29 聖女のお披露目1
きらびやかな聖堂のような広間に無数の人々が並ぶ。
フォリアは跪いて、御神体である神聖なる炎に祈りを捧げる。ひときわ、炎がはげしく燃え盛り、自身が誠の聖女であることを示してくれた。
「あれがベルナレクの元聖女殿か、お美しい」
皇城における教会施設を伴う広間、『白天の間』において、聖女フォリア歓迎の式典が挙行されている。
レックス皇子はついに公然とフォリアを歓迎し、さらには婚約発表の場を披露する段階にまで、自身が至れたことを思い、感無量であった。
誇らしく自慢する気持ちに浸りながら、ブレイダー帝国皇太子のレックスは、水色のドレスに身を包むフォリアを見て感極まる。
「真の聖女を我が国に迎え入れることは大いなるほまれだ」
高らかに父の皇帝フリグス3世が宣言する。
「ベルナレク王国は聖女フォリアを侮辱した上、人並み以下の扱いをなそうと目論んだ。そんなことが認められるわけもないっ!」
レックスも並み居る貴族たちへ振り向いて叫ぶ。
ベルナレク王国での婚約破棄の見世物が今でも怒りとともに思い出されてならない。
「まさか。あの国は本当に聖女を放りだしたのか」
呆然とした貴族たちのつぶやきが耳に入ってくる。
喜びや怒りよりも、驚きの感情のほうが強いようだ。
(噂ぐらいは聞いていたはずだと思うが)
レックスは貴族たちを順繰りに眺めて思う。
貴族たちも自身の情報網ぐらいは持っている。婚約破棄やレックス皇子による聖女フォリアの保護も皆が知っているはずだ。
身分と皇帝自らの宣言により、すべてが真実であったと暴露されている。
「いずれ、この驚きも戸惑いも、人々の喜びや感動に変わります」
レックスは未だ祈りの姿勢から崩れない、フォリアの耳元でささやく。
可憐なばかりではない。
道中、何度も魔獣たちの出現にも動じないフォリアである。勇敢さも莫大な魔力も見せてくれた。
(私も覚悟を決めなくてはならないが)
特別な女性に求婚したのだ、という意識をレックスは強く抱いていた。
だが、まだ口には出したくない。ただの好意を寄せている男と寄せられている女性という関係を崩したくはなかった。
「聖女様が来てくださったなら百人力だ」
貴族の誰かがつぶやく。ブレイダー帝国の北部にも1つ魔窟が存在している。
(今のは、北に領土を持つ誰かだな)
なんとなくレックスは察していた。たしなめようとも思わないのは、それが心からの叫びだと理解できるからだ。
ベルナレク王国のものほど規模は大きくないが、現地の人間は悩まされている。
「まずは聖女フォリア殿に我が国に馴染んでもらうことが先決だ。何より倅が愛想を尽かされないようにしてくれんとな」
最後に父フリグス3世が冗談めかして告げる。
雰囲気をあえて崩したことが、公的な式典終了の合図となった。
各所から和やかな笑い声が聞こえてくる。
「そんな、愛想を尽かせるなんて。むしろ、私のほうが」
真っ赤になって恥ずかしがるフォリアが可愛らしい。
内心ではレックスは安堵していた。『大丈夫だろう』と思ってはいても、貴族たちの反応が不安だったのだ。当の本人であるフォリアについては、もっと緊張していたことだろう。
そのまま、料理がテーブルに運び込まれて宴となった。
(今まではわずらわしいだけの場だったが)
一目散にフォリアを見にくる貴族たちを眺めて、レックスはその華奢な肩を抱き寄せる。
「きゃっ、殿下?」
当然、自分としては美しくも可愛らしい、フォリアを自慢したくてしょうがないのである。
かつてない気障な行動にフォリアが身を離そうとした。だが、自分としては離れたくない。
「ははは、見せつけてくださいますな」
誰かが言う。さらに笑い声が呼応する。
今まではフォリアと結婚したくとも、相手が隣国の王太子の婚約者だった。どうにもならないだろうと見越して、娘を売り込みに来る貴族も多かったのだ。当然、自ら言い寄ってくる女性にも辟易としていた。
「こら、そんなことでは、嫌われるぞ」
父フリグス3世が苦笑いでたしなめてくる。
これで今度は自国の貴族になどフォリアを取られてはたまらない。
「それは困ります」
慌ててレックスはフォリアを解放する。
やっと人心地ついた、と言わんばかりの態度で、フォリアが一歩だけ距離を取った。
さらには辺りをキョロキョロと見回す。
「落ち着きませんか?」
レックスがそっと耳元でまた尋ねる。
「ええ、殿下のせいですよ」
大真面目な顔でフォリアに釘を差されてしまった。
「申し訳ないです」
さすがに抱き寄せたのはやりすぎだったかもしれない。レックスは反省するのだった。
「でも、そればっかりじゃなくって。ちょっとベルナレクのときはあまり、こういう場所に私、縁がなかったものですから」
微笑んで言ってもらえると、レックスも安堵してしまう。
「私も貴方を自慢したくて、こんな場所に連れ出してしまいました。少し、今は後悔しています」
レックスは自分たちを見て、ヒソヒソと話をしている若い男性貴族たちをひと睨みで黙らせる。
フォリアが人目を引きすぎるのだ。
しょうがないことであると、レックス自身も思いつつ、やはり面白くはないのであった。




