30 聖女のお披露目2
聖女フォリアを自慢しようとして、かえって独占欲が増すという矛盾にレックスは苦しんでいるところだった。
「大事、大事に隠しておきたくなりました。ほかの男どもが貴女に目を奪われているのが、よく分かる」
半ば本気でレックスは思い、告げる。『他の男ども』云々が本気のところで、『隠しておきたい』が冗談部分だ。
実際は国母となってもらいたい以上、人目に触れさせないわけにはいかないのだった。
「本当にお上手ですね」
赤面してフォリアが前を向く。自分とは視線を合わさないようにしているらしい。
可愛らしいことに照れているのだ。
「そんなことはありません。いつものローブ姿も清廉で美しいのですが、今日は今日でまさに可憐、少なくとも私は目を奪われて釘付けです」
照れさせてやりたいといういたずら心も相まって、レックスはここぞとばかりに褒め称えてやるのだった。
「やめてください、もうっ」
フォリアが両手で両耳を塞いで、いやいやと首を横に振る。白銀の髪が水色のドレスとともに揺れた。
「本当に仲睦まじいのですな」
ふと新しい声が割って入ってくる。
父が睨みを効かせてくれていたからか、直接に話しかけてくる結婚適齢期の貴族やその令嬢は皆無であった。
話しかけてきたのは初老の男性貴族だ。髪には黒いものと白いものとが混じり合っている。いかにも温厚そうで穏やかな顔立ちだ。
「殿下がすばらしい聖女様を連れて戻られた。ブレイダー帝国にとっては、この上なく素晴らしいことです」
さらに男性貴族が微笑んで告げる。
年も離れていて、いかにも穏やかそうな相手にフォリアが照れながらも安堵して一礼していた。
「マコーニー伯爵。お久しぶりです。ご健勝で何よりだ」
なにか特別な用件があるのだろう。本来ならば公的な場で話しかけてくるような人柄でも立場でもない。一方で領地が肥沃な平地である。経済的には恵まれている貴族でもあった。
故に親交は無いながら、名前と顔くらいは次期皇帝として頭にレックスは入れているのだが。
「今日はどうしましたか?」
丁重な態度を崩すことなく、レックスは話の水を向けた。
フォリアも興味深げに自分とマコーニー伯爵とを見比べる。どこか無防備な仕草に貴族らしからぬところが出てしまう。
「いえ」
ひどく緊張した面持ちでマコーニー伯爵が口ごもる。うつむいて唇を噛む。
だがわざわざ皇太子に話しかけてきたのだ。遠慮をしつつも引き下がるわけがない。
マコーニー伯爵が顔を上げる。意を決した、という顔だ。
「我が領土は北を魔窟に、西をベルナレク王国と接しております。フォリア様の名声はかねてより存じておりましたし、その実力とお人柄を、私も信じて疑わない一人であります」
なんとも嬉しいことを、マコーニー伯爵が告げてくれる。
フォリア本人よりも、なぜだか自分のほうが嬉しいのであった。
だが、真剣な顔のままフォリアも涙ぐんでいる。
「でも、私は結局、国を出ることとなりました。今も、分不相応に、手厚くしたいただいていて」
フォリアとしても、今の立場は落ちつかないのだろう。
(だから私の妻に早くなっていただきたいのだが)
阿呆なことを思いつつ、レックスはもっと手厚くフォリアをもてなすつもりなのであった。
「実は誠に図々しいことは百も承知ながら、どうしてもフォリア様にお助けいただきたいのです」
切羽詰まった顔でマコーニー伯爵が言う。
「それはもちろん、私で良ければ、出来ることなら何でも」
そして、阿呆なことを考えている間に、フォリアが内容も聞かずに快諾してしまった。
「フォリア殿?せめて頼みの内容を聞いてからにしてください」
思わずレックスは焦って、フォリアとマコーニー伯爵の間に立とうとしてしまう。遮ってフォリアを隠して独り占めしたいのである。
「殿下、当然、私も何か騙してフォリア様に、というつもりもございません」
人の良いマコーニー伯爵ですら、レックスの反応に苦笑いだ。
「我が領地にテルルク村という村があるのですが、魔物が現れて人を攫うのです。かなり強力なようで私兵では手に負えず。フォリア様の支援を得られないかと」
マコーニー伯爵が申し訳無さそうに言う。
突き詰めればマコーニー伯爵自身の領地での不手際とも言われかねない。心苦しさもあるようだ。
(私も厳しく言うつもりはないが)
魔窟の魔物が一領主にとっては手に余る強力な相手というのはよく分かる。
(だが、図々しい)
レックスとしては、自分の連れてきた愛しい女性の良心につけ込んでいるように思えてならない。
「やります」
しかし、フォリア本人が即答してしまうのである。
「フォリア殿」
レックスはため息をついた。
「私、まだこの国に来てからなんの役にも立ってません。ご恩返しがしたいです」
勢い込んでフォリアが言う。
「危険だ。それなら軍を出します」
あわててレックスが言う。
自分としては、フォリアにはゆっくりとくつろいで少してもらいたい。
「相手が魔物なら私の神聖魔術はよく効きます。軍の方々も大変じゃないですし、軍費もかかりません」
フォリアが胸を張って告げる。
「では、私も同行します」
やむを得ずレックスは告げる。
「殿下は皇子様だからダメです」
そしてなぜかフォリアに却下された。
「それならば、私と婚約したのだからフォリア殿も皇族みたいなものだからだめです」
自分がフォリアに一人での遠出をさせるわけがないのである。
「あっ」
フォリアが痛いところをつかれた、という顔で悄気げる。
「でも、私、人助けがしたい、です。何もしないでただお世話になるなんて」
もじもじしながら、フォリアが上目遣いに見上げてくる。
(これは、反則だろう)
レックスは胸を押さえてうずくまる。可愛さにやられて胸が苦しいのだ。
「殿下?」
フォリアの声が上から降ってくる。
「私の同行は絶対です。私と護衛部隊も同行。それなら父にも上手く話をつけます」
ここまで譲歩してようやくフォリアが頷き、レックスはフォリアとともにマコーニー伯爵領へと向かうこととなるのであった。