33 テルルク村3
たどり着いたテルルク村は切り開かれた草原の中、木造の民家がいくつか並ぶ場所であった。
申し訳程度に木柵が囲む程度の防備でしかないところに、ブレイダー帝国の平和が垣間見える。
「やっぱりのどかな場所ですね。ここまでも魔物には襲われませんでしたし」
フォリアは馬車から下りるのを手伝ってもらいつつレックスに告げる。
「ええ、この辺りは良い所ですよ。気候も穏やかで。馬の遠乗りなどすると楽しい土地です」
レックスが嬉しそうに言う。
だが、フォリアの話したいのはそんなことではない。
「とても平和そうな土地ですが、本当にこんなところに魔物が?」
自分がしたいのは魔物の話である。命のやり取りをするのだから。今は違和感を覚える、ということについて話したいのだ。
「ええ、マコーニー伯爵は嘘をつくような人間ではありません。何かいるのは間違いないでしょう」
レックスも皇族であり、マコーニー伯爵とはもともとの面識があったらしい。
「確かに林もあるし、隠れるところがまったく無いでもないようですけど」
フォリアは辺りを見回す。見渡す限りの草原である。
(蛇の魔物や魔獣は暗くて、もっと暖かくて湿度の高い場所を好むものだけど、ここは)
フォリアは首を傾げる。自覚はなかったが、自分はブレイダー帝国では魔物や魔獣に詳しい方に当たるらしい。
ここまでの何度かの戦闘でも、ブレイダー帝国の兵士たちは屈強だが、経験不足、知識不足に思えてならなかった。
(今回も誰も、この状況がおかしいって、思えないんだわ)
のんびりと構えているレックスを見て、フォリアは危機感を募らせる。
「たとえ魔物であっても、殺気を発すれば分かりますよ」
余裕をすら感じさせる表情でレックスが言う。
確かに剣豪であることはフォリアにもよく分かっていた。
「殿下なら、そうかもしれませんけど」
ゆえに言下にも否定し難くて、フォリアは口ごもる。
武芸者特有の感覚など、自分にはよく分からないものだ。確かにレックスが危険を肌で察して動く、ということを今までにも何度か見てきた。
(いつも、なんで分かるの?って思わされてきたけど)
自分の護衛団にも何人か似たようなことを見せてくれた達人がいた。
「殿下」
弓手だというバーガンが生真面目な顔で声をかけてきた。
色白で髪も若干、黄色がかった白色だ。肩から矢筒をたすき掛けにし、片手には弓を持つ。淡い緑色の胸当てを防御としている。
目つきも鋭い、痩せた男だ。25歳だという。
「なんだい?」
レックスがのんびりとした口調で応じる。
「5人一組、剣士3人に、弓兵2人という組み合わせで周辺の索敵をさせる方針です。よろしいですか?」
端的にバーガンが告げる。
一人ずつで探索に出すなどありえない。フォリアもコクコクと頷く。
ここまでは適切な判断に思えた。
「我々だけで仕留めますから。殿下はフォリア様と親睦を深めていてください。すっかり骨抜きのようですな」
クックッ、とバーガンが笑って言う。笑うと頬に傷があるので凄みが増すのだが、言っていることは不謹慎だ。
「なっ」
フォリアは咎める眼差しをレックスとバーガンの2人へ交互に突き刺した。
「魔物討伐にそういう予断はいけません!」
フォリアは一喝し、バーガンに食ってかかろうとするも、レックスに制される。
「聖女様、ここはベルナレク王国ではありません。あなたにしっかりと敬意を払い、ぜひ我が国の皇子殿下と結ばれて幸せになって頂きたい。誰しもそう願っております。ここへも、我々は魔物討伐、御二人は人目の多く、騒がしい皇都の喧騒を逃れてのご旅行ぐらいのつもりでしたから」
見た目とは裏腹によく喋るバーガンである。
気持ちは嬉しいが、まさに余計なお世話だ。
(そもそも、私、皇城にこもりきりで、全然、皇都の喧騒なんて知らなかったわ)
憮然としてフォリアは思う。当然、見世物になった覚えもない。
「だめですよ、そんな心構えじゃ。貴方たちブレイダー帝国の人たちは、魔物との実戦経験が少ないのではありませんか?」
フォリアはなおも言い募る。経験が少ないから、まだ見てもいない敵を侮ることが出来るのだ。
「あー、フォリア殿。バーガンは魔物討伐の実績も豊富な弓の達人だ」
レックスが気不味そうに口添えする。
「私もバーガンになら任せておけるとは思っている。無論、相性なんかが悪ければ私も戦うつもりではいるが」
腕利きを連れてきてしまえたから、レックスも気を緩めたということだ。フォリアの耳にはただ体たらくを自白したようにしか聞こえなかった。
「なら、なんのために私を連れてきたんですかっ!」
さすがに憤ってフォリアは声を上げる。
「ですから、殿下との」
お馬鹿を言うバーガンをフォリアはひと睨みで黙らせる。
「マコーニー伯爵の領土は風光明媚な田園地帯だから」
レックスも同罪なのである。
「とにかく!バーガンさん!魔物を駆除する時に油断は絶対にだめです!私にも絶対報告してください」
フォリアはバーガンに詰め寄って告げる。
道中、ずっと感じていた違和感の正体も気になっていた。
「分かりました」
のけぞって圧倒されつつもバーガンが頷く。
「それにしても、こんな、美しくありながら、この俺相手に毅然とした態度も取れるとは」
感極まった様子でバーガンがレックスの方を向く。
「殿下が本当に素敵な聖女様をベルナレクからお連れし、婚約されたと分かって嬉しい限りです」
キビキビとした足取りでバーガンが去っていく。4人ほどの一団とともに索敵へと向かった。動作はキビキビしているから、始末に終えない。
2人で取り残されたフォリアはレックスを睨みつける。
「殿下、どういうことですか?」
好かれるのは嬉しい。だが、切り替えは大事だ。
「あー、いや、その、すまない」
言い訳しようとして思いつかず、レックスが頭を下げる。
「村の人達にはご身内が行方不明となった人もいるはずです。お遊びのつもりで来たなら、その人たちに失礼です」
じとりとした視線をフォリアはレックスに向ける。
「そうだね、私が良くなかった」
素直に反省してレックスが頭を下げる。
フォリアはため息をついた。
「私の力が必要になるかもしれませんから。くつろぐなんて、論外です」
さらにダメ押しのつもりで、フォリアは念を押すのであった。




