34 皇子反省
ものすごく怒られてしまった。
若干悄気げつつレックスは、反省する。今はフォリアとともに村の最奥、村長の家を目指しているところだ。
(確かに不謹慎だったかもしれない。そして、それ以上にフォリア殿の気持ちをちゃんと汲んでなかった)
ずっと大人しく皇城にて祈りを捧げ続けていたフォリアを思うにつけ、レックスはバーガンの話に乗ってしまった。
(つい、な。つい、フォリア殿と少しでも距離を縮めたかったのだが)
当初は自分も、フォリア同様、自分たちの力だけで魔物を討伐しようと思っていた。
(カドリの魔獣が襲撃してくるかもしれないからな。だから2人旅ということもできなくて)
そして、父帝にも本件を相談し、許可を得られたうえ、護衛としては最上の、バーガンをつけられたのである。
(あの、気の緩みは、バーガンへの信頼の裏返しというところだった)
ブレイダー帝国屈指の射手だ。ただ頭の回転が早く、思考が先走りがちなところがバーガンにはあった。
村長の家につく。他の村人のものより少し大きいだけの家の前に、白髪の老人が立っている。
「ようこそ、お越しくださいました。村長のデルンと申します」
白髪の老人が跪いて名乗る。
「危ないから中で待っているよう伝えたのに」
苦笑いしてレックスは言う。フォリアも頷いていた。
「野良仕事をせざるを得ないものも多くおります。私だけが安穏とするわけには」
口惜しげにデルン村長が言う。
「命のためだ。そういう風に考えないほうがいい」
レックスは告げる。
「ありがとうございます。では、あばら家ですが、中へ」
デルン村長に促されるまま、レックスはフォリアとともに中へと通された。
「本当に、皇子殿下様、聖女フォリア様、ともにこんな辺鄙なところを救いにいらっしゃってくださるとは。しかも軍まで率いて」
感謝をしてくれている一方、どこかデルン村長の歯切れが悪い。
「改めて皇太子レックスだ。世話になるよ。そのかわり、君たちを悩ませているという魔物は、私とフォリア殿とで、仕留めてみせる」
多少、気にかかるものを感じつつも、レックスは断言し、確約した。
「はぁ」
しかし、やはりデルン村長が微妙な顔をする。
レックスはこの反応を受け、フォリアと顔を見合わせた。同じ違和感を覚えたらしく、フォリアが首を傾げる。
人形のように可愛らしい。
(いかん、今は真面目な話中だ)
紫色の瞳に吸い込まれそうになる理性を、レックスは辛うじて引き留める。感情任せにしたなら、自分はどんな行動を取るかも分からない。
「何かな?村長は何か言いづらいことでもあるのかい?」
デルン村長にレックスは話の水を向ける。
「いえ、実は」
デルン村長が言葉を濁す。しばし、口を開くことをためらうような素振りを見せる。だが、意を決したのか顔を上げた。
「シロヘビ様は、ここ十数年来、この村を魔物から守ってきてくれた存在なのです。魔窟から流れてきた魔物を、それこそ幾度となく丸呑みにして、倒してくれました」
心の底からの敬意をにじませて、デルン村長が明かす。想像していたことは真逆の事実であった。
思わぬことを言われて、レックスはもう一度、フォリアと顔を見合わせる。
マコーニー伯爵から受けた話では、民に害をなす魔物がいるということだったのだから。
「どういうことですか?私たちは伯爵閣下から、ヘビの魔物が人を攫うと聞いてきたのです」
今度はフォリアが口を開く。
(本当にフォリア殿の瞳は宝石のようだ)
レックスは頭の中では阿呆なことを考えてしまうのだった。
「確かに村人の誰かがいなくなった現場には、必ずシロヘビ様があらわれるのです」
デルン村長も当然、すべて把握できているわけでない。こちらもこちらで首を傾げてしまっていた。
「村人を助けに来て、力及ばず失敗しているとか?」
フォリアが少し考えてから尋ねる。
何も考えていないレックスとはまるで違う。自分はいざあらわれたら片っ端から叩き切れば良いとしか思っていなかった。
「我々も当初、そのようにも考えたのですが。何かと戦う様子もありませんでした。ただ、姿を見せるのです」
デルン村長が説明してくれた。やはり不可解な話である。
当然、レックスにはさっぱり分からない。
「我々も判断に困りつつ、村人も既に十数名が攫われているので、伯爵閣下に陳情を」
デルン村長が一通りの経緯について、説明を終えた。自身も腕組みして考え込む。
「確かにそもそもが、変な話ではあったのです。魔物にしろ魔獣にしろ、蛇なら人を攫うなんてまどろっこしいことはしません。丸呑みにして終わりです」
可愛い顔でしれっと、怖いことをフォリアが言う。
「丸呑みにしているところは、目撃されていません。村人が数人でいて、皆がシロヘビ様に気を取られたところ、気づくと一人だけがいなくなっているのです」
デルン村長も冷静に応じる。
この地方の人々はたくましい。テルルク村も西の境をベルナレク王国と接している。時には隣国から魔物や魔獣、盗賊団なども流れてくることがあった。
山地で阻まれてはいるものの、地理的には近い。
「まだ、現段階ではなんとも言えませんね、結局」
フォリアが自分を見上げて確認してくる。
「ええ、そうですね」
レックスはドギマギしつつも相槌を打った。
見た目によらずフォリアが魔獣や魔物には詳しい。長年、十代前半から魔物との戦いに明け暮れてきた日々は伊達ではなかった。
(その、フォリア殿にも分からないというなら、私に分かるわけもないか)
レックスとしては、気にかけるべきはフォリアの安全であった。
「バーガン様たちの偵察で、何かが分かるといいんですけど」
フォリアが考え込みながら言う。
「この村の人口は100人とちょっとなので、既に1割近くがさらわれたという格好になります」
デルン村長も困りきっているようだ。
「その人たちの無事を私は信じています。力を尽くして、救い出してみせます」
にっこりとフォリアがデルン村長に、微笑みを向けた。
(そのあなたを私が守りますよ)
レックスは固く心に誓うのであった。