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美麗魔獣使いは聖女の去った国で奮闘する  作者: 黒笠


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229/258

229 怨念1

「メイヴェル・モラント」

 レアンは声に出して呟く。さすがに声が掠れていた。思わぬ出来事だからだ。

 隣に立つベリー・オコンネルも驚いている。

 王都を攻め落とすまで会うことは無いと思っていた。

(他人を盾にして、きっと自分は悪くないとか馬鹿なこと言ってさ)

 ヘリック王太子と一緒になって北を虐げてきた張本人であり、見苦しく逃れようとするものと、レアンは思ってきたのである。

(これがあの、メイヴェル・モラント?)

 今、目の前で跪いているのは、レアンの知るメイヴェル・モラントとは、まるで別人のような態度だ。

 頭の悪そうな話し方も態度も取らない。身につけているのも派手なドレスでも、品のない偽聖女としてのローブでもなかった。

(いや、メイヴェルは本当はこうだったのかもしれない。ただ、馬鹿なだけじゃなかった)

 偽聖女としての功績づくりの際、やけに割り切ったような物言いをしていた気がする。

(馬鹿な生き方をするって決めて、馬鹿な生き方をしていたのかしら?そんな感じ)

 レアンはじっとメイヴェルの背中を見おろして思い返していた。

「これは驚いた」

 対して、嘲るような調子でベリーが切り出した。

「君はヘリックと一緒になって、聖女フォリアを追い、北が苦しむ原因を作った。それが今、ノコノコと我々の前にあらわれるなど。裁きだと?処刑以外に何があるというのかな?多くの命と幸せが君のせいで失われたというのに。君の命でも足りないぐらいだ」

 今にも剣を抜きそうな殺気でベリーが告げる。憎しみを隠そうともしない。

(そりゃ、ベリー閣下の立場ならそう。冷静ではいられないわよね)

 レアンはただ、まじまじとメイヴェルを眺め続けていた。

 自分は聖女フォリアのことなど、どうでもいい。同胞であるアレックスの元雇用主とだけは聞いている。

(人並みに怯えているのね。こうしてみると大それたことなんて、出来なさそうな、そんな女に見える)

 カタカタとメイヴェルの華奢な肩が揺れていた。

 震えているのだ。

 怖くないわけがない。間違いなく恨みを抱いており、敵である自分たちの軍営に単身、丸腰で乗り込んできたのだから。

「どうお詫びしても足りないのは分かっております。それでも謝罪を可能な限り、するべきだと。私はあまりに愚かでした。私を王宮に送り込んで、権力争いにばかりかまけていた父も同罪です。これは、父からの親書です」

 メイヴェルが上体を起こし、懐から書状を取り出した。簡素なものだが複雑な封印が為されている。

「ふむ。確かにモラント公爵の封だな」

 ベリーが頷く。こういうところは長く貴族だったベリー・オコンネル辺境伯の方が詳しい。

 レアンはただ2人のやり取りを眺めていた。

(これがメイヴェルの本性か)

 年相応に臆病でもあり、話し方も普通だ。粘りつくような変な話し方ではない。

(あの態度は作られたもので、愚か者の王太子をたぶらかして、媚びるためだった?)

 そんな風に生きると決めていたのだろう。だが、そんな生き方で、ろくな結末にならない、とまでは分からなくて、今、自分自身を愚かだったと言っているのではないか。

 レアンはメイヴェルの心の内を類推していた。

「ほーうっ」

 メイヴェルの書状に目を通したベリーが頓狂な声を上げる。

 悪い笑い方をしていた。もし本当に自分の夫となるのであれば、似つかわしいかもしれない。唇の端を吊り上げてニヤリと笑うのである。

「どうしたんですか?悪い笑い方をして」

 レアンは婚約者越しに書状を覗き込む。

(あら、綺麗な字)

 肩越しなので読みづらいが読めた。それだけ読みやすい文字だったのである。

「へーぇ」

 そして読んだ上で自分も笑う。悪い顔をしているかもしれない。

「君も悪い笑い方だよ」

 愛おしげにベリーが指摘してくる。

「そりゃ、今更、アレックスみたいに無邪気には笑えませんよ」

 素っ気なくレアンは笑みを引っ込めた。所詮、自分とベリーとは似た者同士なのだ。

「本気なのかな?娘の助命のために、権勢はおろか爵位も領地も諦めると?財産も、か」

 ベリーがメイヴェルを見下ろして告げる。

 書状の内容は、モラント公爵個人ではあるが全面降伏であった。

(つまり本格的に戦う前から、ベルナレク王家にとって、最大の味方であるはずのモラント公爵が、ベルナレク王国は負けると確信しているってことね)

 戦った上で負けてからの降伏では命まで全てを失う。戦う前にいち早く降伏しておけば恨みは買わない。

 賢い選択だ。レアンはモラント公爵家の父娘をそのように見ていた。

「それだけのことを、我々はしましたから」

 メイヴェルがあくまで殊勝なことを言う。

「そのとおりだ。財物などでは、到底、贖うことが出来ないような過ちをお前たちは犯したのだ」

 冷酷にベリーが告げる。直接、被害を受けたのはベリーの治める北部なのであった。



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