそすれ、守り神としてはあまりに歴史としては浅かった。
(でも、特徴を聞き込みして回ったのだけど、どう見ても、聞いたとおりなら、『シロヘビ様』ってカガミカガチのことだわ)
フォリアにとっては、首を傾げさせられる結果なのだった。
(人を守る性質なんてない。むしろ、丸呑みにするほうが自然だわ)
もう一つ、カガミカガチには厄介な特質があるのだが、あえてフォリアは口には出さなかった。
誰かがカガミカガチのことを知っているかもしれないからだ。知られていれば、自分など皇都ヴェストゥルに追い返されてしまう。
(そう、相手がカガミカガチなら納得がいく部分が多い。やっぱり、私はカドリって人に狙われていて、そして村人の命をダシに、まんまとここへ誘き出されてしまった)
フォリアはここまでの考えを纏める。
誘き出されたのだから、気をつけなくてはならない。レックスの言うとおりだ。
「そうですね。私もしつこく、いろいろ言い過ぎました。あまり、殿下から離れないようにします」
長考の末、フォリアはレックスに微笑みを向けて告げた。
一番、安全な場所というのは剣の達人であるレックスの傍だ。戦力としても安定している。
(まだ、分からないこともあるけど。もし、これがカドリという人の企みなら、なぜ、カガミカガチに人々を守らせていたの?)
フォリアにも未だ分からないことではあった。
「何か隠していませんか?」
自分を優しく見下ろして、レックスが尋ねてくる。
(なんで分かるの?)
自分のことを何でも見通してしまうレックスに驚きつつ、フォリアは何とか顔には出さないようにする。
「いえ、魔物討伐に来て、確かに逆に襲われたら危ないので、気をつけようって思ったんです」
必ずしも的外れではないことをフォリアは告げた。
「そうですね。相手を倒そう、という攻め気が強い時には、どうしても守りへの意識が薄くなる。足元をすくわれることも多い。フォリア殿に限ったことではないのかもしれませんが、気を付けましょう」
レックスも一般論を口にして、頷いてくれた。何か気付いている様子はあるが、指摘をせずに優しい笑みを向けてくれる。
(負けたくはない)
ふと、こみ上げてきた自分の意識にフォリアは軽く驚く。
(もし、カドリという人が裏で糸を引いているのなら、私は負けたくない。なんとかして、切り抜けたい)
自分の無事を願って、祖国から送り出してくれた人間もいれば、レックスのように今も身近で心配してくれる人間もいる。
(だから、しっかり把握しておきたい。カガミカガチを使って、私をどうするつもりなのか?いま、何を企んでいるのか)
フォリアはレックスとともに村の中をぶらぶらと歩きながら思案する。
おかしなところのない、長閑な村に思えてならない。多少、人攫いによる不安がすれ違う村の人たちが顔に浮かべているものの、概ね平和なのであった。
「気にかけて、いつもくださって、本当にありがとうございます。自分で人助けを、って思っても一人で何でも出来るわけではないから」
フォリアはつくづくと思い、レックスに告げるのであった。




