32 テルルク村2
マコーニー伯爵の屋敷での一泊を終えて、フォリアはレックスとともにテルルク村を目指す。
なぜだかしきりと引き止められた。
「もっと、ごゆっくりされれば良いものを。我らも聖女様をもてなすため、準備してまいりましたゆえ」
マコーニー伯爵の言葉である。
(なんで魔物討伐に来てもてなされなくてはならないの?)
違和感を覚えつつ、レックス皇子も馬車の向かい側で微妙な顔だ。対面で座っている。
(そう、おまけに馬車なのよね)
他の兵士たちは歩いているか騎乗である。
(ベルナレクのときは、私も歩いたのに)
自分はずいぶんと甘やかされている。
フォリアとしては落ちつかないのであった。ゆえに絶えず身動ぎしてしまう。
「フォリア殿、あくまで移動のためですから。馬車が速いのですよ」
自分の気持ちを察して、レックスが笑って言う。
思うところは多少あれ、端正な顔にはやはりドキリとさせられてしまった。
「ええ、私、馬に乗れないのです」
馬の方が、聖女である自分に遠慮して固まってしまうのだという。落とすこともしないが、揺らしてはならないと馬が恐縮して走ってくれないのである。
つまり、静かに佇む馬にまたがって、ただ静謐なだけの時間が流れることとなるのだ。
「それに、今回は弓兵も連れてきております。飛ぶ魔物に襲われても安心ですよ。だから私としては、フォリア殿にはもっと心安く過ごしていただきたいのです」
更にレックスが続けた。
(また、殿下ったら)
魔物討伐に向かっているのだ。心やすさを求めるのは間違っている。
(なんだか、いざ旅に出てみると、また戻っちゃったみたい)
皇城で飼い殺し状態にしていた時と、言っていることが一緒だ。旅にいざ出てみて、何か心境の変化があったのだろうか。
「フォリア殿はベルナレクのカドリに狙われているのですよ」
また思考を先読みしたかのように、レックスが言うのだった。
(そうだ、私、狙われてもいるのよね)
フォリアはそれについては素直に思い出させられたのであった。魔物討伐ということで、攻め気になっていて、守りについては忘れかけていたのである。
(だから、屋根のある馬車を)
フォリアは両手の拳をぐっと膝の上で握る。
「すいません、運んでいただくのもお仕事ですよね」
フォリアは気合を入れ直すのであった。
「それもそれで、ちょっと私の言いたいこととは違うんですが」
レックスが苦笑いであった。
少し違ったらしい。
(前回の反省を、踏まえてはいるけれど)
馬車の窓からちらりと外を見て、フォリアは思う。弓矢を装備している兵士がちらほらと混ざっている。
ベルナレク王国からブレイダー帝国皇都ヴェストゥルまでの間、剣士ばかりを揃えてオオツメコウモリに難儀した。
空から敵が来ることも想定される。
(皇城でもサグリヤンマに襲われたし)
今回はバーガンという達人率いる弓隊も10数名が帯同している。腕利きの剣士であるレックス皇子からの信頼も厚いようだ。
だが、わざわざ自分のために弓隊を手配したということでもある。
「かえって私、ご面倒をかけてないかしら」
思わず反射的にフォリアは呟いていた。助けるのだという思いばかりが先に立ってはいなかったか。
「それ以上の喜びがあるからいいんです。多少の面倒など面倒にもなりませんよ」
狭い馬車の中、レックス皇子にはしっかりと、聞こえていたのだった。爽やかにレックス皇子が断言する。
さすがにバーガン達の手配は面倒だったらしい。残念ながら否定をしてはもらえなかった。
「ごめんなさい、その、お役に立ちたくて」
フォリアはうつむいて告げる。善意で始めたことだが、良いことばかりではないようだった。
「いえ、フォリア殿から、役に立ちたいなどと仰っていただけて。私は果報者です」
勝手にレックスが感極まっている。
自分はブレイダー帝国の役に立ちたいと言ったつもりなのだが。
(殿下に申し上げてもだめだわ。私がちゃんと。自分で迷惑にならないように考えなくっちゃ)
フォリアは猛省し、固く決意するのだった。
(もう、私はヘリック王子や教会の言う通りに戦えばいいだけじゃ、ないんだから)
レックスを見つめてフォリアは思う。
自分に思いを寄せてくれるこの皇子の気持ちに応えたいのであった。
自分たちだけが馬車という状況に落ちつかない気持ちを押さえつけて、フォリアは大人しく目的へと運ばれていく。
(いけない。眠くなってきた)
フォリアは欠伸をしてしまう。眼の前にはレックスがいる。慌てて手で押さえようとして、レックスのほほえみを目の当たりにした。
「良いところでしょう?本来ならばのんびりするのに最適の場所です」
レックスが穏やかに微笑む。
どこまでも広がる草原である。
景色がまるで変わらないまま、馬車が止まった。
「着きましたよ。ここがテルルク村です」
レックスが、立ち上がって告げる。一足先に降りて自分に手を貸そうと思ってくれているらしい。
(景色が変わらないから、全然気づかなかった)
フォリアは思い、レックスとともに馬車を下りるのであった。